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果ての灯台守  作者: 冬ノゆうき
第0幕 プロローグ
2/13

2

ドッパァーン!


 そこはマリウスが普段生活する帝都とはまったく別次元の世界だった。それでも夢幻ではない。現実だった。


日中にもかかわらず見渡す限り広がる闇――

立ってるのもままならないほどの突風――

一寸先も見えなくなるほどの吹き荒れる豪雨――

船体を覆い隠すような波しぶき――


 それらはここが海上だということを彼に厭でも教えてくれた。


 帝都の実家を出てから1週間が経っていた。

 帝都よりマリウスが所属する遠征軍を乗せた船団は、出航して4日目に嵐に巻き込まれた。

 しかし船団はどれも大量の将兵を運ぶために特大の船が選りすぐられたため、ちょっとした嵐ではビクともしないはずだった。

 でもこの嵐は『ちょっとした』レベルを超えていた。

 4日目に遭遇した嵐が今日で3日間、止むことなく吹き荒れ続け、その間に少しずつダメージが蓄積した船が続々と限界に達し航行不能になっていく。

 マリウスの乗るこのガレオン艦も昨夜から船体の傾きが直らなくなってきた。船に詳しい友人が言うには船底の何処かで浸水が始まっているらしい。

 それにしてもこんなに荒れた海を見たのは生まれて初めてだとマリウスは思った。

 そんな事を思ったのはマリウスの乗るガレオン艦が、何度目かわからない巨大な横波を受け、今までで一番傾いた時だった。

「く、くそぉ!」

 しがみついていた甲板自体が傾きだし、ついに海に投げ出されそうになったマリウス。

 とっさに腰の剣を木の甲板に突き立てて、身体が海に投げ出されるのをかろうじて防ぐ。 そんなマリウスの横を水兵らしき服装の男が落ちるように甲板を転がっていき、そのまま荒れ狂う海に放り出された。

「ちくしょぉ!!」

 口から屈辱の声が漏れる。

 それはぶつかってきた波に対応できなかった事でも、味方の水兵を助けれなかった事でもなく、祖父から戴いた大事な剣を甲板に突き立てた自分の行いに対してだった。

 よく見ると酷いことになっているのは剣だけではない。大海原の上ということで全身鎧こそ着てないが、騎士の正装に身を包んでいるマリウスの全身は海水なのか雨水なのかわからないものを浴びてびしょ濡れだった。

 その顔や髪もずぶ濡れだが、帝都では貴族の子女達の熱い視線を常に浴びるほど端整な顔立ちや美しい金髪は、濡れてなおその美しさを際だたせているようだった。

 ただし、その端麗な容姿に目を向ける余裕のある人間はここにはいない。

「おい!マリウス!無事か!?」

「ジャン!?」

 やっと軍艦の傾斜が止まり始めた時、マリウスを呼ぶ声がする。見るとマリウス同様に帝国騎士の正装をした青年がこちらに這って来ていた。

 青年と呼ぶには少し若い。まだ17、8歳ぐらい。マリウスとは同い年ぐらいに見える。

「お前も無事だったか」

「あぁなんとかな。それよりも次また傾き始める前に何か浮かぶモノを持て!」

「え?」

「この船はこれ以上傾いたら、もう復舷するのは無理だ!沈む船から助かりたければ、完全に沈みきる前に海に飛び込んでイイから船から離れろ!!一緒に居ると海の中に引きずり込まれるぞっ!!」

 そう言うとジャンは近くの木片の束を持つ。元は雨水をためる樽だったモノが、柱にでもぶつかったんだろう。今はただの木片だった。

 マリウスは友人ジャンが海軍専攻で、一族からは海軍提督を出したこともある由緒ある家柄だったのを思い出す。

「ジャンにそんな事言われると絶望を感じるよ」

 こんな状況でも友人に会えたせいか、少し顔がゆるむマリウス。

 ジャンに見習って自分も身近の木片を持とうと甲板に突き刺していた剣を抜く。


ギギギィギィギィィィィィィィ


 突然鈍い軋み音と共に、止まりかけていた艦の傾斜が再び進む。

 タイミング悪く、支えの剣を抜いた瞬間だったマリウスは支えを失ってバランスを崩し、 自分の後ろに広がる真っ黒の海へ身体が吸い込まれていく。

「マリウス!?つかまれ!」

 近くにいたジャンが持っていた木片をマリウスに投げて寄こす。

 木片は少しコントロールが外れ、マリウスの横を流れていくが、手を伸ばせば十分届く。 しかしマリウスの手には祖父から戴いた大事な剣が握られていた。

「!!!?」

 マリウスは躊躇することなく大事な剣をしっかり握りなおす。

 木片はそんな彼の横を通り過ぎていき、漆黒の海へと消えていく。そしてマリウスの身体がその後を追って漆黒の海へと吸い込まれていった。

「マリウスゥゥゥゥゥ!!!」

 彼が最後に聞いたのは波の砕ける音にかき消されそうになってる自分の名を呼ぶ友の声だった。

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