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第19話

「あの……すいません」

「はい、なんでしょう?」

「キーホルダーの落とし物って届いていませんか?」

「キーホルダー……? ええと、どういうのかわかりますか?」

「黄色くて……」


 と、神野が説明し出すのを聞いて、俺は一歩下がって辺りを見渡す。

 指名手配犯が並んだものや、防犯を推奨するポスターがそこら中に貼られていた。

 駅で一枚だけとかならよく見かけるが、こう勢揃いしていると少し異様なように思える。


「そうですか……」


 強盗殺人犯とにらめっこしていると、神野の沈んだ声がした。


「もしも届いたら連絡しますね」

「お願いします」


 何かしらの手続きがあるらしく、警官が差し出した書類にペンを走らせ始める。


「あ、それと」


 忘れそうになっていたことを思い出す。今渡さなければ二度手間だ。


「これが公園に落ちていたんですけど」


 ポケットからさっき拾った青いフィギュアを取り出す。


「わかりました。お預かりしますね」

「はい、よろしくお願いします」


 軽く会釈をすると、いつの間にか手続きを終わらせていたらしい神野が、俺の方を向いた。


「ごめんね、こんなところまで付き合わせちゃって」

「ううん、全然」


 あまり役に立てているわけではないのだし、そもそも俺は基本的に暇なのだ。

 それに何より、こんな風に落ち込んでいる神野の姿をこれ以上見ていたくもない。


 その時だった。


「あーーーーーーーーーー!!! あったぁーーーーーっ!!!」


 強烈な、半ば叫び声にも近いかん高い声が交番の中に響き渡る。


「ぐふぅッ!?」


 そしてその次の瞬間、腹部に凶暴な一撃。完全に不意打ちの衝撃に、俺はノックダウンした。


「天笠くん、大丈夫!?」

「内臓が口から出てきそう……」

「あった、あったよ!! おかーさん!!」


 俺の腹に渾身のヘッドパッドを決めてすり抜けていった犯人、恐らくは小学生くらいの男の子の声がした。


 君、たぶんプロレスとか向いてるよ。

 あるいはサッカーでヘディングシュートを決めまくる名選手になれるかもしれない。


「あった、あったぁぁーーーーっ!!」

「こらっ! その前にお兄さんに謝りなさい!!」


 そして今度は母親のものと思われる声。


「本当にすいません……、大丈夫ですか……?」

「い、いえ……、大丈夫です……」


 実際は虫の息である。

 小学生のパワーを侮っていたが、まさかここまでとは……。

 横目で男の子の方を見ると、俺が拾ったフィギュアを手にして飛び上がっていた。


「それ、君の?」

「よかったー! あったーー!!」


 聞いてない。


「よっぽど大事にしてたんだね」

「だな」

「こら!」


 男の子の母親が軽く頭を小突くと、騒がしかった交番の中がフッと静まった。


「お、お兄ちゃん、ごめんなさい」

「あ、ううん。全然大丈夫だよ」

「二人がこれを?」

「そうですよ。たった今」

「ありがとうございます。本当に」

「ありがとー!」


 フィギュアを掲げながらニカッと笑う男の子を見て、何故だか自分まで嬉しくなってきた。


「見つかってよかったな」

「うん!」

「もうなくしちゃダメだよ?」

「うん! わかった!」


 でも、喜びきれるかと言えばそうでもない。まだ、本来の目的である神野のキーホルダーは見つかっていないからだ。


「神野、そろそろ……」

「あ、うん。そうだね」

「見つかるといいですね」

「ありがとうございます」


 ペコリと神野が頭を下げて交番から出ようとすると、母親から尋ねられた。


「あの、お二人も何かを探してるんですか?」

「キーホルダーをなくしてしまって……」

「キーホルダー、ですか。……ごめんなさい。こっちはあまり力になれなくて」

「いえいえ! 全然そんなことは!」

「キーホルダーって、あれ?」

「えっ?」


 俺と神野が男の子が指差す方へ振り向く。

 交番の前を横切る道のど真ん中に、黄色い小さい物体が落ちているのが見えた。


「あ!」


 見覚えがあると思うよりも先に、神野が声を上げる。しかし駆け出そうと足を一歩動かした次の瞬間だった。

 一回り大きい黒がキーホルダーを覆い隠したかと思うと、それはすぐに飛び去る。

 残された後に黄色はなかった。

 すぐに交番を出て、黒が飛んだ方を見る。


 カラスだ。

 黒い羽を器用に駆使して空を舞うカラスのクチバシにはチェーンがくわえられていて、マスコットが空中でゆらゆらと揺れている。


「取られちゃった……」

「呑気に言ってないで、追いかけるぞ!」


 すぐさま交番を飛び出したものの、俺たちの足よりもカラスが飛ぶのはずっと速く、グングン距離が離されていく。


「カラスくーん! それは食べられないよー!」


 後ろから神野が声を張り上げているのが聞こえた。いや、言葉通じないでしょ。相手カラスだし。

 少しずつ神野の声が途切れ途切れになっていく。大声を上げながら走っているから、息が切れてあたりまえだ。

 振り向くと、もう肩で息をしていて限界だと悟った。

「神野」


 走りながら後ろを走る神野に話しかける。


「な、に……?」

「俺は先に行くから、神野は一旦休んでて。取り返したら連絡入れるから」

「え、あ、でも――」

「大丈夫だから」

「天笠く――」


 親指を立てて大丈夫だから、と言ってまた頭上の物体へと目を向ける。

 一段階スピードを上げると神野の声はすぐに遠くなって、聞こえなくなった。頬を切る風がさっきよりも一層鋭さを増す。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 ちょっと前まで走り込んでいたから、まだまだ体力には余裕がある。

