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果ての灯台守  作者: 冬ノゆうき
第1幕 見知らぬ天井
4/13

2

コンコン――


「シツレイシマス」

 マシナリーがノックをしてから扉を開ける。

 中は少し広めの部屋になっており、中央に長机が置いてある。さらに奥にはキッチンらしきものが見えた。どうやらここはダイニングのようだ。

 ドアを開けた瞬間に、苔すら生えない岩石だらけで無臭の塔内に香ばしい匂いが広がっていくのが感じられた。

 そしてそのキッチンに人が立っていた。

 歳のころ13、4歳ぐらいだろうか。キラキラと遠慮がちに輝く綺麗な銀髪を頭の上で纏めて編んでいる。スラッとした細身の体型に、何か彫刻のような人外じみた整った顔立ちの美しい少女だった。

 自分より少し年下に見えるその少女の何処か人外じみた美貌にマリウスは視線を外すことができなくなっていた。

(こんな綺麗な子……いままでに……)

 ふと地元の幼なじみの顔が頭をよぎる。

(………なんでルカの事思い出すんだよ。そもそも髪の色がこんな上品な銀髪じゃない。よく言えば快活な燃えるような赤髪だ。確かに顔はお互い美人だけど……)

 少女はエプロンをつけたまま、突然のマリウスの登場にしばらくきょとんと見つめていたが、すぐその顔に小さく笑みが浮かんだ。

「君、起きれるようになったのですね」

「え、あ、ありがとうございます。あの……」

「?」

「ご両親にもお礼を言いたいんだけど、どちらにいるのかな?」

 少女は苦笑しつつキッチンから出てきた。

「ここには他には誰もいないです。………いちおう」

 最後の『いちおう』は消えるような声でマリウスにはよく聞こえなかった。

「え?君1人で住んでいるの?」

「マシナリーガイル」

「そう。私とマシナリーの2人で暮らしてるの」

「え!?えっと……じゃあ君がこのマシナリーさんの御主人のミルニチカ・アランテスタってこと?」

 目の前の自分より年下と思われる女の子が、口の悪さはともかくこんな高度なゴーレムを創るという事にマリウスは驚きを隠せなかった。

「サマツケロ」

 さすがのマリウスも少し顔が引きつらせながらマシナリーを見下ろす。

 少女の顔はいつの間にか苦笑から微笑みに変わっていた。

「ふふふ。ごめんね。この子、よく働く良い子なのだけどちょっと口が悪くて。私がここの主人のミルニチカです。そう言うあなたはキオ家所縁(ゆかり)の人間かしら?」

「え、あ、そうです、僕はマリウス・フォン・キオ。……ってあれ?なんでキオ家の人間だってわかったの?」

「その剣――」

 少女はマリウスのそばまで来ると、握ってる剣を見せてほしい仕草を見せた。マリウスは彼女に剣を渡した。

 普段なら見ず知らずの相手に簡単には大事な剣を渡したりしないものだが、ミルニチカの年に似合わない洗練された仕草や落ち着いた雰囲気に逆らいづらい何かを感じた。

 それとこのとても美しい少女と何か接点がほしくなっていた。そんな下心もわずかにあった。

「――これは四勇者の1人マリウス・キオ愛用の大剣じゃなくて?」

「たぶんそう。代々家宝にされていた大剣だから。祖父にはそう聞いています」

「それではあなたは四勇者の末裔というわけですね。はい……」

「ええ、そうなります」

 彼女から返された剣を何処か誇らしげに眺めているマリウス。彼は自分の事を『四勇者の末裔』と呼ばれるのが好きだった。四勇者の末裔である事に誇りを持っているのだ。

「大事にしなさい………と言うまでもないですか。溺れ死にそうなのに、この剣だけはしっかり握って漂着したぐらいだから」

 優しくそして少し妖艶さがある笑みでマリウスを見上げるミルニチカ。

(ドキッ!?)

