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第2話

 四限も終わりを告げ、昼飯の時間である。

 毎朝弁当を作ってくれる母親に圧倒的な感謝を捧げ、九郎とだべりながら飯を食うのが日課となっている。

 ちなみに神野は友人と一緒に食べるということで、ここから離れた席で昼食をとっていた。

 

「結局昼までほとんど寝てたじゃないか」


 頬杖をつく九郎は、気怠そうにストローを吸う。緑色のパックが目印の野菜ジュースは、この学校では中堅に入るくらいの人気である。

 しかし中堅はあくまで中堅。オシャレさと純粋な味の美味さを備え持つ紅茶や、体育会系男子の恵みの泉ことスポドリには勝てない。ちなみに俺はミルクティー派である。

 一方の俺は九郎と一緒に買いに行ったミルクティーを吸う。甘ったるい糖分満載の味が口内に広がった。

 

「何を。一限以外はちゃんと聞いていたんだぞ実は」

「嘘つけ。完全に机に突っ伏してたじゃないか」

「いや、聞いてた」

「嘘だ」

「聞いてた」


 頑なに起きていたことを主張する九郎。

 何が彼をそこまで突き動かすのかわからないが、こうなればこっちも意地の張りどころだ。

 

「じゃあ今日数学でやった内容は?」

「二つの整数の最大公約数を求めるやつだろ? ユークリッドの互除法」

「……アンビリーバボー」


 そして見事に瞬殺であった。

 この男、この適当な性格をしていながら学業においての成績はかなり良く、少なくとも俺は勝ったことがない。

 人が見かけによらないものだというのは、まさにこの男のためにある言葉なのかもしれない。

 

 しかしどうして授業中にあれだけ寝ているのに、こんなに成績がいいのだろうか。

真面目に起きているこっちが馬鹿らしくなるし。何ならこいつに一発拳をぶつけたくもなる。


「こう見えて俺はマジメなのさっ!」


 うわぁ、腹立つ笑顔。本当に殴ってやろうか。

 

「……と言いたいところだが、まぁ一限の夢見が良くなくてよ」

「悪夢、か。どんなの?」

「なんだっけな……。あんま思い出せねぇけど、なんか女の子が泣いてたような……」

「それ、悪夢なのか?」

「暗い部屋の隅で女の子がずっと泣いてるだけ。なんかすげぇ不気味で気分悪かった」

「へぇ……」


「お前もそういうのない?」

「女の子を泣かせたい願望はねぇよ」

「いや、オレだってねぇよ!?」


 夢は見る人の無意識のうちの願望を投影すると言う。

九郎の内面には意外とそういう変態的なものが隠れているに違いない。


「まぁ、犯罪には走るなよ」

「走らねぇよ!? 人をそんな犯罪者予備軍みたいな目で見るな!」

「たまに面会くらいには行ってやるから」

「おう、ありがとう。……って違う!」


 適当に話を聞き流しながら視線を軽くズラす。九郎の後ろの席で神野もまた、俺たちと同じように友人の沢上エリと、ランチタイムを楽しんでいた。

 沢上はおっとりとした雰囲気を有している神野とは正反対に、物事をはっきりと口にするような人物で、常に神野の手を引っ張っているような印象がある。

 神野の恐らくは一番の友人なのだろう。神野と沢上が一緒に行動しているのを、目にすることが多い。と言うより、それ以外で誰かと一緒にいる姿を、ほとんど見たことがない。

 

「そう言えばこの前、山川と佐野が一緒に帰ってて」

「……付き合っているのかな」

「あの感じは絶対そうだよ!」


 二人はどうやら所謂恋バナを咲かせているようだ。

 神野もやっぱ恋愛とか興味あるのかな……。

 

「つーかさ、オレら一応高校生じゃん?」


 ふいに苦労の声が耳に入る。何がどうなってそうなったのかわからないが、俺たちの会話はそういう方向に向かっていたらしい。

 

「一応と言うより、正真正銘高校一年だな」

「なのにこの華のない日々! どう思う!?」


 政治家がやる気を見せるシーンランキング堂々の一位の、選挙前に増加する駅前での演説も顔負けの挙動。別にそれ自体は良いけどうるさい。もう少しトーンを下げろ、トーンを。

 

