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魂売りのレオ  作者: 休止中
第六話
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獣人は川の神を殺さんと願う 一

 世の中には努力じゃどうにもならないことがたくさんあります。その代表が天災です。いかに尽力したところで、大雨が降り続けば川はあふれ、街を沈めてしまいます。

 むかしは洪水が起きないよう神様にひとのいのちを差し出す「人身御供(ひとみごくう)」という儀式があったそうです。科学の進歩した現代では考えられないことですが、当時は真剣に神頼みをしていました。

 しかしこれをバカげていると言うのは早計です。いまだってテレビやネットの通販で金運の上がるグッズが売られていますし、わたしもばくちを打つときはゲンを担ぎます。みなさんも初詣(はつもうで)で見えないだれかにお願いごとをするでしょう。

 神様にすがる。それはもしかしたら人間という生き物の習性なのかもしれません。食欲、性欲、睡眠欲と並んで”神頼み欲”なんてものがあるんでしょう。それとも本当に神様がそこにいて、だから必死に祈るのでしょうか。

第六話 獣人は川の神を殺さんと願う




「マスター、次のカクテルをたのむ」


 そう言ってレオは(から)になったカクテルグラスを差し出した。


「お客様、少々お待ちを」


 バーテンダー衣装のぼくは、簡易テーブルに置かれたそれを受け取り、次のカクテルを用意することにした。


 しかしぼくも付き合いがいいよ。

 なんせ、突然のごっこ遊びにこんな真面目に付き合ってるんだから。


 ことの発端(ほったん)はこうだった。


「今日も雨か……」


 レオは窓の外を眺め、ぽつりとつぶやいた。


 ここ連日雨が続いている。久しく太陽を見ていない。


 すると外に出られない。

 薪割りも戦闘訓練もできないから体がだらけてしまうし、レオもずいぶんシケっている。


 レオは外でウィスキーを飲むのが好きだ。

 ぽかぽか陽気を浴びながら、背もたれの長いチェアに寝そべり、森の草花を眺め、風の音や溜め池の魚の水音を聞き、グラスの氷をカランと鳴らして、冷えたウィスキーをのどに流し込む。

 これが最上のリラクゼーションだと彼女は言う。


 しかしそれができない。


「なにかいい酒の飲み方はないものか……」


 レオは酒好きだが、ただは飲まない。

 かならず景色や音楽、あるいはなにかしらのショウを鑑賞しながら飲む。

 ちなみにここで言うショウとは、演劇やサーカスだけでなく、ひとが苦しみあえぐ姿もそれに含まれる。

 なんでも他人の苦しみは見ていて爽快だそうで、


「そうして酒を飲んでいると、わたしは神にでもなった気分になるんだ。ああ、よかった、わたしはだれにも苦しめられることのない強者なんだ——とな」


 そんなことを言うんだからレオは底なしに性格が悪い。

 ぼくは呆れてものが言えないよ。ひとの不幸でよろこぶなんてどうかしてる。


 しかしそんな悪女を愛しているのも事実で、ぼくはレオが心地よく酒を飲めるよう思案した。


「使い魔のみんなにコンサートをしてもらうってのはどう?」


「またか。もういいかげん飽きたぞ」


「じゃあぼくとチェスでもしながら……」


「それも飽きた。第一おまえは弱すぎる。それに、負けるおまえを見たくない。わたしは他人の不幸が大好きだが、おまえの不幸だけはつまらんのだ」


「それじゃあ街にでも行ってみる? こんな日はいろんなひとが酒場でクサッてるから、おもしろい話が聞けるかもしれないよ」


「ううむ、悪くないが、この雨の中を街までくり出すのはなぁ……」


 レオはそう言ってあごに手を置き考え込んだ。

 すると不意にぴこんと顔を上げ、


「そうだ、カウンターバーをやろう!」


「は?」


「いいか、まずはキッチンに行くんだ。それで、持ち運びの容易な小さいテーブルがあったろう。あれを、キッチンの入り口を塞ぐよう横向きに置いて、食堂側に客の座る椅子を置く。おまえはバーテンダーになり、中でカクテルやつまみを作るんだ。これはたのしいぞ」


「つまりレオが客で、ぼくがマスターをやるってこと?」


「そういうことだ」


「ううん……」


「いやか?」


「だって、ぼく料理なんてできないし、お酒をまったく知らないから、カクテルなんて作れないよ」


「いいんだ、つまみなんて適当にナッツやサラミを出せば。それにわたしもカクテルなんぞひとっつも知らん。ともかくおまえがバーテンダー姿になって、あのよくわからんコップで酒をシャカシャカ混ぜればそれでいい。な、頼む。わたしをたのしませてくれ」


