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第24話

 平日の夕方のデパートの中は、休日のそれと比べて人が幾分少ない。

 だから通路も空間が広く使えることもあってか、俺と神野の間には若干の空白がある。


「神野ってここよく来るの?」

「うーん、最近はたまにエリと来るくらいかな。前は家族とよく来たんだけどねー」

「ああ、俺もそんな感じ」

「鷺坂くんとは来ないの?」

「男二人でどこか出かけるなんて、相当なことがない限りしないよ。たまにあいつに連れられてラーメンとか食いに行くけど」

「それは仲良いって言うんじゃないの?」

「悪くはないと思うが……」


 かと言って特段良いと言えば、それもまた語弊がある。お互いに一人でいる時間を重要視するタイプだから、ある程度を維持している今くらいが丁度良い。


「あとは何回か一緒に映画を見に行ったくらいかな」

「じゃあ休みの日とかって何してるの?」

「うーん……。マンガ読んでたりゲームやったり」

「インドアなんだ」

「流石に出かけることもあるよ。神野は?」

「私? 私は……、考えてみれば天笠くんとあんまり変わんないかも」


 困ったように神野は笑った。どうやら神野もこっち側の人間らしい。


「家で本を読んで終わっちゃう日もあるし、エリから誘われて出かけるのもあるね」

「みんな、そんなもんなんじゃないかな」


 学生の休日なんて無意味に過ごすことがほとんどだ。

 読んで字のごとく、休むことが休日の主な目的なのだから、間違っているわけでもあるまい。


「あ、でも」


 思い出したように神野は声を上げた。


「エリとかは違うって言ってたかな」

「違う?」

「休みの日は何かしらの予定を入れるって。無意味な一日が嫌いなんだって」

「へぇ」


 今の俺の周りにはいないが、確かにそういう人種もいる。人間として、生物としては自然の発想だろう。

 限られた人生に於いて時間は有限だ。それを無駄にしたくないという発想に至るのは必然的であり、同時に合理的でもある。


「だからエリからはもっと時間を有効活用しろ―って言われるけどね」

「ははっ。確かにそっちの方がいいのかもね。俺はゴメンだけど」

「そう?」

「どう生きるのかなんて人それぞれでいいと思う」


 少なくとも今はそれでいいと思う。大人になってからはそうもいかないかもしれないが、子どもである今なら、まだ。


「なんか、大人みたい」

「むしろ子どもっぽいんだよ」

「?」


 これは子どもだから通じる理論だ。大人になればきっとやりたいように生きれなくなる。子どもである今よりもずっと不自由になる。


「そう言えば……」

「ん?」


 が、それを口にはしない。こんな中二病くさい話を続けるのも痛いし気が引ける。


「神野って沢上と仲良いよな」

「え? あー、うん。もう中学からの仲だし」

「中学も一緒だったのか」

「そうだよー。二人とも美術部でー」

「……えっ?」


 今、なんて言った?

 あの沢上が美術部?

 絵画なんて古臭いものには一切興味なさそうで、むしろミーハー趣味が多彩そうな沢上が?

