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果ての灯台守  作者: 冬ノゆうき
第2幕 千年前の旅立ち
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1

ざざぁぁぁん……ざざぁぁぁん……


 マリウスは顔にかかる日の光と、定期的な波の砕ける音で目を覚ます。

 昨夜は色々ありすぎて、とても寝られそうにないと思っていたが………なんて事はない。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。

「夢じゃ……なかったんだ」

 昨日の出来事は夢なんじゃないかと一瞬思ったが、今起きた場所はあの人間のような振る舞いをするゴーレム―――マシナリーに昨夜案内された寝室のままだった。

 昨夜動いていたと思っていた時計はよく見ると動いていなかった。時間はわからない。しかしカーテンから漏れる日の光はかなり強く、朝というには少し時間が経っているようだ。

(これからどうしよう………)

 マリウスは昨夜この部屋に戻ってから考えたことを思い出した。

(四勇者の1人………魔王女ミルニチカ………ホントにいたんだ)

 昨夜は真っ暗闇で波の音だけが聞こえていた窓を開けてみる。

 そこには見渡す限りまっすぐな水平線によって上下に色分けされた海の濃い青と空の薄い青。それだけしか見えない世界が広がっていた。

(他の島が見えない……)

 窓の下を見下ろす。

 今いる部屋の高さは地上6,7階と言ったところか。塔の周りにはわずかに緑の芝生と小さな花が点々と咲いているだけで、そのほとんどが白い岩肌の岸壁だった。その岸壁に 波がぶつかり水しぶきをあげている。

 昨夜聞こえていたのはこの音なのだとわかった。

 小さな小さな岩島にギリギリ立っているのがこの灯台なのだ。

(しかも塔しかないこんな小さな島に1人で………)

 正確にはマシナリーもいるが、今は彼(彼女?)は除外して考える事にした。

(よく考えてみたら、何でこんな何もない島に100年もずっといるんだろ………魔王女ミルニチカといえば魔術にとても精通していたって言うし、空飛ぶなりすればすぐにここを出て行くこともできたと思うけど………)

 現在の帝国でも魔術を極めし者の中には、飛行魔法を使える者も何人かいるらしい。しかし彼らよりミルニチカが劣っているとは到底考えにくい。

 昨日の彼女との会話を思い返す。

(そう言えば結界があって出れないとか言っていたけど、魔王女を封じ込めるほどの結界が作れる人間がいるのかな?)

 もしかしたら彼女なりに反省して、自分を戒めるためにこの島での生活を享受しているのかもしれない。後悔しているということも口にしていた。

 昨夜は横になりながら色々考えた。

 もしかするとマリウスには想像もつかないもっと何か別の理由があるような気がしてきていた。それを今は亡き祖父は知っていた。そして昨夜、ミルニチカ自身の口からは説明できなかった秘密ではないのだろうか。

 昨夜はそこまで考えたところで記憶が無い。

 今思い出してみると、思いのほか早く眠気が思考に勝ったようだ。たいして考えがまとまっていない事に気がついた。

(ふう……とりあえず部屋にずっといるわけにもいかないし………)

 部屋を見回してみる。着ていた軍服を探してみた。

 捜す場所の限られているこの部屋である。昨夜同様やはり見つからない。

 仕方ないので寝間着のまま部屋を出てみる。

 当然だが部屋の外の廊下は昨夜と同じだった。塔の作りが外側に部屋、内側に廊下という風になっているため、もう日が昇っているにもかかわらず廊下には点々とランプが掛けられており、薄暗く廊下を照らしていた。


くぅぅ……


(そ、そう言えば結局昨日は何も食べなかったんだっけ………)

