第18話
今日も九郎は放課後は図書室。そして俺は帰宅部の活動を開始――、
と、行きたいところなのだが、今日は違う。
俺はいつもの左に曲がるT字路を右折した。
今日はワンパルトボールの新刊の発売日なのだ。
前巻で新たな敵が現れて気になるところで終わっていたので、今から既に楽しみだ。
さて、ではなぜ右折したか?
理由は簡単。右に曲がらないとこの辺りに他に本屋はないからだ。時間が重なって同じように下校する人たちの群れに混ざるのは嫌だが、今日ばかりは仕方がない。
待ってろ、俺のワンパルトボール。
――――
駅へと向かう道を外れて、少し入り組んだ路地を抜けるとまた大きな道に出る。俺の行きつけでもある抜錨書店は、その道路沿いにあるのだ。
実は校内でも知っている人間はあまりおらず、ちょっとした穴場だったりする。俺の右折する理由は十中八九これだ。
胸をときめかせながら歩くのはもどかしくなり、少しずつ歩む速度が上がっていく。最早競歩と言ってもいい。
この入り組んだ路地を抜けるまで間には、小さな公園が一つある。
よく老人がそこで散歩の休憩にベンチに座っていたり、談話をしていることが多く逆に小学生のような子どもの姿は見えない。
ここには遊具というものがおおよそ存在しないからだろう。公園と呼ぶよりかはむしろ空き地と呼んだほうがいいレベルだ。少し歩けばここよりも広く遊具の種類も充実している公園があって、小学生はもっぱらそっちへ行ってしまうのだ。
「……あれ?」
しかし今日のその場所には見慣れない人影。彼女の姿形は見慣れたものだったが、あまりうちの生徒がうろつかないこの場所にいるのに違和感がある。
「神野……?」
そこには確かに神野の姿があった。
話しかけようかと思ったが、少し気が引けた。
学校と駅の間のルートから少し外れたこの場所に、彼女がいる理由が推測すらできなかったからだ。
俺が公園の門へと近づいても神野は俺の存在に気づかない。ただうつむいて公園の中を行ったり来たりしている。
「よお、神野」
が、いつの間にか神野に話しかけている。
「え、あ、天笠くん!? どうして!?」
俺の登場にひどく驚いたらしい神野は思いっきり飛び上がる。随分唐突過ぎたかな、と少し反省。
「ちょっと本を買いに」
マンガと言えない辺り、どこか自分の中で引け目を感じているようで、変な感じがした。
「あ、そっか。あっち行くと本屋さんあるもんね」
へぇ、神野も知ってるんだ。
本屋の知名度が校内で低いだけに、神野がそれを知っているのに驚く。
「そうそう。神野は?」
そう問うと神野は沈鬱そうに目線を下げる。
唐突に自分の脳裏に今日の昼休みの会話がよぎった。
『カバンに付いてたキーホルダー、どうしたの?』
『えっ? あ、うん、あれね……。なんか失くしちゃったみたい……』
『うそ』
『本当。大事にしてたからショック……』
ああ、あれか……。
「何か探してるのか?」
「……うん」
「おっけ。手伝うよ」
「うん……って、えぇっ!?」
またしても声が裏返ってしまう神野。
「何を探してるんだ?」
「いや、そうじゃなくて、天笠くんに悪いよ!」
「別にいいよ。これくらい」
昔、親に誕生日プレゼントでワンパルトボールのフィギュアを買ってもらったことがあった。
ずっとトイ◯らスで見ていたフィギュアで、当時の俺はそれがどうしても欲しくて欲しくてたまらなかった。
だからそれが誕生日にラッピングされていたのを見た時は、文字通り狂喜乱舞したものだ。
それからもずっとそれで遊んでいた。ワンパルトボールの世界に入り込んで、その時の自分は異世界で戦うヒーローだった。
でも、そんな日々はある日を境に唐突に終わった。
友達に自慢しようと外に持っていった、あのフィギュア。もうオチはわかるだろう。
それを家に帰る途中でなくしたのだ。
死ぬほど泣いた。人生であんなにも泣いたのはあれが初めてだったと思う。
夜になっても何度も何度もフィギュアを探して、近所中を走り回った。
