二話
夏花と冬乃が部活にいくのを見送り、俺と雅と郡山は部活が始まるまで、暇になった。氷堂先輩は朝は生徒会の仕事があるそうなので、部活は昼からなのだ。一旦は郡山は雅の家に荷物を置きに行ったのだが、二分後には帰ってきた。しかも、俺の部屋の窓から。
「なんでそんなところから入ってきたんだ」
「春野先輩に、マンションと先輩の家の間にある家の屋根を走ればここに直接来れると教えてもらいまして」
「雅が小学校低学年の頃に使ってた道じゃねぇか」
なんてやり取りをして、普通に玄関から合い鍵で入ってきた雅と三人並んでリビングでゴロゴロする。何の生産性もない、会話すらない、ただただ無駄な時間を過ごすだけの時間。そこになんとなく幸せを感じる。つい二日前、海に行ったときと同じような感覚。日常のすべてを愛しく思える、今までの俺にはなかった感情だ。この場に氷堂先輩はいないけれど、もしかしたら俺は、青春研究部を好きになってしまったのかもしれない。
そんなよくあるJKのようなことを考えながら、俺は洗濯を始めた。いくら休みだからと言っても、家事は怠れない。
「手伝いますよ」
「存在がもう邪魔だな」
「私に何か恨みでもあるんですか?」
「逆に無いとでも?」
俺にその手の回答をさせれば郡山が生まれてきたことを全裸土下座で後悔するレベルのバリ増音が出てくるぞ。
「それは遠回しに私の裸を見たいと思ってるということですね」
「誰が貴様の胸に興奮するんだ」
「私、結構ある方だと思うんですけど」
それは服の上からでも分かるが。
「重要なのは大きさではない。誰の胸かなのだ」
俺の名言に、郡山は若干引いているようだが、そんなものは気にするに値しない。そもそも、冬乃、夏花以外にはいくら嫌われようと、どうでもいいし。
「それに、私結構ボディのバランスには自信があるんですけどね」
「大事なのはどれだけいい体かじゃない。誰の体かなのだ」
似たようなことをもう一度いい、洗濯機に汚れた服を次々と入れていく。
グワングワンと音を立てながら、洗濯機が動き始めた。洗い終えるまでしばらく時間がかかるので、しばしの暇ができる。
「あ、そういえば私ポッキー持ってきたんですけど、先輩、遊びませんか?」
「雅の唇で我慢してくれ」
「なんで私好きな人に売られてるの!?」
「じゃあ次は私と先輩でツイスターゲームでも」
「出番だぞ、春野先輩」
「私、そういう系のゲームめちゃくちゃ弱いの、秋都知ってて言ってるよね?」
などと色々なやりとりをし、その度に雅を売り、のらりくらりと躱していく。
洗濯物を屋上に干しに行き、一旦は家事が終了だ。
「そろそろ学校に行かなきゃな」
早めの昼ごはんを食べ、制服に着替えて三人並んで駅へと向かう。いつもは隣にいる雅が、一人分離れたところにいることに違和感を感じながら。
「せんぱ〜い♡私、アイス食べたいですぅ〜」
俺と雅の間に無理やり割って入った郡山が、胸をグリグリと押し当てながら、駅前の出店を指さした。
「あざとすぎて逆に気持ち悪いんだけど」
離れようとするが、思いのほか郡山の力が強く、俺の力ではどうしようもなかった。
仕方なく、そのまま電車に乗り込んだ。……郡山とは反対に、俺の右側に座るれ、雅の冷たい視線を感じながら。
「私はダメなのに、光はいいんだ……」
そこはかとない闇を、右側から感じる。俺のせいじゃない。ひっついてくる郡山が悪いのだ。俺は何も悪くない。多分。
「やっぱり、秋都も若い女の子が好きなんだね?」
瞳の奥から、「ゴゴゴ」と効果音が迫ってきているような気がした。背筋の震えが止まらない。
「確かに私、春野先輩よりもうんと若いですし、胸も大きいので、どちらが男に選ばれやすいかなんて、わかりきったことですよね」
ニコニコと笑いながら、郡山は火に油を注いだ。そろそろ耐火性のあるビルが全焼しそうだ。
目の前でバチバチと火花が散っている。冷や汗がつーっと垂れていった。おかしいな、今は夏なのに、寒気が治らない。また風邪をひいたのかな?だとしたら早々に帰って寝なきゃな。よし、氷堂先輩に連絡して、俺は次の駅で降りて逆方向の電車に乗って家に帰ろう。
「どこに行くの?」
「どこに行く気ですか?」
ダブル冷気に行手を阻まれた。こうなれば、もう俺にはどうすることもできない。大人しく、死を待つのみだった。
一頻りトランプやら双六やら人生ゲームやらで遊んだあと、いつも通りの午後6時に部活は終了して、家に帰ってきた。
夏花や冬乃はまだ部活動中のようで、一人でリビングのソファに寝っ転がった。
今日一日、何故か雅と郡山がずっと睨み合っていた……。いや、だいたいの理由は分かるのだが、今の俺にはどうすることもできないようなことだ。投げられてもいないボールを受け取ることは、俺にはできないから。ましてや打ち返すことなんて、できるはずもない。
ならばどうすれば、この状況から抜け出すことがでいるのだろうか。
うまく考えがまとまらないので、少しでも夏花の負担を減らそうと思い、俺は掃除機をかけるがことにした。
掃除機が終わると、洗濯物を取り込み、風呂を沸かし、夕飯を作る準備を整えた。あとは焼くだけで、ハンバーグの完成だ。
午後7時半、そろそろ迎えに行くべきかと危惧していると、予定調和のように玄関が開いた。
「「ただいま〜」」
間延びした疲れ切った声を聞いて、ソファから立ち上がり、リビングから顔を出す。
「おつかれさん。風呂沸いてるぞ」
「じゃあ先に兄ちゃんで」
「ない選択肢を選ぶな。一緒に入るけども」
数分後、三人仲良くお風呂に入った。
我が家はぬるめのお湯が好みなので、設定温度は39度。
洗ったばかりのスベスベの冬乃の肌は、この世のものとは思えないくらいに滑らかで、羽が生えていないかを確かめるために、何度も背中をさすったくらいだ。その度に冬乃が普段からは考えられないような声を出すので、それをみて夏花と二人で笑った。
夏花の肌は、冬乃とは対照的に良く焼けていて、美しく引き締まっていて見ていて飽きない。今日も一日、走って疲れたであろう足を揉んでやると、気持ちよさそうな顔をするので、俺も幸せな気分になった。もちろん、すでに幸せの絶頂だけれども。
体の芯まであったまったところで、風呂から上がり、ハンバーグを焼き始める。
少し量を多めに作ってあるのは、そろそろヤツらが来ると予想したからだ。
綺麗に焼き色がつき、皿に盛り付けたところで、またもや玄関が開いた。
もちろん雅と郡山である。べつに頼まれていたわけではないが、そこは幼馴染の勘と阿吽の呼吸というやつだ。この二人がやってくることを予想して、ちゃんと俺は人数分作っておいたのだ。
「美味しそうですね」
「俺のお兄ちゃん力の賜物だな」
談笑しながら夕飯を済ませ、その日は眠りについた。今日一日、そこそこに疲れたので、よく眠れそうだった。
だが、夏休みの本番は、紛れもなくここからだった──