 美術館に行っているよりは、イケメン俳優の出ているドラマを見ている方が想像つく。


「あっ、いま意外って思ったでしょ」

「意外と言うより、想像できない」

「ひどい……。それエリの前で言ったら、たぶんただじゃすまないよ……?」

「だろうな……」


 ノータイムでグーとか飛んできそう。


「エリってたぶん私よりもずっと、そういうの詳しいよ? 絵とかだけじゃなくて、歴史とかもイケるって言ってたし」

「……人って見かけに依らないな」

「あはは……」


 苦笑いを浮かべる神野。否定しない辺り、神野も同じようなことを考えているのだろう。


「てかどうする? ほら、今はただ目的もなく歩いてる感じだけど」

「うーん……。特に行きたいところは……。あっ」

「?」

「そういえば……」


――――


 デパートの中にある書店は、ワンフロアの角に位置していてかなりの広さを占めている。近所の単体での本屋よりも広く本の種類自体も豊富だ。

 神野が行きたいと言っていた場所はここだった。


「欲しい本があるんだっけ?」

「うん。西野景吾の」

「あー……」


 神野がよく読んでいる本の作者だ。


「なんて本?」

「えっとね……」


 神野は文庫本のコーナーへ足を踏み入れ、な行の作家を指で追っていく。その指の動きを目で追っていると、数多の作家の名前と本のタイトルが次々と流れていく。

 基本的に小説に疎い俺がそれらのほとんどがピンと来ないでいると、神野の指が止まる。


「それ?」


 神野の首がコクンと頷く。

 本棚から取り出したその本の表紙には、赤い夕日に対して真っ黒な影となっている家が描かれている。

 そして白い文字で『九つ坂のカラス』と書かれていた。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「んー、何か見たことあるような……」


 妙な既視感だった。

 ただ見たことがあるのではなく、何か別の……。


「多分映画を見たんじゃないかな。テレビでやったこともあるし」

「……あ。そう言えばそうだ」


 中学生くらいの時にテレビで放送されていたのを見たのだ。

 ミステリー系に若干苦手意識のある自分が、珍しく面白いと感じたのを思い出す。


「それで見たことがあったのか……、納得だ」


 しかし、どうにもどこかスッキリしない自分がいることに気づく。

 喉にゴミが貼り付いたような、違和感。


「映画良かったよね! それで原作も読んでみようって思ったの」


『うん! 私もそこから読み始めたの。あれはすごいよね!』


「……!」


 声が、脳裏を過ぎった。

 どこまでも優しかった、やわらかな綿のような声。過去の自分が享受した幸福と、誰かの笑顔。

 途端にさっきまでの楽しかったという感情が、バースデーケーキのロウソクみたく吹き消されたような感覚。


「天笠くん?」


 神野の声にハッと我に返る。冬なのに背中を汗が伝って、軽く身震いがした。


「い、いや、ちょっとボーッとしてた」

「ボーッと……? そんな風には見えなかったけど……」

「んー……? 俺もよくわからないや」


 今のは、なんだ?

 過去の記憶を探ってみるも、それから先のことも前のことも思い出せない。そもそも本当に起こった出来事なのかどうかすらも曖昧だった。

 神野が心配そうな顔で俺を見つめていることに気づいて、今まで考えていたことを頭から振り払う。


「それよりもそれ、買うの?」

「うん。あともう少し、いろいろ見ていきたいんだけど、いいかな?」


 神野に対して頷きをもって返すと、その視線は再び本棚に戻った。結局神野はそれ以外にも西野景吾の本を何冊か買うことにしたが、そのどれを見てもさっきのような既視感はなかった。


――――


「結構遊んだねー」

「映画面白かったな」


 神野が本を買った後は、デパートに併設されている映画館で映画を見ることにした。

 最近話題になってて俺も神野も気になってたやつだったから、ちょうど良かった。

 どんな偶然なのかわからないが、それもまた西野景吾が原作の映画だった。


 またしてもミステリーなのかと思いきや、ジャンルは驚くことにファンタジーものだった。神野曰く、西野景吾自身にとっても初挑戦のジャンルだったらしい。

 何をやるにもおどおどしている主人公が生きる世界には魔法があって、突如現れた悪の魔王を倒しに仲間を集めるという、本当にベタベタな王道ストーリーなのだが……。


「うん! 私感動しちゃって最後の方、ちょっと泣きそうになっちゃった」

「まさか最後に泣かせにくるなんて……」

「ね! 主人公もカッコよくて!」

「そう! 途中まで情けなかったのに!」

「あはは! 確かにね!」


 心から楽しそうな笑顔を浮かべる神野。どうしてかその顔を見ていると自分の頬が熱くなっていく。

 休日は一人が最高説を唱えている自分だが、神野と一緒にいられるならこっちを選んでしまいそうな自分がいた。


 ……。

 …………。

 …………いや、ちょっと待て。


 そもそも次、あるのか?


