狙われた魔術師 四
「まあ、魔術師なら避けては通れない道だな」
レオは酒をあおり、言った。
「ヤツら殺しの依頼は受けないくせにプライベートでは簡単に殺すからな」
魔術師団は客から魔法であれこれしてくれと依頼を受けるが、犯罪に関わる仕事はしない。
たとえ帳簿に残さなくとも、実行者、依頼人、斡旋者、どこからかかならず話が漏れるからだ。
だがプライベートでの殺しは本人しか知らないから平気で行うという。
「で、どうするんだ?」
レオは言った。
「わたしのように隠れて生きているならともかく、おまえのような団員は今後もおなじことが繰り返されるだろう。ならいっそ故郷に帰ってのんびり暮らしたらどうだ?」
「そうなんだけどよぉ……」
コジャッブは片手で頭を掻きむしり、
「実家が貧乏でよ。仕送りが助かってるって手紙が来るんだ」
コジャッブは棚にいくつも積み重なった封筒に目をやった。そこには汚い字で「コジャッブへ」と書かれている。
「ヘッタクソな字だろ? 中はもっと汚い。それに間違いだらけだ」
へっ、とコジャッブは笑った。
「なんでもおれに礼の手紙を書きたくて字を覚えたらしくてよ。別に家族なんだからそんなこと気にしなくていいっつーのに、親父もお袋も必死こいて書いてんだ。最近あれがうまいとか、近所でだれがどうしたとか、ホントどーでもいいことばっかなんだけどよ。まったく、黙って金だけもらってりゃいいのに」
コジャッブは悪態をつきながらもニコニコ笑顔でため息をついた。
たぶん照れ隠しだろう。ぼくは彼がやさしいのを知っている。
きっと彼のことだから毎回返事を書いているに違いない。
そうでなければあんなに山盛りにならないし、家族への愛がなければあんなすぐ読めるところに置いたりせず、箱かなにかにしまっているはずだ。
「ねえレオ、なんとかならないかな?」
ぼくは言った。
「どうにかしてコジャッブを助けられないかな?」
「それはどういう意味だ?」
「へ?」
どういうって、いのちを狙われてるのを助けるって意味に決まってるじゃないか。
「魔術師を続けるということは、一生いのちを狙われ続けるということだぞ。ならこいつの団長が言った通り、だれにも狙われないほど恐ろしい魔術師になるしかない。おまえの友達だから特別に無償で助けてやってもいいが、毎度毎度手助けで生き残るようでは将来やっていけん。だからわたしは故郷に帰ったらどうだと言ったんだ」
なるほど、そういうことか。ただ助けてもダメなんだなぁ。
「そもそもこいつは向いてない。魔術師というのはもっと利己的で冷酷でなければならん。家族に仕送りして手紙をやり取りするようなヤツにひとを殺せるとは到底思えん」
「でも飛び級するくらいだから才能はあるんでしょ?」
「ある。そもそもこいつはわたしの魔法を破った」
そういえばコジャッブは”顔を覚えられない魔法”にかかっているはずのぼくを認識し、声をかけてきた。本来ならぼくのことなんかわからないはずなのに、どうして見破ったんだろう。
「おまえに強い思い入れがあったからだ。演劇好きのわたしが道端で”劇場”という文字を見れば注目するのとおなじで、思い入れのあるものには目が止まりやすい。強い感情はときに魔法を破る。とはいえ、わたしやアクア様レベルの魔法を破るなど達人でも不可能だがな」
それを破るくらいだから間違いなく才能はある。団長もそれを見抜いているのだろう——とレオは言った。
なるほどそれじゃあ辞めにくいや。
「あとはこいつがどうしたいかだ。リスクはあるが才能のある世界で戦い続けるか、貧乏でもいいから平穏に暮らすか」
どっちがいいんだろう。ぼくには判断がつかない。
親友としては安全を選んでほしいところだけど。
コジャッブは眉を曇らせ目をつぶっていた。
しかしパッと開き、
「やれるとこまでやってみてえ」
とリスクを背負う姿勢を見せた。すると、
「ふむ、なら今回だけ助けてやろう」
レオは言った。
「今回だけだ。以降はひとりで戦わねばらなん。後学のためにわたしがひとつ手本を見せてやる」
「ありがてえ……」
「そうだ、ありがたく思え。わたしが無償でひと助けをするなど、おそらく生涯ないぞ」
レオは勝手に酒のビンを取り、自分のグラスになみなみ注いだ。
他人の家なのに我が物顔だ。
しかしコジャッブはなにも文句を言わなかった。
「まず敵がだれか知らねばならん。予測はついているか?」
「いや、模様付きの先輩が怪しいとしか……」
「だろうな。敵を探知する魔法などないからな。それに勘がいいからといって、勘でひとを殺すわけにもいかん。無関係の人間を襲えばとんでもないことになる。そこで、確実な方法を選ぼう」
「そんなものがあるのか?」
「ある。おまえ、今日一日空いてるか?」
「ああ。団長に旧友を見かけたから少し時間をくれと頼んだら、今日は休みでいいと言われた」
「よし、ならギリギリ間に合う。行くぞ」
「どこへ?」
「わたしの館だ。いまからなら夜にはこの街に戻って来れるだろう。さ、時間がない。もたもたするな」
そう言ってレオは酒を飲み干し、ぼくらに”顔を覚えられない魔法”をかけて部屋を出た。
ぼくらは馬車を借り、急ぎで館まで戻ることにした。
ちなみにこの街にはいつも歩きで来ている。
片道一時間と肥満対策にちょうどよく、馬車なら半分の三十分で行き来できるだろう。
しかし助かった。さっきは白仮面に顔を見られて、
「もうこの街へは来れない」
と言っていたのに、それがコジャッブだったことで、ぼくらはまた遊びに来れるようになった。