 小さく鳴くお腹をさすりながら、マリウスは昨夜行ったダイニングに行ってみることにした。

 昨夜のカレーがそのまま残っているかもしれない。

 仮に残っていても、非常に手を付けづらいところなのだ。それに正直なところあのダイニングキッチン以外に塔内部の間取りがわからなかった。

 昨夜マシナリーに案内された道順をたどると、見覚えのあるダイニングの扉が見えてきた。その扉を開けようとする。

 しかしその前に内側から開けられた。中から人が出てくる。

 この塔で人と言ったら1人しかいない。

 魔王女ミルニチカ・ゼフェルネーゼ・アランテスタだ。

 今日は昨夜のエプロン姿ではなく、何か学生のような服装をしている。それはどこか帝都の魔法学院の制服を思い出させるデザインだった。

「………」

「あ……おはよう。よく眠れましたか?」

「一応……」

「身体が痛いところとかありませんか?」

「はい……とくには」

「そう。それはよかった」

 ミルニチカが微笑む。

 しかしその笑みは昨夜ダイニングで会ったときのような輝きはなりを潜め、何処か影のある寂しげな微笑みだった。

 それは廊下の薄暗さの所為だけではないだろう。

「………」

「………」

 しばらく2人の間に沈黙が流れる。

「……えっと………とりあえず何か困ったことがあったら私かマシナリーに遠慮無く言ってください。塔内も自由に歩いてもらって構わないので。危険なモノが閉まってある部屋は魔法で封をしてあって、もともと開けられないですし………それでは」

「………っ………ちょ……ちょっと待ってください!」

「え?」

 昨夜と同様に深く頭を下げてから、その場を去ろうとするミルニチカをマリウスが少しうわずった声で呼び止めた。

「あ、あの………」

「?」

「……その………昨夜はすみませんでした!」

「………」

 今度はマリウスの方が深々と頭を下げる。そんな彼に少し驚いた表情をするミルニチカがしばらく置いて口を開く。

「どうしたの?突然……」

「その……昨夜は何だか一方的に怒鳴っちゃって……少し、その……悪かったかなって思って……それで―――」


くぅぅぅ……


「………」

「………」

「……お腹減ってるですか?」

「はい……」

「ふふ、そうですか。空腹ということは身体が順調に治った証拠ですね」

 ミルニチカは小さく微笑み、ダイニングで待つように言うと、自分はキッチンへと消えていった。

 しばらくして出てきたミルニチカは手ぶらだった。

「食べるものが………その……カレーしかないのですが……」

 ホントにすまなそうな表情のミルニチカに、昨夜のマシナリーの言葉が思い出される。

「かまわないです。カレー大好きですから。いただきます」

「そ、そうですか。それじゃあ今すぐ準備しますね」

 ようやく昨夜のような明るい笑みを浮かべたミルニチカは、少し嬉しそうにキッチンへと戻っていく。

 しばらくするとおいしそうな匂いをさせたカレーライスが盛られた皿を持って出てきた。

 それをマリウスの前へと置く。

 ライスに使っているお米は不思議なことに帝国でよく見る粒の長いタイプのイリア米によく似ていた。マリウスはすぐにでも手をつけたいほど空腹だったが、あまりがっつく様を彼女に見られたくない気持ちもあり、スプーンに手が伸ばしづらかった。

「………」

「………」

「えっと……ゆっくり食べていてください。食べ終わったら食器はそのままで結構です。私はちょっと書斎で調べ物をしていますので」

「書斎?」

「ええ……この塔の階段を4つほど降りた階にある部屋です。地下にあって雑音もなく静かなので、私は日中はよくそこで読書などをしています。その階には書斎の扉しかないので降りてくればすぐ分かると思います。何かあったら遠慮無く言ってください。もしくはお昼前後は塔内をマシナリーが掃除しているので、マシナリーに言ってくれてもいいです」

「あ、待って!」

 言うだけ言って、そそくさとダイニングを出ようとするミルニチカは、まさかまた呼び止められると思ってなかったようで、ちょっと驚いた表情で振り返る。

「どうしました?」

「あの……」

 何か言いにくそうなマリウスの言葉を、ミルニチカは急かさずジッと待っている。

「あの……良ければ、迷惑じゃなければ、昔の話を聞きたいです」

「昔の話?」

「はい…………その……ミルニチカさんの昔の話。四勇者の出会いとか魔王倒した話とか………ダメですか?」

 昨夜とは異なりミルニチカをさん付けで呼んだ事に、少し首をかしげるミルニチカ。

「どうしたのです?急に改まって」

「それは……」

 ミルニチカは半身、扉の方を向いていた身体をマリウスの方に向き直して、正面から彼を見る。

「昨夜言ったように、私はキオ家を追い詰めた張本人です。もちろんそんなつもりはありませんでしたが、結果的にそうなってしまったのは私も理解していますし、責任を感じています。そんな私に対してどうして?」

