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魂売りのレオ  作者: 休止中
第二話
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指のない人形使い 一

 第一話、おたのしみいただけたでしょうか。魂売りやら、魔法やら、呪いやら悪魔やら、いろんなものが出てきましたね。きっと読んでいるひとは頭がごちゃごちゃして大変だったでしょう。なにせ書いてるわたしが大変でしたから。

 でもご安心ください。難しい話はもう終わりました。ここから先は彼らのゆったりした日常です。のんびりだらだら、たまに駆け足なレオとアーサーの平和な日常が繰り広げられます。少しだけ怖い話や、大変なこともあるかもしれませんが、きっとゆったりおたのしみいただけると思います。

 もっとも、わたしの稚拙(ちせつ)な文章ではいまひとつかもしれません。なにせわたしは毎日ばくちを打って遊んでばかりの、どうしようもないろくでなしですから。書くものもいいかげんで、文章も素人丸出しです。

 でも、案外まじめなひとよりおもしろいかもしれませんよ。なにせ名人というのは頭のおかしなひとばかりだそうですから。

第二話 指のない人形使い



 ぼくは季節の中でどれが一番好きかと訊かれたら、たぶん春と答えるだろう。


 春はいい。

 あたかかくて、そこらじゅうにいのちの息吹(いぶき)を感じる。

 花は咲き乱れて目にもよく、甘い香りも心地よい。

 鳥のさえずりもこころなしか明るく聞こえ、大地すべてが歌っているような気さえする。


 ぼくはそんな春の青空の下で薪割りをしていた。

 レオはお風呂に入るのが好きで、ぼくはその風呂の湯を沸かすための薪を用意していた。


 たしかに風呂は気持ちいい。

 あたたかいお湯に浸かると、体じゅうがじんと痺れて、汚れだけじゃなくて疲れも取れる気がする。

 ここに来るまでお風呂なんて入ったことなかったから、こんなにいいものだと思わなかった。

 いまではほとんど毎晩浸かっている。


 でもこんなにあたたかい日和(ひより)なのにわざわざ昼間から入るなんて、レオはよっぽどお風呂が好きなのかな。

 もちろん薪割りや風呂焚きなんて雑務は本来使い魔にやらせるものだけど、レオが、


「おまえの沸かした湯に入りたいんだ」


 なんて言うからぼくはわざわざ汗水垂らしてこんなことをしている。

 まあ、こんなことでレオがよろこんでくれるなら別にいいけどさ。

 どうせ暇だし、動かないでいるとなまっちゃうしね。

 剣の稽古だと思えばちょうどいいや。


 ぼくは十分な量の薪を用意して、早速風呂を沸かしはじめた。

 風呂は館とは別に作られた小屋にあり、屋根付きの廊下で繋がっている。

 その小屋のひさしの下に()き口があり、ぼくは不慣れな手つきで薪を燃やした。

 そうして火の番をすること一時間、浴室に入り、だだっ広い浴槽の湯に手を入れると、いい感じに熱くなっていた。


「おーい、お風呂が沸いたよ」


 ぼくは早速リビングのソファでうたた寝するレオを呼びに行った。


「ん、ああ。風呂か」


 風呂か、じゃないよ。けっこう大変だったんだから。


「ありがとう。それじゃ早速いただこう。ところでわたしは着替えるが、おまえはどうする?」


「え? 着替え?」


「おまえも着替えるのならアルテルフに服と下着を持って来させるが、どうするかと聞いているんだ」


「ちょっとまって、ぼくも入るの?」


「いやなのか?」


「いやじゃないけど……」


「なら来ればいい」


「だけど、いっしょに入ったらどうせまた……」


「いいじゃないか」


「でもまだ昼間だよ」


「昼のなにが悪い」


 なにがって、ぼくは騎士だよ。高潔をモットーとし、常に男として立派でなくちゃいけないんだよ。

 それが昼間から美女とお風呂に入って、そんなことをするなんて……


「ふうん……おまえ、また騎士は高潔でなければならないとか考えているんだろう」


「そ、そうだよ」


「男として立派でなくてはならない、などと考えているんだろう」


「その通りだよ」


「ふふ、ははは」


 な、なにがおかしいんだよ。


「おまえ、このあいだはヴルペクラに散々鳴かされたそうじゃないか」


「えっ!?」


「あいつ笑っていたぞ。おまえがかわいいから、つい十本の指を長いイカの足に変えて巻きつけてやったら、男とは思えない声でひいひい鳴いたそうだな」


「げえっ!」


 な、なんでそんなことレオに話すのさ! 言わないでって言ったのに……


「おまえに犯されたくて寝たのに、途中からあべこべに犯してしまったと大笑いしていたぞ」


 ううっ、恥ずかしい!