それがうれしいのか、なんとレオ直々に手綱を握り、御者を買って出た。
「おまえ、演劇は好きか?」
レオは馬を駆りながら言った。コジャッブが、
「いや、とくに……」
と答えると、
「もったいない。あんなすばらしい劇場があるのに劇を見ないなんて、レストランで水しか飲まんようなものだ。魔術師たるもの、多少の演技は知っておくものだぞ」
はぁ……と曖昧にうなずくコジャッブは、それより久々に会ったぼくとの会話に花を咲かせたがった。
「しっかし最強の剣士だったおまえが、いまや美人魔術師の”ひも”とはなぁ」
「べ、別に好きでひもなんじゃないよ。ただレオの仕事でぼくに手伝えることが少ないから……」
「おれは悲しいぜ。なんせおれが敵わなかったのはおまえだけなんだからよ」
「そうかな……」
たしかにコジャッブの言う通り、彼はぼくに模擬戦でどうしても勝てなかった。
でも本当に戦ったらどうだったんだろう。
なにせ彼はやさしい。ほかの騎士がみんな相手の怪我を気にせず木刀を振り抜いている中、彼だけは当てる寸前でいきおいを弱めていた。
もちろんぼくに対してもだ。
もし——万が一彼と殺し合いになったら、いったいどっちが勝つんだろう。
「冗談はよせよ。おれはおまえと殺し合いなんて絶対にいやだぜ」
「それはぼくもさ。だけどぼくは君に勝ちっぱなしでいながら、いつも勝った気がしなかったんだ」
「剣は”わざ”だ。おれの”力の剣”じゃおまえの”わざの剣”には敵わねえよ。それに一年も魔術師やってるからだいぶ衰えちまった。多少の稽古はしてるけどよ」
「それはぼくもだよ」
「……ま、ちんこのでかさはおれの圧勝だけどな!」
「ぶっ!」
と、突然なんてこと言うんだ! レオがいるんだぞ! レディの前で下品な話しないでよ!
……聞かれてる? 前を向いて手綱に集中してるみたいだけど……
「そんなにでかいのか?」
き、聞いてた! レオが男性器の話を聞き逃すはずがなかった!
は、恥ずかしい!
できればこんな話は聞かれたくなかった。
しかしコジャッブは女がいることも気にせず、男友達と変わらないはしゃぎようで、
「ああ、いつだったかみんなで立ちションしてよ。犬ネズミってあだ名のヤツがいて、そいつがわざわざ全員のちんこを見て回って、バカだよなぁ。そしたら犬ネズミのヤツ、コジャッブのちんこは世界チャンピオンだっておおはしゃぎしやがんの。したらみんな集まっておれのちんこを見るわ見るわ、恥ずかしいったらなかったぜ」
「それで、アーサーのはなんと言われた?」
「それがよぉ、奥さん……」
「ぼくのはいいよ!」
ぼくは全力でコジャッブの口を押さえた。
知ってるよ、ぼくのが小さいことくらい!
でも別にいいじゃないか! レオが不満さえなければ別に……ないよね?
「あははははは! アーサー、そんなに焦ることはないぞ。アクア様はおまえのものを小さいとおっしゃったが、わたしは十二分に満足している」
「ほ、本当?」
「本当に決まってるだろう。おまえも、おまえの”もの”も、こころから愛している」
「そ、それならいいけど……」
ほっ……よかった。
レオはどんなときも嘘はつかない。相手がいやがろうが傷つこうがぜんぶストレートに言う。
だからきっとこれもホントだよね?
だよねぇ?
「おいおい、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぜ。仲がいいのはいいことだけどよ」
「き、君がそういう話にしたんじゃないか」
「悪い悪い、おれはつい下品な話に持ってっちまうからな」
ぼくらはそんなふうに笑ったりバカなことを言ったりした。
思えばレオが御者を務めたのは、旧友の再会を邪魔しないためかもしれない。
彼女はこれという会話以外、ほとんど参加しなかった。
やがて馬車は森に入った。
「おい、ここって……」
コジャッブが怪訝そうに辺りを見回した。
そう、ここは魔の森。
足を踏み入れた人間がだれも帰って来ないことから、魔物が棲んでいると噂される妖しの地だ。
「ひとつ、忠告しておく」
レオが言った。
「ここに入って無事で済むかどうかはおまえ次第だ」
「どういうことだ?」
「ここはわたしの母がかけた強力な魔法と呪いがかかっている。なにをどう組み合わせたか知らんが、ここに入ってきた敵はすべて道に迷い、死んでしまう」
「敵? コジャッブは敵じゃないよ?」
と、ぼくが言うと、
「わかってる。だが判断するのはわたしじゃない。森だ」
レオいわく、魔の森にかかった術は館にとって敵かどうかで判断しているという。
「たとえおまえに敵意がなくとも、のちのち森に館があることや、アーサーが生きていることをだれかにバラしてしまう人間なら、森はおまえを生きて帰さない。馬車に同席していてもおなじだ。気がつけばどこかに消えているだろう」
な、なんてことだ。
じゃあもし彼が将来間違って、ちらとでもぼくのことを話すようなら、ここで死んじゃうっていうのか?
「お、おれは絶対にバラしたりしないぜ?」
「そう信じたいものだ」
ぼくはいまいちどレオの恐ろしさを実感した。
忘れてたよ。
彼女は秘密のためならぼくの親友でも平気で殺す。そういうひとだった。
森に入ってから説明したってことは、森の判断を受けさせるためにどうしても連れ込みたかったんだ。
事前に聞いて、躊躇されたら困るから……
ぼくは祈った。
頼む、生きて館までたどり着いてくれ! ぼくと会ったために死んじゃわないでくれ!