「…………正直言うと、まだ『許した』って気持ちには全然なれません。でも――」

 マリウスが言葉を区切る。

 何を伝えたいかはすでに決めてあった。ただ、どう伝えるかを熟考した。言葉も慎重に選ぶ。

「――でも、昨夜色々考えて。ミルニチカさんが何か理由があって行動に移したんだろうな……そう思える気がするんです」

「なぜ?」

「えっと……ミルニチカさんは悪い人じゃない気がするんです」

「……ぷっ――」

 神妙な顔から一転して、ミルニチカは吹き出し笑いだした。

「ぷくくく……あはははは」

「……何で笑うんですか?」

「ごめん。くっくっく……ご、ごめんなさい」

 謝りながらもしばらく笑いの止まらないミルニチカに、憮然とした表情を浮かべるマリウス。

「あははははぁ……はぁはぁ……ごめんね。馬鹿にとかしたわけではなくて――」

 ようやく笑いが収まったミルニチカが聞き返す。

「――『私が許してもらおうと良い人を演じてる』と思わないのですか?」

「それも……ちょっとだけ考えましたけど、たぶん違うと思いました」

「なぜ?」

「その……ホントに悪いと思っていないなら、いまさら100年前の功罪を釈明したりしないと思うんです。もちろん僕なんかに良い印象を持ってもらおうなんて素振りも見せないと思うんです」

 ミルニチカは黙ったままなので、マリウスは言葉を続ける。

「それに僕がキオ家の人間だと助けた時から薄々気が付いていたみたいだったのに僕を助けてくれましたし、僕がキオ家の人間だと知ってとても嬉しそうな笑顔を浮かべていました」

「ん……」

 ミルニチカが少し恥ずかしそうに自分の頬を撫でる。

「やましい気持ちがあったら、僕を助けたり、看病したりはそもそもしてくれないと思いました」

「………」

 ミルニチカはゆっくりとマリウスに手を伸ばしてきた。

 身構えるマリウスだが、それも一瞬だけの事で、すぐに警戒を解いた。先程のような事を言った矢先に身構えていては、口にしたことが嘘になってしまう気がしたから。

 マリウスが逃げないのを確認して、ミルニチカは彼の頬に軽く触れた。

「あなたはとても理知的で、賢いですね」

「え?」

「初代マリウスとは大違いです」

 そう言ってミルニチカは優しく微笑む。

 その微笑みは、マリウスが昨夜初めて彼女に会ったときに、彼女が自分に向けてくれた、見惚れてしまった微笑みとそっくりだった。マリウスはようやく昨夜の自分の子供じみた我儘がチャラになった気がした。