「それに、あんなところまでやられてしまったそうだな。それでまだ、おまえは自分が立派な男だと言うつもりか?」


「や、やめてよ!」


「騎士というのはあんなところをいじめられてひいひい鳴くものなのか?」


「レオ!」


 ひどいや。レオに話すヴルペクラもひどいけど、それを言うレオもひどい。

 ぼくは恥ずかしくってもうどうしようもないよ。


「しかしな、わたしは悔しい」


「え?」


「いくらあいつが悪魔の眷属(けんぞく)とはいえ、まさかイカの足で襲うなどというすごいわざを使うとは思わなかった。このまま黙っていてはわたしの面目が立たん」


 面目って、いったいなんの面目だ? そんなことで張り合う必要があるのか?


「もしおまえがヴルペクラのわざに魅了され、わたしから離れてしまったらと思うと気が気でならん」


「そ、そんなことあるわけないよ。ぼくは君をこころから愛していて、なにがあったってほかのひとを愛したりなんか……」


「いいや、ある」


「な、ないよ」


「だからわたしは新たなわざを覚えた」


「は?」


「ヴルペクラ以上におまえを鳴かせ、もう一生わたしなしでは生きられないような、ものすごいわざを習得した」


 も、ものすごいわざ……?


「このわざを使えばイカの足など取るに足らん。おまえは体だけでなく頭までとろけ、さもすれば気を(いっ)してしまうかもしれん」


 あ、あのイカの足が取るに足らない……? 気を逸してしまう……?


「どうだ、なにをするか気になるだろう」


 き、気になる……


「してほしいだろう」


 う……うう…………


「それには風呂が一番でな。早速試そうと思ったが、そうか、いやなら仕方ない」


「え……」


「元々おまえは、わたしがひとりで入るものだと思っていたのだろう? ならいいさ。わたしはひとりでゆっくり湯に浸かるとしよう」


「そ、そんな……」


「なんだ?」


「う……」


「言いたいことがあるならはっきり言え」


「それは……」


 レオは口ごもるぼくを見て、ふふっと勝ち誇った笑みを浮かべた。

 そして、


「来い。来たいんだろう。わたしと風呂に入りたいんだろう。着替えは用意させておく。わかったらさっさと行くぞ」


 レオはぼくの腕をつかみ、強引に引っ張った。

 別に彼女は腕力があるわけじゃない。抵抗しようと思えばいくらでも踏ん張れる。

 騎士として欲望に負けてはいけない。騎士として立ち止まらなければならない。

 だけど、足が勝手に……


「ふふふ、てこずらせおって。ああ、たのしみだなぁ。おまえはいったいどんな声を上げるんだろうなぁ」


 そう言ってレオは欲望と悪意の混ざったような笑顔を作り、


「ああ、(たかぶ)る。昂ってしまう」


 と、すでに愉悦を帯びた吐息を漏らした。


 その、レオの歩く先に、


「にゃあ」


 ふと、レオの飼い猫——シェルタンが現れた。

 どういうわけかシェルタンは人語を(かい)す。

 そしてレオはシェルタンの言うことがわかる。


「なに?」


 レオは眉をひそめて立ち止まり、


「客だと……?」


 と不満をあらわにして言った。


「にゃあ」


「もう庭まで来ているだと?」


 はあ……とレオは深くため息をついた。


「なんて間の悪い……せっかくアーサーにあれをしてやろうと思ったのに」


 そう言ってレオはぼくの手を離した。


 た、助かった……もう少しで騎士道を踏み外すところだった。

 ぼくは完全に欲望に負け、男子としてあるべき姿を失っていた。


 レオがなにをするつもりだったのかは正直興味がある。

 あのイカの足以上のわざがどんなものか、味わってみたいというのが本音だ。

 しかしぼくは騎士として、昼間からそんなみだらなことに没頭するわけにはいかない。


「アーサー、悪いが火の始末を頼む。わたしは先に客の相手をしてくるから、おまえもそのあとで来い」


「ああ、わかったよ」


「まったく、つまらない客だったら殺してやる」


 そう言ってレオはスタスタと庭に歩いて行った。

 怖いこと言うなぁ。レオなら本当にやりかねない。

 早いところ火を始末して、ぼくも庭に急ごうっと。

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