 ぼくはレオのうるうるした目を向けられ、うなずくしかなかった。


 正直できる気がしなかった。

 でもレオがよろこんでくれるなら悪行以外はなんでもやってあげたいからなぁ。


 そんなわけでぼくはマスターになり、レオは”お客様”としてカクテルを注文していた。


 レオはいつもウィスキーばかり飲むが、一応ほかにも酒は用意してある。

 どれがなんだかわからないけど、とりあえず透明なお酒にジュースやら果汁やらを絞って混ぜてみた。

 すると案外好評で、なるほどやってみるもんだなと思った。

 そんな調子でバーテンごっこをしていると、


「甘い酒続きで飽きてきたな。そろそろ違う味がほしい」


 と要望を受けた。

 違う味ってどんなのを作ればいいんだろう。

 カクテルといえば酒に果汁を混ぜるくらいしかイメージがない。


 そこで、試しにほうれん草とセロリを絞って混ぜてみることにした。

 甘いの反対は苦いだ。

 お酒は苦いものもあるし、たぶんいけるだろう。


 ぼくは例のシャカシャカするやつで酒を混ぜ、カクテルグラスに注いだ。


「ほう、いい色じゃないか」


 酒は透き通った緑色をしていた。

 まるでレオの瞳のようだ。

 ぼくはいいものができたと調子に乗って、


「お客様をイメージしました。どうぞ」


 と気取ってみせた。


 だが、見た目がよくても味が悪くちゃどうしようもない。


「む、なんだこの酒は」


 あれ、ダメだったか。


「お気に召しませんでしたか?」


「こんなまずい酒が飲めるか」


 レオは立ち上がり、


「よくもわたしにまずい酒を飲ませたな。このおとしまえ、どうしてくれる」


 そう言って簡易テーブルを乗り越え、キッチンに入り込んだ。


「ち、ちょっと……」


「わたしをイメージしたと言ったな。このバカに苦い酒のどこがわたしだ。わたしのように美しく、かわいく、魅力あふれる美女をイメージするなら、甘くて香り高いものになるはずだ。違うか?」


「そ、それは……」


「まったく、口もこころも苦くなってしまったではないか。こうなったらおまえで口直しさせてもらおう」


「あっ!」


 ず、ズボン越しに手を……!


「ここからいい味のカクテルが出るんだろう? ふふふ、ほんの少しさすっただけでこんなに大きくして……ほら、ほら」


「だ、ダメだよ! こんな昼間から、それもキッチンでだなんて……」


「おい、ここはキッチンではなくバーの厨房だ。それになんだその無礼な口の利き方は。バーテンが客にそんな言葉遣いをしていいのか?」


「お、お客様おやめください!」


「やめろだと? やめるわけがないだろう。それにおまえだってもう息が荒いじゃないか。本当はお詫びしたくてたまらないんだろう?」


「ああ、ダメです。お客様……」


 レオはしゃがみ込み、ぼくのふくらみに熱い吐息を吐きかけながら嬉々として言った。


「おや、おやおやおや! もうこんなに漏ってるじゃないか! 下着は着けているんだろう? それなのにズボンにまでこんなに染み込んで、サービス満点じゃないか。よほどタンクに溜まってるんだな。早速飲ませてもらおう」


 いけない。こんなところでするなんて騎士の名折れだ。

 騎士はどんなときでも恥ずかしくない生き方をし、高潔な精神を持たなくてはならない。


 愛するひとと夜を過ごす。それはごく当然のことだ。

 だけどいまは昼間だし、キッチンなんていつだれが見にくるかもわからないし、いますぐ突っぱねるべきだ。


 だが困ったことに、ぼくはいま騎士ではなくバーテンだ。

 とすると客のクレームを受けるのも仕事の一環であり、拒むわけにはいかない。

 仕方がない。ああ、仕方がないよ。仕方がない。


「ふふふ、濃いのを出すんだぞ。のどにべっとり絡みつくほど濃厚なやつをな」


 レオはぼくのズボンのボタンをつまみ、外そうとした。

 そのとき、


「にゃあ」


 簡易テーブルの上に黒い猫が座っていた。


 レオの飼い猫——シェルタンだ。


 シェルタンは金になりそうな客をこの館までいざない、道案内する役目を持っている。

 そしてどういうわけだか人語を解し、レオもシェルタンの言葉が理解できる。


「なに?」


 レオは不服そうに眉をひそめ、言った。


「客だと?」


「にゃあ」


「ぐぬぬ……こんなときに、まったく」


 レオは立ち上がり、戸棚からグラスを取って、氷とウィスキーをガラガラ入れながら言った。


「しょうがない、アルテルフに応接間まで案内させろ」


「にゃあ」


 シェルタンはひと声鳴くと、俊敏な動きで食堂を出て行った。


 ふう、助かった。もう少しで危ういところだった。

 そりゃあぼくだって(たかぶ)ってたさ。

 でもさすがにだれかに見られるような場所じゃ恥ずかしいし、どうせレオは声を抑えない。

 だからだれも見に来なくったって外までぜんぶ丸聞こえになる。

 ホント困ったもんだよ。


 ……それにしてもこんな雨の日に客か。

 ひさしぶりの客で退屈が紛れるのはいいけど、いったいどんなひとが来るんだろう。

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