除雪器
事象は西から降ってくる。隔てる海を渡り、山を越え。冬の季節、将軍の機嫌一つ。一面を白に沈める、諦感と落胆。人々はそれでも生きていく。
昨年は大雪だった。今年も予想ではそうらしい。降り積もる雪は眺める分には風情を述べたくなるが、道から屋根から取り除かないと生活は儘ならない。一欠片は羽毛以下でも、一晩もまとまれば重みが結構となり、故に労を軽くするには用具が肝要。ネット検索もできるが、専門の人、その筋に相談してみるに越したことはないだろう。
「こちらが屋根用。雪下ろし棒、すべーるというのもありますね。アルミ性です」
カタログだけでなく、実物も見せてもらう。いくら便利でも結構嵩張り、重量のあるタイプは敬遠されがちとのこと。
「屋根以外にも使えるとなると、こういったスノーダンプとか。パイプはスチールで折り畳み式、コロ付きもありますよ」
求めるものは汎用性があって、湿った雪でも凍った雪でも、そして作業負担が掛からなくて。値段はまあそこそこでも、丈夫で長く耐えられるものがいい。
普通のシャベル、スコップも見て回るがどことなく、一般的な印象。せっかくだから一品物みたいなものがあれば見てみたいが。
「これはお客様、そういったご用向きでしたか。それでしたら特別な除雪器がございます」
丁寧に、店のやや奥まった場所に案内される。棚に掛けられてあるのは一本のシャベル。幅広のエッジと柄は黒々とした鋼製、胴は漆塗りのされた艶のある木目が流れ、素人目にも作り込まれた品と見てとれた。
「お手に取ってみますか?、これはかつて雪深い里に住まうその地の神職の方が、どのような雪でも除けるよう、稀代の名工とともに作製した用具です」
一瞬素手でよいのか、という気も起きたそれは、持たされてみると独特の重みが感じられた。
「言い伝えですよ、一応の。雪かきを楽しめるとはなりませんが、強度も確かで何年どころか何十年、そして比較的広い範囲で使えるそうです。祖父が申しておりました」
店主はにっこり微笑む。安価であろうはずがない。しかし備えるならば、こういう器具こそ買うべきに思えた。
「封は切っておきますか?」
ええ。
「普段から特別な手入れは要りません。物置とかに仕舞っておかれて十分です」
取り扱いも殊更なく、除雪以外、土とか砂なら普通に掬えるらしい。家に持ち帰る。玄関の空いたスペースが丁度よい具合、そこに立て掛けておいた。
そして、例年の冬の季節の到来、将軍の気まぐれ。各地は大雪、豪雪の猛威に見舞われたが、彼のシャベルのおかげ。家、町は雪から除かれた。
化粧も飾らせず。風情も語らせず。寒風も乾風で完封。
玄関脇の定位置から、用具は、存分に権能を発揮し続けた。