 初めて間近で見るミルニチカの笑みに、自分の心臓が高鳴ったのが聞こえる。

(何慌ててるんだ!お、おちつけ自分!)

「あ……え……えっと……だ、大事にします」

「ん」

 ミルニチカが小さく頷き返して微笑む。

(この子……反則なぐらいにか、かわいいなぁ………)

 ぽぉ~っとする頭の片隅で、ふと先ほどからひっかかって気になっていた事が繋がっていく。

 それは彼女の名前に関して。

(……ミルニチカ?……あれ?……四勇者って言えば………)

 しかしマリウスは1つの予感に表情が曇らせていた。

 知的そうな目の前の少女は、相手の変化にはもちろんすぐに気がついた。

「うん?」

「………」

 何か言うのかと待っている少女を、マリウスは無言のまま見つめ続ける。

しばらく待っていた少女だが、あまりに凝視されるものだから、少年に向かって小首を傾げてみせる。

「どうかしました?私の顔に何かついています?」

「確か……かの四勇者の1人に………ミルニチカって名前の少女がいたはず」

「………」

 少女の顔から笑みがゆっくりと消えていった。

「……しかも彼女は人間ではなく、魔族の身体を持ち、1000年前の建国からつい100年前まで我が帝国の首席宮廷魔術師の地位に居続けた」

「………そうですね」

…………。

…………。


 部屋に沈黙が流れる。

 しかし少年の確信を持った視線に観念したように少女がゆっくりと口を開く。

「君の想像しているとおりです。私がその四勇者が1人。ミルニチカ・ゼフェルネーゼ・アランテスタ本人」

ミルニチカは淡々と答えた。


 四勇者とは今から1000年前。現在のインペリオブ帝国が建国されるよりさらに以前の魔族が人間を支配する時代に、魔族の長『大魔王』を倒した4人を示す。

 その四勇者の1人『魔王女ミルニチカ・アランテスタ』は伝承によると四勇者の中で唯一人間ではなかった。人間と魔族のハーフだったらしい。

 苦難の末、大魔王を倒した四勇者の中でも、特にミルニチカは現帝国の建国にも尽力したと言われている。

 彼女はその無限に近い寿命を使い、帝国の首席宮廷魔術師に建国より約900年の間君臨し続けた。

 その力は帝国の最終意志決定者『皇帝』にも強い影響力があったと言われている。

 しかし今から100年前―――時の皇帝とその親族数名を殺害した罪に問われて、帝国におけるすべての権利を剥奪されて、遙か遠方に島流しにあった。

 その際、四勇者の末裔として親交の深かったキオ家も皇帝暗殺に荷担した疑いを立てられてしまう。幸いにも疑いは晴れたが、帝国内の要職につくのを倦厭され、地位も名誉も地に落ちてしまった。

 一応伯爵家ではあるが、現在の帝国内でキオ家の扱いは正直高いとは言えない。

 幼いときからこの事件の話を父より聞かされて育ったマリウスにとって、この事件に対しては他の人以上に深い憤りを感じていた。そしていつかは自分がキオ家を再興するという強い使命感が心に沸々と沸いたものだった。

 しかしこの話をする時の祖父は決まって哀れみの表情を見せた。若いマリウスにはその表情が何を物語っているのか今でもまったく想像することができなかった。その祖父も8年前に急死し、その表情の意味を知ることはもうできない。

