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もぉぉいやじゃぁぁ!!
ミルニチカが両手を振り上げ、可愛らしい口をこれでもかと言うほど尖らせて駄々をこねている。
そんなミルニチカをマリウスは『やれやれ……』といった表情で見ている。
2人は誰も往来のない細い街道を歩いていた。
「ミル、もうちょっと我慢してくれ。もうすぐ街に着くはずだから」
「もーちょっと!もーちょっと!もーちょっと!もーちょっと!!もぉぉぉちょっと!!!っていったい残りどれくらいだ!何時間だ?何分だ!?」
「えっと……今日中かな?」
「ずぅぅぅぅぅーーっと!!この数日の間ずっーとそれじゃ!私はもう野宿はいーやーじゃ!!」
ミルニチカは小さくても魔族の娘である。
その怒った表情に鬼気迫るものを少なからず感じてしまう。そんな凄い剣幕で言い寄られてはさすがのマリウスも少したじろぐ。
「わ、わかってるって。ホントにもうすぐのはずなんだよ。この峠を登りきったら広い平野が広がっていて、その真ん中辺りに街があるんだ…………たしか」
「………」
疑いのまなざしを向けつつも歩みは止めないミルニチカ。
駄々をこねても『歩き疲れた!』と言わないだけマシだとマリウスは思うことにした。
マリウスの歩く速度にしっかりついてきてくれているのだから。
「2年ぐらい前に友達に会いに行ったときはこれとは別ルートで行ったから、微妙な距離がわからなかったんだよ」
「ふん……その友達という者。ホントに強いんだろうな」
「ああ相当強いぜ。確か今は軍隊の偉い人になってたはず」
「そうか……」
南ベルナッドを旅立ってからまずマリウスが言ったのが『仲間を増やそう』だった。
確かに2人で大魔王を倒そうというのは、あまりにも無理があるように思えたし、少しでも強い仲間がいれば助かるとミルニチカも思った。
そこでマリウスの幼なじみで、マリウスと同じぐらい強い友人が他国にいると言うので、彼らに会いにこうやって何日も野宿を重ねながら旅をしてきたのである。
本当にマリウスの友人がマリウス並に強いかどうか、ミルニチカは疑わしく思っていたが、軍人をしているらしいのでそれなりには戦えるだろう考えた。
それよりもミルニチカは最近、自分自身の事で気になることがあった。
マリウスが旅の最中にその友人達の話を聞かせてくれるたびに、何かわからないが胸がモヤモヤした不快な気分になるのを感じていた。
それがなんなのかは自分でもよくわからなかった。もちろんマリウスに聞けるわけもなく、自分の胸の内にしまっておくことにしている。
今のところは、彼女の胸のモヤモヤがマリウスに気づかれた様子はない。
そもそも典型的な朴念仁のこの男が、自分のこの不可思議な気持ちを察してくれたり、気づいてくれるはずがないとミルニチカは思っている。
「とりあえずこの峠超えればわかるって」
「……まあ、そうだな」
「というわけで一気に超えちゃおうぜ!」
「………元気だなぁ」
元気に歩きだすマリウスの後ろを渋々ついて行くミルニチカ。
しかししばらく歩くと、彼女の疑いは無為だったことが証明された。
峠を越える一気に視界が明ける。確かにマリウスの言う通りだった。眼下には平野が広がり、その平野の中央には都市が見えた。ただしその都市の規模が並ではなかった。