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第1話

 ……繋がる。


 それを五感ではない何かで感覚する。

 意識とその疎通のための概念が幾重にも渡って重なり合い、やがてそれは一本の糸となる。

 繋がり、集合し、それは一つの膨大な意志となった。


 全生命の意識による集合体。

 そのほんの一部のみを知覚して、そのほんの片隅の中を泳ぎ回る。

 いくつもの実像と虚像が入り交じった情景が、至る所で生まれては駆け巡り、そして消えていった。


 現実も虚実も、自分たちには判断し得ない。

 それは、どこにいても不変のルールだ。

 だから、本当が嘘になり、嘘が本当にもなり得る。

 その差異は、本質的に存在し得ないのだろう。


 だから、この出口があるのかもわからない迷路を泳ぎ続ける。

 でなければ、自分は――。

 

――――


 何年も愛用している腕時計に目を移すと、短針は八のギリギリ手前を指していた。

 この時間にこの辺りなら、学校には余裕で着く。

 天笠孔人の朝はこうやって始まる。起きて、朝食を食べて、高校生活という大義を全うするために家を出る。


「はぁ……」


 ため息のように漏れた息が冷気で白く染まって、澄んだ空気中に吸い込まれていく。その様をボンヤリと追いながら足を進める。

 もう何ヶ月も歩いた道だ。意識してもしていなくても勝手に足が動く。

 コンクリートで舗装された道の端に、小さな水たまりが薄く膜を張っている。光の反射の模様からそれは既に液体ではなく、固まって氷になっているのが容易に想像ついた。


「そんなに寒いのかよ……」


 また漏れてしまうため息が、白くイエスと答えた。

 首に巻いたマフラーをさらにギュッと締める。外気からさらに遮断されて、少しだけ首元があたたかくなったような気がした。

 歩みを進めると赤い目印が目に入った。ここに時折現れる、とある存在の姿を見ることが、ちょっとした俺の日課だ。


「今日は……いないか」


 残念ながら今日出会うことは叶わないらしい。帰りには会えるといいのだが。

 学校に近くなるのと共に、同じ制服を着た人が増え始める。

 俺と同じように一人で登校しているのは、ザッと数えて半分くらいで、もう半分は恐らく友人と雑談をしていた。

 イヤホンから流れてくる音楽で聞こえはしないが、きっと他愛のない会話をしているのだろう。

 俺にそういうくだらないことを語り合える友人はいないなぁ、と思う。


 まぁ別にいいのだ。変に人間関係を増やすと面倒なことになる。

 別に友人がたくさんいることを否定しない。それはそれで楽しいことも知っている。

 ただ増やしすぎた結果、ちょっとしたトラブルに巻き込まれた経験から、そういう煩わしいことからは距離を置くようになっただけだ。


 俺は友だちがいない。

 しかしそれは作れないのではない、敢えて作らないのだ。

 

