第21話
「さ、てと」
神野と別れてからワンパルトボールの新巻を買い、ようやく家路につく。
いつものようにイヤホンを耳につけてスマホをいじくる。
今朝聞いていた曲が流れてきたのを止めて別の曲を探すが、どうにも今の気分に合いそうではない。
ふと、さっきまでのことが脳裏に思い浮かんだ。というより、むしろそれで頭の中がいっぱいになっていた。
「ふぅむ……」
「天笠くん」
「はい?」
イヤホンを外して振り返ると、そこには夢野彩織の姿があった。
「夢野?」
「こんにちは、天笠くん」
「結構遅い時間なのに、何の用?」
「……呼び方、直すつもりはないのね」
困ったように夢野は言い捨てて、また俺の方を向き直る。そう言えば、前に夢野と呼ばないで、と言われたことがあったっけ。
「あなた、神野さんが好きよね」
思考が、止まった。
なんでこいつがそんなことを唐突に言い出すんだ?
もしかしてさっきまでのが見られていたのか?
それで俺が神野を好きってことになる?
いや、それより早く何か言わないと――。
「あたり、のようね」
時既に遅し、であった。
「な、何なんだよ唐突に」
「別に。ただの気まぐれよ。それに、あなたが何もしないのも見ていられなかったから」
「見ていられなかった……?」
「あなたなら、わかるでしょう? 私の言っていることを」
「何が」
「もう、自分のことを許してもいいと思うわ」
その瞬間、脳が痺れるような感覚が貫いた。
「……!」
記憶にない光景が、映像が、俺の視覚を奪う。
「別にこのままでもいいわ。私のしていることは所詮お節介に過ぎないもの」
夢野はそのまま踵を返し、去っていく。
「ちょ、ちょっと待てよ」
言葉ばかりが口から出るばかりで、足は動いてくれない。手を伸ばそうとしている自分の姿は端から見たらきっと滑稽なことだろう。
「おいってば!」
何度呼んでも夢野は振り返ることはなく、そのまま見えなくなってしまった。
「……何なんだ」
何もわからない。一つたりとも確実なものがなかった。
自分の五感さえ、あやふやな気がする。
いや、ただ一つだけ、確かなことはある。
それは彼女にバレたとしても、さほど問題ないだろうということ。
夢野の周りに誰かが寄りついているのを見たことがない。つまりは俺のことを言い触らす相手がいないということだ。
そしてそれが、唯一の救いだった。
いや、それしか縋るものがなかったという方が、正しいのかもしれない。
――――
「ふぅ……」
読み終えたマンガの単行本を机にそっと置く。
ワンパルトボールの新巻は例にも漏れずやはり今回も面白かった。
「最高だ……」
少年心を鷲掴みにするハラハラドキドキの連続。
主人公たちの熱いバトルとセリフの数々。
そして――。
「でもなんでここで終わるんだ……」
死ぬほど気になるところで訪れる次回へのヒキ。
「まさかあいつが兄貴なんて……」
思わず独り言が漏れてしまうくらいに衝撃的な展開だった。
どうして少年マンガはこう絶妙なところで次巻に続くんだ……。
本棚にスペースを空けて前巻の隣に今読んでいた単行本を差し込む。
ずっと昔から追い続けているマンガが全巻揃っている様は、壮観と言うほかにない。
そのせいで少し本棚の余裕がなくなってきたのが、最近の悩みだ。でも売りたくはないし、ああ、どうしよう。
まぁ、スペースがなくなったらその時はその時だ。
未来の自分に託すとしよう。
「ねむ……」
途端に眠気が襲いかかってきてあくびをする。
ずっと熱いハイテンションな展開だったから疲れた。
電灯を消してベッドに横たわる。
一気に暗くなった室内は、明るさに慣れた目では暗闇そのものだ。目を開いていても閉じていてもあまり変わらない。
神野の顔が黒の背景にぼんやりと浮かび上がった。
そして連想ゲーム的に今日の放課後のことを思い出す。
『ありがとう、天笠くん……!』
そんな彼女の声を今もはっきりと思い出すことができる。
大した貢献ができたわけではなかったけど、ちょっとだけ誇らしい。
『あなた、神野さんが好きよね』
そして夢野のこと。
他人に無干渉であるはずの彼女が俺に対してあんなことを言い、それだけで去っていく。
彼女の行動は何もかもが不可解で、その理由が全く想像つかない。
「んーーー……、わかんねぇ」
ダメだ、今日一日でいろんなことがありすぎて、疲れが身体にも脳にも蓄積されている。今日はもう寝てしまおう。
どこか落ち着かない自分がいるのに気づいた。目をつむっていても眠気が降りてこない。
何だろう……。
何か忘れているような気がする。
大事な、大事な何かを。
『もう、自分のことを許してもいいと思うわ』
「許す……?」
許すって、何を?




