五話
青葉との電話を終え、部室に戻る。
他の三人はいつも通りだらだらしていて、先程までバチバチやりあっていた雅と郡山も、いったんは休戦といった感じでアイスティーを飲んでいる。
「……氷堂先輩、そろそろ夏休みに部活をする意味が分からなくなってきました」
「夏休みどころか、いつもこんな感じだからね、うちは」
「なおさらダメじゃないですか」
わざわざ暑い中駅まで歩き、電車で景色を眺め、また照りつけるアスファルトを蹴って学校まで来たのに、家とやっていることは変わらない。
「そういえば先輩、そろそろ仕事の時間じゃ」
夏休み明けは文化祭だ。生徒会はその準備で忙しいはず。三年生にとっては最後の生徒会活動なので、氷堂先輩もかなり張り切っていた。
「会長が体調を崩してね。今日は休みになった」
「あの人が……ね」
我が校の生徒会長といえば、生真面目な性格で、規則にはとことん厳しく、不純異性交遊を絶対に許さない、長い三つ編みおさげのいかにも、という感じの人だ。さらには生徒会の業務のほとんどを背負っていたりもする。氷堂先輩の仕事はその補佐だ。その人がを体調不良なんて、一度でもあの人をみたことがあれば信じられない。いや、多分俺と同じ人間なのだから風邪くらいは引くのだろうけど。
しかしその人が抜けた穴は大きいようで、急にはリカバリーできなかったようだ。
不意に、きぃと音を立てて、扉が開いた。
「姉貴、腹出して寝てるから、この時期はよく風邪引くんだよ」
そちらに目をやると、立っていたのは長身のイケメン。
「青葉……」
「全く、あれを完璧と言うとは、みんな見る目がないと俺は思うんだがな」
なにを隠そう、生徒会長の名前は青葉翠。つまり、青葉清の姉なのだ。性格は細部に渡って真逆だけれども。特に異性との距離感とか股の緩さとか。
だが、あの姉があるからこそ、青葉清という人間は構成されたのだとも思う。上の兄弟が世間に注目されていると、必然的に弟や妹は、同じものを期待されるのだから。
それに嫌気がさすのも、逃げ出したくなるのも、自分はこういう人間なのだと表現したくなる気持ちも、なんとなく理解はできる。だからって、女を食い逃げする野郎は万死に値すると思うが。
「で、今日は何の用だ?」
わざわざそんなことを言うためだけに部室に来るような奴ではない。そもそも青葉とてそこまで暇な人間ではない。一応サッカー部だし。補欠だけど。
「その姉貴からの頼み事でな。副会長さんに、明日からの生徒会の指揮を頼みたいそうだ」
それはつまり、明日からも会長の休みが続くということなのだろうか。
「大丈夫なのかい?」
「さっきも言った通り、いつもの夏風邪ですよ。来週にはけろっとしているのでお構いなく」
呆れたように溜息を吐きながら、青葉は部室から去っていく。どうやら本当に、用事はそれだけだったらしい。
「とりあえず、僕は明日からのことを生徒会役員たちに伝えてくるかな」
雅がいれた紅茶を一口すすって、氷堂先輩は部室から出ていった。
それを見送りながら、俺はあることに恐怖を覚える。
「せーんぱい(ハート)」
「あーきと(ハート)」
そう、今の頭のねじが外れた二人と、この密室で三人きりなのだ。あとその括弧はなんだ。
「ちょーっと私たちと」
「遊ぼっか」
夏花、冬乃、俺はもう、二度とお前たちに会えないのかもしれない。
そんなことを思いながら、二人の方を向いた。