「そして、とても純粋です」

「……純粋じゃダメですか?」

「いいえ。人の世では生きづらいこともあるかもしれませんけど……どちらかと言えば、私はその性格の方が好ましいと思いますよ」

 ニッコリと微笑みを返す少女に、少年は不覚にも胸の鼓動が早まってしまった。

「それで?」

「……え?」

「それで何故、過去の話を聞きたいということに繋がるのですか?」

「それは……もっとよくミルニチカさんの事を知りたいからです!」

「えっ……」

 ミルニチカの瞳が少し大きくなる。

「今までキオ家の事もあって四勇者の話は身近ではタブーになっていたんですけど!本当は僕、四勇者の話が大好きで!その本人から話が聞けるなんて!!」

「あ……うん。そういうことね」

 ミルニチカは苦笑しつつも何処か嬉しそうな様子だ。

「でも昨夜言ったように、皇帝暗殺といったあたりの話はできませんよ?」

「いいよ。話せる範囲でいいから色々教えてほしい」

「うーん、でも――」

「ミルニチカさん、昨日『何でもする』って約束したよね?」

「ん、ええ。確かに言いましたね…………でも私の昔話なんて別におもしろくないと思いますよ?」

「それでも聞きたいんです!」

「……わかりました」

 一度ダイニングを出かかったミルニチカは、再び戻ると、マリウスの前の席についた。


「ちなみに私の話をする前に、少し質問してもいいですか?」

「え、はい」

「君は何故こんな孤島に流れ着いたのですか?」

「えっと……たまたま潮の流れが――」

「いえ。そういう意味ではなく、何故海を漂流することになったのですか?」

「あ、そういうことですか。えっと――」


 マリウスは漂流した経緯をかいつまんで話した。


 マリウスの祖国であるインペリオブ帝国には建国以来のライバル国が存在する。

 それが海を挟んで隣り合うもう1つの超大国ミリアラド共和国である。

 帝国と共和国は、魔王討伐後の帝国の建国以来1000余年もの間、世界の二大大国としてライバル関係にあった。

 その間、戦争と休戦を繰り返している。

 そして現在は戦争の時期だった。

 共和国側からの開戦に始まり、緒戦は押し込まれて苦戦した帝国だったが、何とか本土から共和国側の遠征軍を撃退し、不足した兵力を予備役などからかき集めて反撃のための大艦隊を編成したので先日のことであった。

 その大艦隊も嵐を乗り越えることができなかったのではないかと思われる。

 ちなみに共和国側の不意を突くため、通常は航路として使用しない『魔海』と呼ばれる海域を通って侵攻する作戦だったらしい。

 ちなみに『魔海』がどういった場所なのかはマリウスは知らなかった。


「なるほど……相も変わらず、両国とも戦を続けているのですね」

「でも今回は共和国の方から攻めてきたわけで――」

「その前は帝国から開戦したと記憶していますよ」

「―――そ、そうですねけど……」

 マリウスはミルニチカから帝国寄りの発言が出なかったことに少しガッカリする。

「……でもミルニチカさんは帝国国民ですよね?共和国が敵じゃないんですか?」

「そうですね………帝国国民と言えなくも無いですが、このようなところに居たら帝国も共和国もないです」

「……そうかもしれないけど」

「ただ、そうなるとやはり君は運が良かったようですね。結局、この島に流れ着いたのは君だけでしたから。ちなみにこの島はその『魔海』のほぼ真ん中にあります。まず普通の船はこの近くすらも通らないでしょう」

「え、じゃ、じゃあ………もしかして帝都には帰れないんですか?」

「ご心配なく。2週間おきぐらいですが、帝都から人が来ます。その人に一緒に連れて帰ってもらえば大丈夫です」

「そんな人が?こんな場所に?」

「はい。ただ、先週訪れたばかりですので、次に来るのはまだ何日か先になると思います」

 そう言ってミルニチカは自分とマリウスの分のティーカップを取り出して、お茶を入れた。カップからは微かにミント風のすっきりした臭いが立ちこめる。

「分かりました。とりあえずしばらくこの塔に居ることになりそうですね。時間もあるようですし、ゆっくりお話しできそうです。どこから話しましょうか?」

「できるだけ昔からがいい」

「そうですか……では1000年前。君の先祖である初代マリウス・キオ。四勇者の1人。『黄金の勇者』と世間では言われている彼に、私が初めてに会った所から話しましょう」

「是非!」

「はい。現在、帝国と言えば大陸全域を支配下に納めるインペリオブ帝国を指します。しかし1100年前まで古インペリオブ帝国と呼ばれる帝国が存在しました。その帝国を滅ぼし、現在の帝国が建国されるまでのおよそ100年間。その末期に私と初代マリウスは出会ったのです」

「暗黒時代……」

「ええ。帝国の歴史書ではそう書かれていましたね。魔族が帝都を攻め落とし、当時の帝国領土の大半が魔族の支配下に置かれた。そして魔族による恐怖政治が始まった。私とマリウスが初めて会ったのは、そんな時代末期の大陸南部の田園地帯でした」

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