――――


「おっす、孔人!」


 前言撤回。人間はやはり孤独には耐えられない生き物である。我ながら手のひら返しの速さに惚れ惚れとしてしまう。

 しかし逆に言ってしまえば一人いれば十分。何となく話す相手くらいはいた方がいろいろ気が楽だ。


「さみぃなぁ。今日も」


 こいつの名前は鷺坂九郎。名前がめっちゃ鳥。いつか鳥人間とかになるんじゃないかって勝手に思ってる。ペダルを漕いで空を飛んだら……、ってそっちの鳥人間じゃない。

 ちなみに名字は『サギサカ』と読むそうだ。初対面の時に『ワシザカ』と読んだら、一発グーをもらったのは五月の話。


 ――あれ、どうして俺こいつと友達になったんだろう。


「おお、よお」

「テンション低いなっ」

「逆に九郎は月曜の朝から元気だな」


 九郎との出会いの疑問なんてものに思考を割くだけ時間の無駄だ。何なら話していることすら無駄の塊である。


「いや、オレだってダルいさ。でも、ダルいときこそ強引にはっちゃけるのだよ、マイディア」

「別に俺はお前の助手じゃないからな」

「さすが、ネタが通じる相手はいい!」


 九郎がパチンと指を鳴らせて俺を指差す。

 これだけ明るいなら友達も多そうなものだが、ところがどっこい、こいつの友達はこれまた俺一人だけだ。

 時々会話中にマイナーなネタをぶっこむ癖をやめれば、もう少しマシにもなるんだろうが。

 だがしかしこの男、やめるつもりがない。

 基本的に無気力な俺と、常に躁状態と言っても過言ではない九郎が友人である。この真逆の二人が友人であるのは、ある一点だけ共通点を有しているからだろう。


「今日一限なんだっけ?」

「世界史。俺は寝る」


 いつの間にか九郎は椅子に座って両腕を机に乗せていて、まさに臨戦体勢ならぬ、臨『眠』体勢に入っていた。


「さっきまでのやる気はどこ行ったんだ」

「おやすみー!」

「おい」

「ZZZ…」

「早ぇ……」


 突然電池が切れたように静かになった九郎を見て、子どもかよと心の中でツッコんだ。

 気持ち良さそうな寝息をたてて机に突っ伏す九郎を横目に、教室の外にあるロッカーに教科書を取りに行く。

 それにしてもなんであいつは、こんなに即座に熟睡できるんだ。毎回睡眠薬の類を飲んでいるとしか思えない。


 そう言えばあの子はもう来ているだろうか。

 教室を出る直前に室内を見渡す。時間の経過とともに徐々に、教室内の空席がクラスメイトで埋められていく。

 しかし探している人物の姿は見当たらない。どうやらまだのようだ。


「……来てないか」

「おはよう」

「!?」


 狙いすましたかのようなタイミングの良さに、心臓が飛び跳ねてしまったが、すぐに平静を取り繕って言葉を返す。


「お、おう、おはよ」

「今日も寒いねー」


 身体を震わせながら神野遥は、首をコクンと横に倒して控えめな笑顔を浮かべる。


「そうだな」


 そんな他愛もなく短い会話を交わして、神野は自分の席へ向かっていく。

 すれ違う瞬間、彼女のショートボブに切り揃えている髪から、ほのかに甘い香りが漂ってきて、一瞬足を止めてしまった。


 ――上手く応対できたよな?


 っていやいやいや、だからなんでこんなに俺は緊張しているんだ。落ち着け。


 近頃、暇さえあれば彼女の方を見ることが増えている気がする。

 聞き慣れた言葉があてはまりそうな気がするが、はたしてどうなのだろう。


「こーい」

「!?」


 またしても心臓が飛び跳ねる。

 慌てて九郎の机の方を見やるが、そのポーズには一切の変化が見られない。


「出て……こーい……」

「寝言かよ……」


 ――だよな?


 もうそろそろHRも始まることもあって、散らばっていたクラスメイトも自分の席に着いていく。

 いつもギリギリに教室に駆け込んでくる奴は、今日も例から外れずチャイムが鳴ったのと同時に教室の扉を開けた。

 それを見届けてから、俺も自分の席につく。

 本日もウチのクラスは平常運転。平和そのものである。


「おい、しょと」

「天笠くん、なんかおっさん臭いね」


 すぐ隣から神野の声。見ると手を口に当てて、クスクスと笑いを抑えていた。


「……マジ?」

「うん」

「なんか傷つくな、それ……」


 神野は俺の隣の席で、夏休みの直後くらいに行われた席替えで隣同士になった。それ以前から話すことは少なからずあったが、席替え以降でかなり増えた。

 他に戯言のオンパレードの九郎くらいしか話す相手がいないこともあって、神野と話しているのは正直すごく楽しい。

 生まれて初めて、席替えというイベントに感謝していると言ってもいいくらいだ。


「なんかまるで――」


 なんて会話をしているとくたびれたワイシャツ姿の男が、前の扉から入ってくる。

 俺たちのクラス担任であるタカさんだった。配布物だと思われる分厚いプリントの束を、ドサッと重そうに教卓に置くと教室の中をざっと見渡した。


「……おい、しょと。うんー、大体揃ってるし、出席取らなくていいなー」


 第一声がまず教師としてあるまじきものだった。まぁ、こちら側としても面倒なだけだし、ありがたい話なのだが、こんなのが担任で大丈夫なのか少し不安でもある。


「タカさん、夢野がまだっすよ」


 誰かがそう声を上げる。


「夢野? ああー、まぁいつものことだし、昼にでもなったら来るだろ」


 タカさんはだらしなく笑いながら、そう返した。本当にどうしようもない教師である。


「連絡事項は……、うん、特にないか。んじゃー、終わりー」


 そのままタカさんが教室を出ようとする。


「…………」


 山のようなプリントを置きっぱなしで。


「あの、タカさん」

「ん? なんだ?」

「それは、どうすれば……?」


 クラスメイトの一人が教卓の上の紙の山を指差す。さすがに次の授業があるのに、このまま放置というのはないだろう。


「あ、いけねっ。それは……そうだな、配っといてくれ。んじゃ!」


 職務を完全に俺たちにぶん投げると、片手を上げてタカさんは去っていく。タカさんが教室から出ると、すぐに教室内におしゃべりの喧騒が舞い戻ってきた。


「タカさん、本当にいつも適当だよね」


 タカさんがいなくなると、神野が苦笑いを浮かべながらため息を漏らした。


「適当が足ついて歩いてるようなものだからな……。……ってあれ?」

「どうかしたの?」


 ふと、さっきのタカさんのセリフを思い出した。おい、しょと、なんて口にしていた気がする。


「そういえば、さっきおっさん臭いって言ってたけどさ」

「うん」

「あれって、タカさんっぽいってことか?」

「え、あー……、あはは……」


 神野は引きつった笑いを浮かべるだけで、それ以外のことは何も言わなかった。言わなかったが、それは無言のイエスと同義だ。。


「Oh…」


 地味にショックだ。

 いや、かなり、大ショックだ。

 あのスーパー適当中年オッサンと同じように見られてるなんて、泣きたくなる。

 というかもう、半分くらい泣いている。目の奥の方が熱い。


 もう、かけ声とか出さないようにしよう。

 そう心に強く誓った俺なのであった。

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