「でも、意外だった」

「へっ!?」


 無意識のうちに一人の世界に入り込んでいた俺は、神野の声に驚いて全身が跳ね上がってしまった。


「あ、天笠くん?」

「ごめん、ボーッとしてて」

「……クスッ」


 神野が口元に手をやり、そして小さく笑う。


「本当に、意外」

「意外?」

「うん、いろんなことが」


 笑いかけてくる神野の声音に、負の意味は込められていないようだ。


「だってまず普段の天笠くん、ああいうの見ると思わなかったし」

「俺が? どうして」

「何だか難しそうなの好きそう」

「えっ!?」


 神野の中での俺の人物像は一体どうなっているのだろう。

 難しそう? 俺の愛読書はワンパルトボールだぞ。難しさとは一体。


「それに、結構クールそうだし」

「クール!?」


 予想だにしていなかった神野の言葉に、思わず素っ頓狂な声が飛び出してしまった。周りから訝しげな目線が集まってきて、慌てて口を手で塞ぐ。


「やっべ……」

「あはは……。でも、普通なんだね。少し、安心した」

「そりゃ普通だよ。クールとかそんなこと……」

「でも鷺坂くんと話してる時は、そんな感じに見えるよ」

「あれはあいつがくだらないことばっか言うから、必然的に俺がツッコミ役に回っちまうんだよ」


 そう不満を漏らすと、神野はまた可笑しそうに微笑む。彼女の笑顔を見ていると、少しだけ自分の胸の鼓動が早まった。


「さっきも言ったけど、本当に二人って仲良さそうだよね」

「まぁ…… 」


 ふと、さっきクラスグループから追放したことを思い出した。仲良い相手に対してするには、随分ひどい仕打ちだと思うが。

 でも逆に考えて、あれくらいやっても良いというのがあるんだから、それなりに仲が良いということになるんだろう。


「…………」

「…………」


 電車が線路を踏み抜く音が二人の間を通過する。話が途切れてしまって、次の話題を探していると神野が口を開いた。


「……ねぇ」

「なに?」

「今日さ、楽しかった?」

「楽しかったよ」

「そっか……。なら、よかった」


 言葉とは裏腹に神野の表情は今ひとつ浮かばれないように見えた。

 一抹の不安が俺の胸を過ぎった。


「神野は楽しくなかったのか……?」


 そう言うと神野は慌てて手を胸の前で左右に振った。


「そんなことないよ! すごく楽しかった! また遊びたいなって思うくらい! ……あ」


 神野の頬が一気にカァッと赤くなる。


「い、いや、天笠くんが嫌ならいいんだけどね!? そ、その、今のは――!」


 顔を真っ赤にしながらあたふたしている神野。そんな様子を見ていてこっちまで何だか恥ずかしくなってきた。

 てか、あぁー、もう、何なの。この可愛い生き物。

 完全に頭の中を神野遥という女の子にかき回されている自分。


「こ、こっちからお願いしたいくらいだよ。また予定が合ったら、二人で」

「本当!?」

「うん、本当」

「よかったぁー」


 ホッと胸を撫で下ろす神野。二人でって言うのに少し緊張したのは内緒にしておこう。

 なんて話をしていたら、電車が最寄り駅に着いてしまった。もう少し話していたかったという気持ち半分、結構アレな発言をしたような気がして逃げ出したかった気持ち半分である。


「あ、俺ここだから」

「うん。じゃあ」

「じゃあ、また明日」


 電車のドアが閉じる。透明な窓の向こうで神野がずっと手を振っていて、それに俺も片手を上げて返す。

 音を立てて少しずつ遠くなっていく彼女の姿が見えなくなるまで、俺はその手を下ろすことができなかった。

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