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果ての灯台守  作者: 冬ノゆうき
第0幕 プロローグ
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チュンチュン……チュンチュン……


 囀る小鳥の姿を隠すように朝靄が少し残る帝都の早朝。

 初夏を迎えて、大分暖かくなってきたとはいえまだ肌寒さが残るこの季節。

 世界最大の大きさを誇るインペリオブ帝国の帝都『インペライド・シティー』の一角。貴族などの上級階級が居を構える高級住宅街の一角において、ある若者が旅立とうとしていた。

 若者の名はマリウス・フォン・キオ。

 16歳になったばかりの少年だ。

 帝国軍服に身を包み、背中には彼の背丈から考えると少し大きすぎる大剣を背負っている。

 さらに彼を見送るように両親2人と執事らしき老人が立っている。

 体格は良いが、優しそうな物腰をした父親がまず口を開く。

「マリウス。忘れ物はないか?」

「父上、遠足に行くんじゃないんですからそれはないでしょう」

「ああ……ははは、すまんすまん。お前ももう子供じゃないんだから細かいことは言わないようにしよう。ただキオ家の者として、常に恥ずかしくない振る舞いを心掛けるようにな」

「わかってます父上。キオ家の名に恥じない活躍をしてみせます」

 インペリオブ帝国におよそ300ある貴族家の中でも最も古い歴史を持つキオ伯爵家。その長さは皇族家と同じ長さと言われている。

 それだけ由緒ある伯爵家の1人息子。それがマリウス少年である。

 次に父の隣の女性がマリウスに言う。

「マリウス。戦場では戦功も大事ですが、無理しないように。先方の言うことをよく聞くのですよ」

「はい、母上」

「でも心配だわ。あなたはたまに無鉄砲な行動することがあるから……」

「大丈夫です、母上。初陣で無茶するほど無鉄砲じゃないです」

「どうだかねぇ~」

 マリウスの反論を別の女性の声が否定する。

 母親よりももっと若い女性の声だ。マリウスがその声のする方を睨む。

 通りに漂う朝靄の中から長い赤髪を頭の上に綺麗にまとめた活発そうな少女が現れる。マリウスと背丈も年頃も同じぐらいのとても整った顔立ちをした女の子だった。

「おじさま、おばさま、おはようございます」

 少女はマリウス少年を無視して、両親にスカートの裾を持ちながら上品に挨拶する。

「おはよう、ルカちゃん。わざわざマリウスのことを見送りにきてくれたのかい?」

「はい。マリウスとしばらく会えないかと思うと居ても立ってもいられなくて……」

「白々し――」

「何か言ったかしらマリウス君?」

「……べつに」

 ジト眼の少女からわざとらしく視線を外すマリウス。

 そんないつも通りの2人を微笑ましく見る大人達。

「せっかくイイモノ持ってきてあげたのに。はい」

 少女は口を尖らせながらも懐から小さな袋を手渡す。

「……何これ?」

「私が作った特製の薬袋」

「え……ルカが?」

 少女の名はルカニシア・イブン。キオ家の隣に居を構えるイブン家の長女だ。

 イブン家は貴族でこそないが、優秀な名医を常に輩出する学問の家系として貴族社会から重宝される存在だった。

 そんなイブン家との間に医療面で契約を結んでいる貴族は数多くいる。キオ家もそんな貴族の中の一家であった。

 訳あって伯爵家にしては慎ましい生活を強いられている現在のキオ家が、他の貴族から引っ張りダコの大人気で月々の契約金だけでもべらぼうに高いイブン家と契約を結べているのは、古くからのお隣さんのよしみだからというに他ならなかった。

 そして目の前のルカニシア・イブンも多聞に漏れず、薬学について高い成績を収めて学校を卒業し、現在は魔導学校薬学部で若くして教授の助手をしている身だ。

 ちなみに彼女は3人兄弟だが、兄も弟も医学を学んでいる。

 そんなイブン家の彼女が作った薬袋である。市場で売れば破格の値段がつく代物だ。それをわざわざ朝早くに手渡しに来るあたり、何とかかんとか言ってもマリウスのことを心配しているルカニシアだった。

 ただしそれが『幼なじみだから』というレベルを超えるものなのかどうかはマリウスにはわからなかった。

「それ、結構作るの大変な薬なんだからね。ホントに必要になるまで開けちゃダメよ」

「あぁ………その……ありがと……」

「ホント。感謝しなさいよ」

「だからお礼言ったじゃないか」

「そんなお礼はいいから………そうね、お土産がほしいな」

「お土産ぇ!?」

「そそ。向こうの大陸にはこっちには無い珍しい草がいっぱいあるらしいからそれがほしいなぁ~♪はい、これ。そのほしい薬草のリスト。あ、心配しないでね。薬学の知識が絶望的に皆無なマリウスでもわかるように丁寧にイラストもつけてあるからね♪」

 そう言ってポケットから小さな手帳を取り出す。

 明らかにこれが主目的だとマリウスはピーンときた。

「あのなぁ……オレはこれから戦争に行くんだぞ」

手帳も一緒に渡し、可愛くお願いポーズを取るルカに呆れ顔のマリウスが言う。

「別に戦闘中に採ってって言ってるわけじゃないわよ。戦争に勝った後でじっくり採ってくれればいいから」

「そういう事じゃなくて――」

「なによ。戦争の後でいいって言ってるんだからいいじゃない。それとも戦争に勝つ自信無いわけ?」

「っ……あ、あるさ!」

「じゃあいいじゃない。勝てば、帰国まで少しはお休みも貰えるでしょ?」

「………」

 マリウスが何か反論が続かない。生まれてこのかた、彼が口でルカに勝てたことなど記憶にない。

「はいはい、マリウス。そろそろ時間ですよ」

「あ、はい母上」

 ルカが来る前よりも笑みが柔らかくなったマリウスの母が手を叩いて出発を促す。

 手渡された薬袋と薬草リストを渋々懐に入れ、マリウスはみんなの前に向き直る。

「では。いってまいります」

「うむ。気をつけてな」

「がんばってね」

「はい!」

「お土産忘れないでねぇ~」

「………」

 ルカのセリフに少々脱力しつつも、少年は通りを城の方へと歩いていく。

 そしてしばらくすると朝靄の中へと少年は消えていった。

「………ありがとう。ルカちゃん」

 見えなくなったマリウスをいつまでも見送るルカに母親がお礼を言う。

「おばさま?」

「あの子、みんなに見せないようしていたけど、とても緊張していたわ。それでも今は大分リラックスできたみたい。出征する前にルカちゃんと話せて良かったわ」

 ルカは小さく微笑むと再びマリウスが見えなくなった通りを見つめる。

「大丈夫ですよ、おばさま。なんと言っても伝説の四勇者の1人。『黄金の勇者マリウス』の血を引き、尚かつ名前まで頂いてるんですから。戦女神にもモテモテです」

「はっはっは、戦女神に惚れられるか。ルカちゃんらしい表現だな」

父親が笑う。その間も通りを見つめ続けるルカニシア。

(それと私のあの薬袋があれば何とかなるでしょたぶん………無事帰ってきなさいよ。あなたに何かあったら『あの人』が悲しむんだから………)

その顔は無事を祈って見送るというよりかは何処か睨むような険しい表情――とても穏やかな表情とは言い難いものだった。

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