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魂売りのレオ  作者: 休止中
第三話
22/179

その自殺、止めるべからず 五

 ぼくにはレオがなにを言っているのかわからなかった。

 だって、キャンサーが自殺を試みた原因は借金だ。

 その借金を返済しても終わりじゃないなんて、そんなのおかしいじゃないか。

 アクベンスもわけがわからなくて狼狽(ろうばい)してるし、いったいどういうことなんだろう。


「なんだクロ、おまえもわからないのか。キャンサーはこのままでは死ぬしかないぞ」


 レオこと、ミドリはちょっと呆れた様子で言った。

 そんなこと言われたってわかんないものはわかんないよ。


 それよりちょっと気になるのは、レオがキャンサーを名前で呼んでいることだ。

 レオは基本的に他人を名前で呼ばない。

 だいたい”あいつ”とか”あの男”とかいう呼び方をする。

 それはレオが相手を認めていない証拠で、人間性や貫禄を認めた相手だけを一己(いっこ)の人間として扱い、名前で呼ぶ。


 そんな、ひと様を見下しきった性格の悪いレオが、どうしてこんなギャンブル狂いで借金にまみれた、見るからにみすぼらしい男を名前で呼ぶのだろう。

 助けてもらったっていうのに態度もふざけてるし、とてもまともな人間とは思えない。

 ぼくにはわからないことだらけだ。


「ところで腹が減ったな。あそこの軽食屋でなにか軽く食おうか」


 レオは突然そんなことを言うと、スタスタと商店に入り、サンドイッチをふたつ買って来た。


「クロ、おまえも食いたいだろう。ほら」


「あ、ありがとう」


 ぼくはそれを受け取り、食べようとした。

 すると、


「う、うまそうでやんすねぇ……」


 横から強烈な視線を感じた。

 見ると、キャンサーがヨダレを拭うのも忘れて凝視している。

 そういえばこのひと、お金がなくてなにも食べられなかったんだっけ。


 ぼくも少しお腹が空いていたけど、彼の空腹に比べれば屁みたいなものだと思って、


「あの、よかったら食べる?」


 と差し出そうとした。

 すると、


「おい! それはおまえに買ったものだぞ!」


 レオは厳格(げんかく)にぼくを制した。


「赤の他人に食い物を渡すんじゃない」


「そんな、だってキャンサーはずっとなにも食べてないんだよ」


「知るか。食いたきゃ自分の金で買えばいいんだ」


「そのお金がないんだよ」


「わたしは他人に使う金など一切持ち合わせていない。使うのはわたしとおまえのためだけだ。そのサンドイッチはわたしの金で買ったんだぞ」


「ミドリさん、それはないんじゃないか?」


 ぼくらのやり取りを見て、アクベンスが言った。


「あなたにはクロさんのやさしさがわからないのか。慈悲(じひ)深いじゃないか。正義とは自己を犠牲にして他者を助けることだ。クロさんはまさに正義だ。わたしは正義を愛する者として、クロさんの(おこな)いがどれだけ正しいか主張する」


「ほう?」


 レオはなにやらうれしそうにニヤけ、


「なるほど、他人のために自己犠牲、それが正義であり、ひととして正しい(おこな)いだと、きさまはそう言いたいのか」


「当然だ。わたしはクロさんと同意見だ」


「ならきさまがおごってやればいいだろう。わたしはひとの道だとか正義だとかが大っきらいでな。他人のために無償でなにかするなんて、想像しただけでゲロを吐きそうになる」


「な、なんて言い草だ!」


「ああ、サンドイッチはうまいなぁ。うまい、うまい」


 レオは見せびらかすみたいにサンドイッチをむしゃむしゃ食べた。

 それを見るキャンサーの目のギラつきと言ったら、そのまま目玉が飛び出てサンドイッチまで飛んで行ってしまいそうだ。


「くそっ!」


 アクベンスは苛立ちを体重に乗せるみたいにどかどか歩いて店に入り、サンドイッチとジュースを買ってきた。


「さあ、これを食え!」


「へえ、ありがたいでやす!」


 キャンサーはアクベンスの手からそれをブン取り、一心不乱に食いはじめた。

 まるでおごってもらって当然といった感じだ。

 アクベンスは閉口していたが、表情が「なんでこんなヤツに……」と言っていた。


 それを見ながらレオは言った。


「あたりまえだよなぁ。だって、拾ったんだから」


「拾った?」


 アクベンスは振り向き、いぶかしんだ。


「そうだ、きさまはキャンサーを拾ったんだ。わたしもむかし、森で死にかけの子猫を拾ってな。真冬のことで、その日は雪が降っていた。子猫は寒そうに震えていてなぁ。かわいそうで、抱いてあたためてやったら元気になった。だが、親に怒られたよ。おまえはその猫をどうするのか、またこの雪の中に放り出せば死んでしまうぞ——と。それで結局飼うことになった」


 へえ、そんなことがあったなんて知らなかった。

 レオが生き物を救うなんていまじゃ考えられない。

 でもたしかに、幼いころのレオはいまみたいに冷酷じゃなかったしなぁ。


「大変だったぞ。そこらじゅうでクソやらしょうべんやらするし、部屋の中をひっかくし、いまでこそしなくなったが、当時は大変だった」


 ”いまでこそ”?

 ということはいまも館で飼っているってことだ。

 もしかしてその拾った子猫ってシェルタン?


