2 仕事内容がいまいちピンとこない
ビーさんと話しながら着いた風呂は、そりゃもう立派な風呂だった。民衆銭湯でもこんな広くないよ?え?
お付きのメイドさん(髪の毛洗う係、身体を洗う係、拭く係、洋服を着せる係)たちには遠慮して頂いて、一人まったりゆっくり楽しんだ。未使用品だろう下着やシャツをいいのかなーと思いながら着た。これまたびっくりするくらい気持ちいい。サラッサラ。一着いくらすんのかな。
「あ、さっきの」
「ニルスです。センビ様を案内するように言われております」
「ニルスくん、湯の準備ありがとう。気持ちよかった!」
「いえ、こちらへどうぞ」
さっき、ビーさんに指示を出されていた執事さん改めニルスくんが扉の外で待っていてくれた。眉毛部分だけ白い丸があるから幼く見える。キリッとした表情から、真面目な性格が伺われる。職務に忠実なんだろう。
長い廊下の途中途中に飾ってある絵画や花瓶を眺めながら後ろを着いていく。五分ほどで中庭に着いたらしく、先に座っていたラルさんと、わたしに気付いて立ち上がったロマンスグレーはサムさんだと思う。なるほど、瞳はポルテッタによく似ている。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いえ、サムがはやくあなたにお礼が言いたいと我慢出来なかっただけですよ」
「大旦那様、えっと」
「サムでよい。それよりもありがとう。ラルの御守りを見付けてくれて…しかし、いくら小川だろうと流される危険もある。次からは警備隊に相談してほしい」
「ひえ、サムさんお父さんみたい…じゃなくて、えっと、はい!次からは気を付けます!」
ピシーッと敬礼をしてみせれば、サムさんの瞳から心配の色がなくなった。促されるままにチェアに腰を下ろす。すぐにホットワインが出てきた。オレンジやりんご、シナモンが入っていて、爽やかな薫りがする。ほどよい熱さにしてくれているらしく、そのままコクリと一口。
「おっいしー!え、すごい美味しい!今まで飲んだワインで一番美味しいっ」
「気に入ってもらえたならなによりだよ」
「センビ様、こちらも摘まんでね」
「いただきます!……えっ、なにこのチョコ…美味しい…キャラメル入ってる!」
美味しい美味しいと食べていたら、ふっと視線を感じて上を見上げる。バチン、と目が合ったのはコックコートのウルフさんたち。
「めちゃめちゃ美味しいー!ありがとー!」
ぶんぶん手を振って叫べば、びっくりした顔でコクコク頷いてぴゃっとみんな消えた。なんで。いやうるさかったか、申し訳ない。でもそれくらい美味しいんだ、仕方ない。
くるりと前に向き直れば、サムさんとラルさんになぜかにこにこ微笑まれてしまった。
「………?