「悪くない」

「否! 悪くない訳ない!」

「どうした唐突に」

「なぜオレたちはこの青春という日々を、男二人で過ごしている?」

「友達がいないからだろ」

「それも否! 彼女がいないからだ!」

「あーはいはい。そうですねー」


 また始まったよ、九郎の青春談義。十中八九、彼女が出来れば解決する本当に無意味な会話である。

 

「青春と恋愛とはイコールで結ばれる、そしてオレたちにはそれがない!」

「わかるわかるー」

「しかしなぜだ孔人。なぜお前は何かそのための行動を起こそうとしない?」


 そこでなぜ俺に話題を振る。人の心配の前に自分じゃないのか。

 

「友達もほとんどいないようなやつに恋人ができるわけないだろ」

「そうなのか?」

「逆にそこまで言うのならお前にはないのか? そういう浮ついた話」

「ないな。死にそうなレベルにない」


 だからなぜそこで胸を張るのだ、お前は。

 

「類は友を呼ぶね」

「さて、はたしてどうだろうな」

「?」


 その先の言葉を九郎は口にしなかった。先を促すように目を見ても意味ありげな笑みを浮かべるだけで、何も答えようとしない。

 自分から話を蒸し返すのもバカバカしいと、俺も唐揚げをつまんで口に入れた。

 

 ……うむ、美味い。

 

――――


 昼休みも半ば、昼食を終えた人間もちょこちょこ出てきた頃合いに、教室の扉は静かに開かれた。

 その物音はあまりにも静かで、騒音にかき消されてしまいそうなのに、教室内は一瞬静まりかえった。それは現れた人物が彼女だったからだろう。

 

 夢野彩織。

 クラスどころか学校内でも指折りの美少女。

 背中までかかる黒髪は、その艶としなやかさを湛えながら、彼女が歩を進める度に左右にふわりと揺れる。

 毅然としているわけでもない。堂々と胸を張っているわけでもない。

 しかし彼女の身体の動き一つ一つは、高校生離れした優雅さえ醸し出す。

 

 女にたかる野次馬のような根性を持たない俺でも、彼女の所作には思わずため息が漏れてしまう。

 そこまでの美貌を持っているのにもかかわらず、夢野の周りには誰一人近づかない。いや、むしろだから近づけないのだ。

 自分たちの住む世界とは別世界の人間。そんな雰囲気が、彼女からはあふれ出ている。

 

「相変わらずだな」

「ああ」


 俺たちと似たような会話が所々から聞こえてくる。

 夢野が遅刻してくることはそう珍しいことではなく、だからそのことにさほど驚くことはない。せいぜい、ああ今日もか、くらいだ。

 

「おう、夢野。今日も重役出勤か?」


 同じ扉からのっそりと現れたタカさんが、夢野に話しかける。

タカさんは数学の教師でもある。次の時間が数学だからいるのだろう。

 なぜ教師をやれているのかわからないレベルのテキトーさを誇るタカさんは、夢野の遅刻癖に対してもあまり注意したりしない。

 

「ええ、体調不良で」


 夢野の目はタカさんを見ていなかった。

 自分の席と前の席の間に注がれていて、自分に話しかけてくる相手には向かない。

 

「そうか。まぁ、出席足りずに留年しないようになー」


 タカさんはそれだけ言って夢野から離れる。うーむ、このテキトーさ。

 

「本当、あのままだと留年しても驚かないぞ」

「頭は良いらしいな」

「マジ!? なんで知ってんの?」

「風の噂」

「へぇ……」


 まぁ、神野たちが話しているのを盗み聞いてしまっただけなんだけどな。嘘をついているわけでもないし、余計なことは言わないでおこう。

 

「もう少しで昼休み終わりだからなー。……あれ、前の授業でどこまでやったっけ?」

「そのくらい覚えとけよ」

「いや、お前も人のこと言えないからな?」


――――


「そう言えばさー、昨日変な夢見たんだよねー」

「夢なんて大体変なんじゃない?」

「そうだけどぉ。でもいつものと何か違うって言うか……」

「違う?」

「うん……。夢なのに本当みたいな……。なんかこう、リアルだったの」

「へぇ」


「女の子が、中学生くらいかな。その子が部屋の中でずっと泣いていたの。ただそれだけなんだけど」


「えっ?」

「なに?」


「あたしも同じ夢を見た……」

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