「だがしょうがない。救うというのはそういうことだ。だれかを助けようと思ったら、最後まで面倒を見る覚悟が必要なんだ。極寒(ごっかん)の中で一瞬あたためて、また再び雪の中に放り出すことなぞ、まともな精神ならできるはずがない。そうだろう?」


 そう問われ、アクベンスは硬い表情で黙っていた。


 この話を聞いて、ぼくもなぜレオが屋上の男——キャンサーを助けるなと言ったのかわかった。

 助けて終わりじゃない。救えばそのあとがある。

 そして、いちど手を差し伸べた者には責任が生まれる。


「なあキャンサー、おまえ、このあとどうするつもりだ?」


「へえ、どうと言われやしてもねえ……」


 キャンサーはへへへと頭を掻いて、


「なんせ金はねえで、住むところもねえ、服だって見ての通りボロでやす。これじゃ世間を歩くこともできねえでやんすよ」


「仕事のあては?」


「そんなもんあるわけねえでやんす。あんなことになっちまいやしたから、もう工場関連じゃ雇ってもらえねえでしょうし、ほかにできることもねえでしょうし、生きていくあてがねえでやんすなぁ」


「だそうだ」


 レオはアクベンスにふふんと笑ってみせた。

 アクベンスは、


「ぐっ……」


 と、なにかを言いたそうにのどを詰まらせた。

 彼もわかったのだろう。助けてしまったことの重さを。


「なあクロ、おまえはどうしたい? この男をうちまで連れて帰って(やしな)うか?」


「えっ!?」


 ぼくは思わぬ言葉に身を引いて驚いた。

 そんなの絶対いやだよ。こんな汚らしい赤の他人を連れ帰っていっしょに住むなんて。

 もちろん口に出したりはしないけどさ。

 でもこのときぼくは、きっといやな顔をしていたと思う。


「いやだろう? わたしは絶対にいやだ。というわけで我々は一切手助けする気はない。あとは手を出したきさまがどうするかだ。ま、わたしにはどぉ〜〜でもいいことだがな」


 そう言ってレオはスタスタ歩き出した。


「さ、行くぞクロ」


「え、ちょっと……」


 ぼくは行くに行けなかった。

 だって、こんな中途半端な状況でほっぽり出せるわけないじゃないか。


 ぼくは立ち止まったまま、立ち去ろうとするレオと、黙って歯ぎしりするアクベンスと、へらへらしているキャンサーに視線を行き来させた。


「おい、なにしてる! 行くぞ!」


「でも……」


 ぼくはどうしようもなくなって、アクベンスにじっと視線を送った。

 キャンサーをどうにかできるのはもう彼しかいない。

 ぼくはレオの”ひも”だからお金は自由に使えないし、そもそも他人の人生を面倒見るなんて、とてもじゃないができない。

 しかも単なる行き倒れや病人ならともかく、なにをしでかすかわからないギャンブル狂いだ。


 アクベンスはぼくの眼差(まなざ)しを受けると、それが耐えられないと言わんばかりに目を背けた。

 やめてくれと叫んでいるようだった。

 しかし、苦しそうに再びぼくの目を見て、不意にニッと笑った。


「クロさん、あなたは正義を愛するひとをどう思いますか?」


「へ? そりゃすばらしいと思うけど……」


「そう、ですよね……」


 アクベンスはふぅとため息をつき、シャンと背筋を伸ばした。

 そしてキャンサーに言った。


「わたしのカジノで働くか?」


「ほ、カジノでやんすか?」


衣食住(いしょくじゅう)を提供してやる。うちは寮を借りているから、しばらくは無償で住まわせてやる。飯も、服もそうだ。そのあと人生をやり直せるかはおまえ次第だが、どうだ?」


「そりゃありがたいでやんすねぇ。助かりやんす」


 キャンサーはさもあたりまえのことのように答えた。

 こんなの雇って大丈夫かな?


 アクベンスはいまいちどぼくの方を振り返り、


「というわけです。わたしは正義を選びました。別に格好つけてるわけじゃありません。ただ、当然のことをしただけです」


「はあ……」


 なにを言ってるんだろう。

 こんな危なっかしいのを養うと決めてどうなるかわかんないのに、格好がどうとか正義がどうとか、このひともちょいちょい言動がおかしいんだよなぁ。

 なんかぼくに話すときだけ女の前で格好つけるキザなヤツみたいだし、あんまり関わりたくないなぁ。


「きっと彼を更生させて見せます。ですので、よければこんどスターダスト・カジノに遊びに来てください。あなたでしたら、名乗っていただければすぐにわたしがお出迎えして、お食事でもごちそうしましょう」


「は、はあ……」


 やっぱり変なヤツ。たぶんホモだな。

 だってどう聞いてもぼくを口説こうとしてるもの。

 絶対行かないようにしようっと。


 ぼくは手短かに別れを告げてレオの元に走った。

 レオはやや離れたところで(たたず)み、腕を組んで待っていた。


「ごめん、終わったよ」


「ああ、おかえり」


 レオは機嫌がよさそうだった。

 待たされて怒ってるかと思ったのに、むしろたのしそうにしている。


「それで、キャンサーはどうなるって?」


「雇うって」


「ほう」


「カジノで雇って更生させるって。でも大丈夫かな? だって、ギャンブルでとんでもない借金を作るようなひとでしょ? そんなのを引き入れて問題とか起きないかな?」


「さあな。ただ、あのカジノオーナーは死ぬ」


「えっ!?」


「死相が出ていた。と言っても出会ったときから出ていたんだがな。キャンサーがなにかやらかすのか、それとも別のなにかが起こるのか知らんが、あの感じだとひと月以内だろう。まあ、今回の旅行はゆっくりたのしむとして、ちょいちょい遊びに来るとしよう。なにせたくましい実業家の魂となればいい値段がつくからな。ククク……」

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