…あ、もしかして行儀悪かった?ごめんなさい」
「いや、ラルから聞いてはいたが、なんとも素直なヒューマノだな」
「でしょう?それに心優しいのよ」
「気に入ったならまた食べに来るといい」
「それはいいわね。私とお茶しましょうね、センビ様」
う、うん?とりあえず頷いたけど、好ましく思ってくれてんだろうな、ってことはわかった。わたしも二人すき。というか屋敷のひとみんなすきかも。優しいし美味しいし。
「ところでセンビくん。護人として来客するのは明日の予定だっただろう?」
「そうなの?」
「うん?ヒューマノの役所からそう通達が来ていたが」
「規約書に書いてあるのかも…あ、」
ポケットに手を突っ込んだところで気が付いて、「ニルスくん、わたしのズボンのポケットに規約書入ってなかった?」と振り向く。真面目な彼が言い淀んだのですぐわかった。
「大丈夫、ありがとう………えへ、規約書なくしました!」
「それは無くしたのではなく濡らして読めなくなったと言うのだ」
「ごめんなさい」
「良い。その様子だと満足に読んでなかったのだろう。写しがあるから持ってこさせよう」
「あのー、サムさん、規約書三行しか読めなかった。字がみっちみちだったから」
あらまぁ、とまるで仕方ない子ねと笑うのはラルさん。なんだと、とため息をついて肩を落としたのはサムさん。
ビーさんは私は何も聞いてませんと視線を反らし、ニルスくんはどうすればいいかわからず固まっていた。
「今までの護人とは良くも悪くもかけ離れているな、センビくんは」
「返す言葉もございません」
「ふむ、護人の役割をどこまで聞いている?」
「えーっと…」
護人はヒューマノとブィームノの間を取り持つ役割があり、任命されたピット内でブィームノに解決出来ない問題が浮上した場合、力を貸す。ピットの様子を最低月に一回は報告する。ピットから離れる場合は事前にピットの長と役所に届出を提出する。ピット外にある役所管理の住居、もしくはピット内で生活を送る。
…これくらいだったかな。
ブィームノはだいたい種族毎に生活圏が別れていて、今回わたしが任命されたのがこのピットになる。犬種が住んでいて、ウルフ、キツネ、イヌ、ジャッカルなどがいる。ヒューマノと違うのは魔法が使えない代わりに身体能力が優れている。それから一回りくらいブィームノの方が大きい。
「まぁ、それだけ理解しているなら充分だろう。何かわからないことがあれば聞きに来るといい」
「はーい。あ、そういえば前任の護人ってどんなことやってたの?」
「前任…ふーむ、わしらが若い頃だったからなぁ。タタンという若者だったか?」
「タタラじゃなかったかしら?」
「あ、わかった。充分。つまり前任だけじゃなくて随分前からここの護人はサボってたんだね。役所に苦情入れるよ、ごめんね、迷惑掛けて」
「センビは何も悪くなかろう?護人がいようがいなかろうがどうでもよかったからなぁ…わしらの種族は他に比べて仲間意識が強くてな、護人に頼むことがほとんどないんだ。その前に片付けてしまうことが多い。だから護人が居なくなってもこちらからは何も言わなかったんだ」
「センビ様が報告書を上げるとき、貴方も一筆認めたらいかがかしら」
「そうさなぁ。センビが取って替わるのは避けたい」
「ええ…まだ護人として何もしてないのに!ハードル高いよー」
この短時間で信頼してもらえたのは嬉しいけど、この信頼に報いるだけの力があるとはわたしには思えない。頭を抱えてむうむう唸れば、弾けたような笑い声が降ってきた。
顔を上げればサムさんだけじゃなくて、ラルさんもビーさんも、なんとニルスくんまで笑っていた。
意味がわからなくて、いや、わたしがアホなこと言ったんだろうとは思うけど!
「ふっ、すまん、すまんな。センビのように表裏のないヒューマノには初めて会ったものだから」
「そうよ、センビ様。あなたのような気高い魂の持ち主が次代の護人で現れるとは思えないもの」
「気高いとか初めて言われた…」
「センビにはずっと護人でいてほしいな。なんならここに住むといい」
「あら、いいわね。そうよ、ここに住んだらいいじゃない」
いやいやさすがにそこまで迷惑掛けられないから、って断ったけど、別れ際に「気が変わったらいつでも言ってくれ」「明日、お話が終わったらまたお茶しましょうね」と言われた。ビーさんには「私の倅の物ですがよかったら」と洋服をもらったし、ニルスくんには「これ、キッチンの方々からです」とチョコレートをもらってしまった。
待って、だから、返せるかわかんないんだってば!やれることもわかってないのに!
どうやら明日はサムさんとラルさんの息子さんの現長と会談するっぽい。本来はそこで取り決めとか色々話し合いするらしいんだけど、割りとサムさんと話してしまった。会談の場にサムさんとビーさんは同席してくれるらしく(ビーさんは部屋に控えてるだけらしいけど居るだけで心強い)、とりあえずわたしは寝坊しないように来ればいいとか。
難しいことはサムさんに任せよう。わたしじゃどうせわかんないし。