 とりあえずそのキオ家没落の主原因を作った張本人が目の前に今いる。それだけでマリウスの全身を、抑えることのできない熱いものが駆け抜けるのを感じた。


「何で……何でっ!!皇帝陛下を暗殺なんかしたんだ!?」

 美しいミルニチカの表情が初めて曇った。

「………君の祖父はその理由を知っているはず。祖父からは何も聞いてはいないですか?」

「聞いてないって……いったい何を!?」

「………その事を君に教えていないということはまだ早いと考えてるのかも知れない」

「早いって、何が?」

「それは君の祖父が言ってないなら、私が言うわけにはいきません。それに今、私の口から何を言ったところで君は納得しないでしょう?」

「………なんだよそれ」

「でもキオ家には悪いことをしたとは心から思っています。配慮が足らなかったと後悔もしました。訳あってこの命は捧げられないけど、それ以外なら何でも……」

 語尾に力のないミルニチカとは対象的に、マリウスは即答した。

「謝って」

 ミルニチカは少し後ろに下がり、綺麗に深々と頭を下げた。

「………本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい」

「僕じゃないよ!帝都にいる祖父や父に!」

「………残念だけどそれはできないです。この島から外には、とある結界によって縛られていて、私は一歩もそこから出ることを許されていないのです」

「くっ………だったら手紙を書いて」

「……わかりました。君が帝都に戻るまでに準備しましょう」

「………クソッ」

 マリウスが振り上げた拳を側のテーブルに叩き落とす。その姿を悲しそうに見ているミルニチカ。


皇帝暗殺の行ったろくでもない人――

帝国を裏から操る闇宰相――


 そもそも魔族の血を引いた極悪人だと思いこんでいたマリウスにとって、目の前で頭を垂れている少女はあまりにもイメージとかけ離れていた。

 それがマリウスの心を逆にどうしようもなく苛つかせ、怒りに身をまかせきることが出来なかった。

 しばらく沈黙が支配したが、これ以上話がないと察したミルニチカは『ゆっくりしていってください』とだけ言うとエプロンを仕舞い、もう一度頭を下げてから、静かに部屋を出て行った。

 あとにはやるせない気持ちでいっぱいのマリウスが残された。

「………」

 そんなマリウスに、ここまで成り行きを部屋の隅で見守っていたマシナリーが近寄ってくる。

「コゾウ。シツレイスギル」

「しょうがないじゃないかっ!!だってあいつのせいで――」

「……オマエ。シラナスギ。」

「――お前は知ってるのか?暗殺の真相を」

「100ネン。ズットハナシアイテダ」

「じゃ、じゃあ教えてくれ!何で四勇者でもあり、首席宮廷魔術師でもあったミルニチカが皇帝を暗殺したんだ?しかも1000年近く皇帝家に仕え続けていたのに!?」

「御主人様シャベラナイ。マシナリーモシャベラナイ」

 マリウスの激情とは正反対に、マシナリーは淡々と答えた。そんなマシナリーにマリウスは少しムッとした顔をする。

「………お前、人間っぽすぎて、余計頭に来る」

 マリウスがボソッと言った言葉もマシナリーの耳(?)には聞こえたようだ。ピクリと反応は示す。ただそれに怒った様子は見せず、彼を手招きをする。

「コッチ」

 マシナリーがマリウスを促したのは、先ほどまでミルニチカが立っていたキッチンだった。

 そこには湯気が出てる鍋が一つ。その鍋からはスパイシーなとても香ばしい匂いが立ち上っていた。

「これは……カレー?」

「コゾウノタメ。ホントハ御主人様リョウリメッタニシナイ」

 そのカレーはかなり長い間煮込んでいたのか、少し焦げができていた。

「御主人様。コゾウトテモシンパイシテタ」

「………」

「マシナリーイイタイコトソレダケ」

「………」

「ヘヤカエレ」

 マシナリーは返事を聞くつもりはなかった。何かツマミのようなものを捻ると鍋の下の火が消えた。魔法の品か何かだろうか。火が消えたのを確認すると、マリウスを先ほどの部屋まで案内した。

 黙りこくったマリウスはそれに素直に従い部屋に入る。

 マシナリーは何も言わず扉を閉めた。

 しばらく立ちつくしていたマリウスだったが、ノロノロと歩き出すとそのまま準備されていた部屋のベッドへ勢いよく俯せに倒れた。

 ベッドに横にはなったが、今夜は気持ちの整理がつかずとても寝られそうにはなかった。

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