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はぁ~……
ミルニチカの話が一区切りを迎えたところで、マリウスが大きく息を吐いた。話に聞き惚れて呼吸するのを忘れていたかのようだ。
「ふぅ~。やっぱりミルニチカさんって人間じゃなかったんだ?」
「そうです。1000年以上も生きる人間はいませんからね」
「た、確かにそうか……」
「……怖くなりましたか?」
「え?」
「私が魔族だったとわかって怖くなりました?」
「うーん…………正直言うと、魔族に会ったのが初めてだからよくわからない……かな。ミルニチカさんも始め思っていたよりは……その……やっぱりいい人かなって」
うつむき加減に少し恥ずかしそうに言ったマリウスが顔を上げると、そこには心底驚いた表情をしたミルニチカがいた。
「何かおかしいこと言ったかな?」
「う、ううん………何でもない」
「?」
さっきまで何処か懐かしく、また少し恥ずかしそうに昔話をしていたミルニチカの顔がさらに赤くなっていた。
「それにしても初代は始めからすごい強かったんですね」
「ええ。あれは人間という種族の限界レベルを凌駕してましたね。1000年以上生きてきましたが、彼以上に強い人間にはいまだに会ったことが無いです。はっきり言って魔族と比べてもトップクラスの強さでした。マリウスは話したように無意識に身体能力を魔力で強化して戦う事で、人間離れした戦闘能力を誇っていました。その身体強化の魔力がある一定値を超えた時に、身体から放出されるようになり、その放出される気が薄い黄金色だった事から付けられた異名が『黄金の勇者』で―――」
(1000年って……)
ミルニチカがさらりと凄いことを言う。歳の事はあんまり触れちゃイケナイ気がしたのでそのまま流すことにした。
「ほ、他の四勇者も強かったの?」
「あと2人も人間だったけど、2人とも人間離れした強さでした。それでもマリウスの強さは群を抜いていましたが」
「ふ~ん。それで減税はホントにしたの?」
「もちろんしました。一騎打ちにも敗れてなお、命を助けて貰ったのです。これで願いを聞かずに無視するほど私は恥知らずではないですから。しかし減税して足りなくなった大魔王への上納分は私の個人的な資金から出してごまかしたりと大変でしたよ」
「へぇ~………それで初代とはその後どうなったの?僕がよく聞く伝承では、初代に説得されたミルニチカさんが一緒に大魔王を倒す旅に出たってあったけど」
「残念ながら伝承にあるような大魔王退治の旅にすぐに出たわけじゃないです。そもそもマリウスに大魔王討伐の志など始めは微塵もありませんでした。当時の彼にはその日の食事の準備、明日畑にまく水の確保、来月の収穫の心配がすべてでしたからね。だから初めて会ってから半年ぐらいは私は領主を、マリウスは農家を続けていました。ただ、その半年間はホントに楽しかったですね」
ミルニチカは懐かしむように遠い目をした。
「私は毎日のようにお忍びで城を抜け出してはマリウスの家に遊びに行きました。そこで彼に人間の暮らしや草花の事、農業の事、人間や魔族以外の生物の事、私が今まで知らなかったことを色々教えてもらいました。私の父にこっそり税を減じていた事や人間と親しくしていた事がバレるまでですが………」
ミルニチカの表情が少し陰る。
「思えばあの頃が一番楽しかったかもしれませんね………ああ、こういう後ろ向きで過去を懐かしむような事を言うと、またあの子は拗ねてしまうかもしれませんね。気をつけないと……」
最後の方はブツブツ呟く声だったためマリウスにはよく聞き取れなかった。
それよりもマリウスは話の続きが気になってしょうがなかった。
「ねぇねぇ。そのあと2人はどうなったの?」
「ん……お話も今はここまでにしておきましょう」
「えぇぇー!まだ四勇者がそろう話とか聞きたいよ」
「大丈夫、ちゃんと話してあげますから。今は少し休ませてください。喉がカラカラになりました」
そう言われて、マリウスは時間がもう昼近いことに気がついた。そして手元のカレーが全く減ってなかったことも。
「ホントだ、もうこんなに時間が経ってる」
「そういうことです。続きは………明日にでも話しますから」
「あ……うん」
そう言ってミルニチカはカレーを再びよそい直す。
そして書斎に居ることを告げてダイニングを出ていった。
その後ろ姿は13,4歳の人間の少女にしか見えなかった。マリウスには今の話のような経験を1000年以上前にしたハーフデーモンとはとても想像できなかった。