 心の底からマラソン大会という存在と、特訓のきっかけをくれた九郎に感謝しながら、足を前へ前へと踏み出していく。


 しかし、そんな俺をあざ笑うかのように、カラスは空を自由に飛び去っていく。

 今の自分ではたして追いつけるだろうか。そんな不安が浮かんだが、首を振ってふっ飛ばした。

 何はともあれ、今は走るしかない。

 

――――


 ひたすら追いかけ始めてどれくらい経ったのかは見当もつかないが、いつの間にか最初に神野とキーホルダーを探していた公園の近くまで行き着いていた。

 そろそろ肺も痛くなってきて、足にも限界が近づいてきているのがわかる。


「いつまで飛んでんだよ……くそ」


 これだけ走り続けてもカラスが立ち止まる素振りを見せない。

 そう言えばカラスって頭が良いんだっけ。もしかしたら追いかけっこを通して、俺のことをバカにしているのかもしれない。

 そうでなければ、わざわざ煮ても焼いても食えないキーホルダーをくわえて、町中を飛び回るわけがない。


「くそ、腹立つな……!」


 こういう人をバカにした態度には覚えがある。名前も似ていることもあって段々苛立ちが別の方向に向かっていきそうだ。

 ああもう、本当にイライラする。


「ふざけんなよクロウー!!」


――――


「へっくしょい!!」


「なんだ……風邪か……? 孔人のが伝染ったかな」


――――


 その時だった。

 悠々と頭上を滑空していたカラスの軌道が大きく乱れた。


「!」


 道のど真ん中で突然俺が叫んだことに驚いたのかもしれなかったが、そんなことに思考を割くよりも先に、カラスは大きな音を立てて公園の木の中に突っ込んでいった。


 ガササァッ! バキィンッ!!


 葉と擦れ合い、枝を何本も折る音がして、思わず足を止めた。

 緑で覆われた空間の中でカラスが暴れ回っているようで、左右上下に激しく揺れている。


「頼む……っ」


 あの暴れている中でポロッと落として欲しい。


「落とせ……、落とせ……!」


 留年間際の大学生に聞かれたらドロップキックをくらいそうなのも気にせず、ただ祈るように呟く。


 バサッ!


 すると、それに応えるように一際大きな音が、葉っぱの隙間から飛び出してきた。


「もしかして本当に……!」


 希望が怒濤のように押し寄せてくるも、木の下に物が落ちてくることはなかった。

 むしろ逆で下ではなく上。

 真っ黒な物体が緑の群から、勢いよく飛び出してきたのだ。よく見るとそれは今まで追ってきたカラスだった。

 そして、その長いくちばしには一切の黄色は見当たらない。

 木の周りを旋回するカラスと目が合う。ギラリと光る瞳が俺を睨みつけてくる。


「……!」


 ここで目を逸らしたら負けだと思った。

 俺の動きを伺うように飛び回るのに対して、仁王立ちで応えた。


「……っ!」


 数秒の間。

 ふいに吹く風が揺らす木々のざわめきだけが、俺たちの対決を見定めている。


「!」


 しかしそれはすぐに終わりを告げた。


 往生際の悪い俺に恐れをなしたのか、カラスは急旋回してその木から離れて行ったのだ。

 それでも睨むことをやめずに、ひたすら敵の動きに全神経を注いでいたが、空中では俺が手を出せないとたかをくくって、もう俺の方へは一瞥することすらもない。

 真っ黒な宿敵はどんどん小さくなり、薄く青い空の色に溶けていく。


「ふぅ……。っておっと!?」


 やがて完全にその姿を見失ったと認識した途端、全身から力が抜けた。砂利の地面に思いっきり尻餅をつく。

 腰を強い衝撃が突き抜けていったが、それとは対照的に気分は最高に清々しい。


「勝った……。俺は、勝ったぞ……!」


 勝利への圧倒的なまでの陶酔感が、全身をくまなく駆け巡る。

 これでようやく神野にキーホルダーを、キーホルダーを――、あれ?


「あれ? あれれ?」


 ふと、周りをどれだけ見回してみても、それらしい物がないことに気づいた。

 よく考えてみると、あのカラスが木の中につっこんでから、一度も目撃していない。


「まさか、ね……」


 嫌な予感が声となって口から漏れ出す。そしてそれは見事に的中。

 一面まばらに葉の緑で塗りつぶされた中に、一際鮮やかに映える黄色。

 しかしその距離は鉛直方向というのを加味すれば、実に遠すぎた。


 とどのつまり、かなり高いところで枝に引っかかっていたのだ。

 もしかして、あのカラスがこの場を去ったのは、俺を恐れてではなく『この場所なら追いかけられることも、そして俺があのキーホルダーを手に入れることもない』と踏んでいたからなのではないだろうか。

 むしろその方がしっくりくるような気がした。

 だとしたら最後に見合っていたと思っていたのは俺だけで、向こうは悠々と手の届かない安全圏からバカにしていたのだろう。


「あの野郎……! マジでふざけんなよクロウーーーー!!!」


――――


「ハックショイッッ!!」


「これマジで風邪じゃないか……!?」


「……ん?」


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