が、結局どこにもなかった。
側溝の中も雑草の生い茂った原っぱの中にも、ずっとずっと探して探して、それでもどこにもなかった。
親には怒鳴られる勢いでもう帰るようにと叱られて、でも俺は帰りたくなくて、それでも最終的に引きずられるように家に帰らされて。
「……なくすのは、つらいしね」
「えっ?」
「いや、何でもない。で、何をなくしたんだ?」
「えぇっと……、カバンについているキーホルダーで……」
知ってる、とは言えないからわかっていても聞くしかない。それに、そこ以外のところには聞かなければならないことがある。
「……なるほど。ここでなくしたのか?」
「たぶん、間違いないと思う」
「どうして間違いないって?」
「この公園に来るちょっと前に付いてたの見てて、ここを出て少ししてなくなってたことに気づいて……」
「それは朝?」
「うん……。でも、探しても見つからなくて学校遅れそうだったから……」
なるほど。たぶんと言ったのはそういうことか。
神野の話をまとめると、キーホルダーはここで落とした可能性が高い。
でもそれから時間がかなり経っているから、もしかしたら他の場所に移動してしまっているかもしれない。
落としたのが朝だったっていうのがネックだな……。
とりあえずこの公園を虱潰しに探していくとしよう。案ずるより産むが易しってことわざもある。
――――
公園は中央は砂利の広場が広がり、縁の壁に沿うように木々や葉っぱが生い茂っている。
点々と大きな杉の木が植えられていて、夏だったら木陰が良い具合に日光を遮ってくれるのだろう。
見通しの良い砂利の辺りには落ちていなかったらしく、葉で隠れた場所を探していたものの一人で探しきれないので、神野は途方に暮れていたらしい。
で、いま俺はその中に入り込んでいるわけである。
「む……」
まただ。
人が通らないようなところを強引に歩き進んでいるせいで、蜘蛛の巣が何度も顔にかかっている。
葉や枝で狭まる視界の中で、小さな黄色い物体を目を皿のようにして探すも、それらしいものは見当たらない。
まだ黄色でよかったと思う。これが緑や茶色だったら紛れて見落としてしまうかもしれない。
ふと、顔を上げてみると神野は公園の反対側で同じように身を屈めている。焦りと絶望感を含んだ表情から、彼女があのキーホルダーをどれだけ大切にしていたかわかった。
「さてと」
――――――――――
また視点を下に戻して探すのを再開した。できるだけ早く見つけてやりたい。
「ぬ……」
緑と茶色の中に一際浮いた青が視界に入る。
「これは……!」
枝が入り組んだ場所に手を突っ込み、掴む。プラスティックの細長い感触。
「なんだ……違った」
恐らくは日曜の朝にテレビでやってる戦隊物のフィギュアだろう。五色のうちの一人であるブルーのキャラに違いない。
所々に土埃がついているが、全体的にはまだ綺麗だ。
落としてからそこまで時間が経っていないのだろう。もしかしたら今日落としたものなのかもしれない。
「見つかった!?」
俺の声が聞こえてしまったらしい神野が、葉っぱの中から顔を出し声を上げる。
「あ、ごめん。違った」
「そっか……」
残念そうにまた草むらの中に身を隠す。
余計なことは口にするまい。変な期待をさせるのは良くない。
手に持っていたフィギュアをポケットに入れた。あとで交番にでも持っていくとしよう。どちらにしても行くことになりそうだし。
それから三十分ほど捜索を続けたものの……。
「ないね……」
「ないな……」
もう公園中を隅から隅まで探し回った。それほど広くないから探すこと自体はそこまで大変ではないのだが、見つからない。
公園から少し出た道路まで捜索範囲を広げたが、成果はゼロ。
「ごめんね……、こんなに長い間付き合わせちゃって……」
「全然いいよ。それより、どこに行っちゃったんだろう……」
「誰かに拾われちゃったのかなぁ……」
「交番に行くとするか」
「そうだね。……届いているといいな」




