三話
翌日──ようやく体が夏休みという気分になってきたが、残念ながら今日も部活があるし、なんなら朝から陸上部で走り回る夏花や、そのマネージャーの冬乃のために、俺は朝から弁当を作らなければならない。生活スタイルは崩したくても崩せないのだ。俺以外の誰かに迷惑がかかってしまうし、ましてやその相手が妹だというのだから、そんなこと、あっていいはずがない。
というわけで、俺は今日も今日とていつものように朝早くに起床し、リビングに向かった。
キッチンにはすでに電気が付いている。雅がいるのだろう。そう思って近付いたのだが……
「あ、おはようございます」
そこにいたのは、水色のエプロンに身を包んだ、郡山光だった。エプロンの下が制服であるところが背徳感を生み、思わず鼓動が高鳴る。
「あ、今ドキッとしましたね。やったぁ」
フライパンから手を離し、郡山は大袈裟にガッツポーズをした。
「雅はどうした?」
「睡眠薬飲ませたので、まだしばらく眠ってると思います」
「女子って怖いな」
あまり大量に飲まされていないことを祈っておこう。雅の死は、それこそ俺の生活を大きく変化させるだろうし。
「というのは嘘で、実際は布団でぐるぐる巻きにして縛っておいただけです」
「なお怖いわ!!というかお前、わざわざ家に泊めてくれてる先輩に対して、どうやったらそんな仕打ちができるの!?」
「先輩も知っての通り、私、結構ドクズでふから(ハート)」
「(ハート)を口に出して言う奴、初めて見たわ……」
最近、郡山が明らかに進化している。うざい方向に。的確にうざポイントをついてくるので、俺としてはうざいことこの上ないのだが、うざい郡山はうざいからこそ郡山なのだと考えれば、少しは許せるかも知らない。……いや、やっぱり許せない。うざい。
「というわけで先輩、今日から毎日、私が朝ごはんを作ってあげますよ?」
郡山が笑いながら上目遣いで俺を見つめてくる。整った顔立ちの女に見つめられるのは、悪い気はしないがなにせ相手が郡山なので、それすらもうざいと感じる。
「私は、毎日、縛られなきゃ、いけない、のかな?」
はぁ、はぁと息を切らした雅が、いつのまにかリビングの入り口に立っていた。その目には、敵意が写っている。おそらく郡山に対するものだろう。
「ちっ、もう抜け出してきやがりましたか」
「こんなこともあろうかと、昨日はカッターを持って寝たからね」
なんでそんな事態を想定していたのか、もはや聞くことすらはばかられる。
俺を挟んで睨み合う二人がばちばちと火花を散らしていく。はっきり言って、怖い。二人とも怖い。恐怖以外の感情が、まったくもって湧いてこない。
「てか、なんでそんなに急激に仲悪くなってんの?」
少なくとも、海に行った段階では、今まで通り仲が良かったはずだ。つまり何かがあったのはそれ以降。おそらく、郡山が雅の家に泊まったあとだろう。
「秋都、女の子にはね、戦わなきゃいけないときがあるの」
雅の眼力に気圧される。郡山もそれに同意するようにこくこくと頷いており、どうやら俺は今この場では邪魔ものにしかならないらしい。
そっとリビングから抜け出し、少し早いが冬乃と夏花を起こしに二階へと駆け足で移動する。俺の手には負えないけれど、二人と同じく生物学上女に分類される我が妹たちなら、どうにかしてくれるのではないかという判断だ。
「お兄ちゃんには悪いけど、私はまだ死にたくない」
寝ぼけ眼をこすりながら、冬乃。一瞬で日山家に起こっている異常を感知したようで、冬乃は珍しく二度寝を決め込んだ。
「雅ちゃんが怒ると怖いからなぁ。私はパス」
どこか遠くの空を見ながら、夏花。俺はあまり経験がないが、昔からやんちゃだった夏花は、そういえばよく雅に怒られていた。そのころのトラウマだろうか、夏花は雅に逆らえないようだった。一体、どれだけ恐怖を植え付けられたのだろう。想像するだけでももう怖い。
冬乃のように二度寝はしなかったが、夏花は「終わったら呼んで」としっかりと俺に行ってから、俺を部屋から追い出した。なんとも薄情な妹だろうか。俺に、一人で死地へと出向けというのだろうか。
このまま、俺は部活にいかなきゃいけないのだろうか。電車で、三人で。いやな予感だけが、俺の五感を刺激していた。




