二十話
0時を回った空気は冷たかった。
誰もいない夜の公園ののブランコに座り、俺はコーラ、冬乃は季節外れにも関わらず売っていたコーンポタージュの缶に口をつけた。
きぃ、きぃ、と錆びた音を立てて揺れるブランコに身を任せて、しばしの時を、冬乃と過ごす。
具体的には、始発までこのままいるつもりである。
相当な距離を走り、俺の足には限界が来ていた。夜更かしは肌に悪いらしく、冬乃の肌が心配だが、今日ばかりは我慢してもらう他ないだろう。
「何もされなかったか?」
冬乃がコーンポタージュを飲み終えたところで、そう聞いた。
「食べたことないくらい美味しいお寿司もらったくらい」
「よし明日はそれ以上に美味しい寿司を食べに行くぞ」
「もう今日だよ?」
「細かいことを気にしてると胸が大きくならないぞ」
「そこになんの因果関係があるのかな……」
冬乃が自分の胸元を見たあと、俺を睨みつけてくる。
閑話休題。冬乃の機嫌を損ねる前に、やらねばならないことがあるだろう。
「冬乃、これからどうしたい?」
意味のない質問をした。これに対する冬乃の答えは分かっている。前にも一度、聞いているのだから。
「お兄ちゃんと一緒にいたい」
即座に冬乃はそう返してきた。
「でも一つ問題がある」
「何?」
冬乃が可愛らしくて小首を傾げる。思わず抱きしめそうになった。
「俺とお前は、もともと血が繋がっていない」
「それが今更どうしたの?」
「さらに、それに加えてすでに書類上では俺たちは家族ではない」
そこで、冬乃は電撃が走ったようにわなわなしだした。
「つまり、私とお兄ちゃんは、結婚できる……!!」
全てを飛躍して、いきなり結婚と来た。まあ、すでに10数年を同じ家で過ごしているので、結婚以上の関係にあると言っても良いのだが。
「お前は、今まで幾度となく俺を誘惑してきた。それが、合法的になってしまうのだ。これがどういうことか分かるな?」
「夏花と一緒にお風呂に入れなくなる」
一体どういう発想なのだろうか。
「だって、兄妹じゃない私たちが一緒にお風呂に入るということは、つまりそれはセッ……」
冬乃の頭を軽く叩いた。
「勝手に話を飛躍させるな」
どうやら、今日の冬乃はテンションがおかしいらしい。というか、例え恋人だったとしても一緒に風呂に入る=セックスにつながることも珍しいと思うのだが。冬乃も思春期真っただ中のろうか。
「だから、不用意に俺を誘惑しないようになってことが言いたいんだよ、俺は」
今までは兄と妹という鎖があったが、今ではそれがなくなってしまった。となれば、冬乃が暴走しかねない。そうなってしまえば雅の時のように、全てが丸く収まるというのは不可能だと思う。だから、先に言っておく必要があったのだ。
「俺は、今でもお前を妹だと思ってる。これからも妹として、俺と一緒にいてほしい」
例え冬乃が望もうとも、俺はそのスタンスを変えるわけにはいかない。雅に言った通り、俺は妹が大好きだ。夏花が、冬乃が、俺の愛の対象なのだ。だがしかし、それは恋愛感情ではない。純粋な、家族愛だ。
冬乃は、納得してくれたようで、コクリと頷く。
「うん、分かった」
思惑が外れたという意思を瞳から感じたが、それは気のせいだという事にしておこう。
「いつか、お兄ちゃんが私の体を求めてくるまで、ずっと待っておけばいいんだね」
「一回病院に連れて行った方が良さそうだな」
テンションが高いというか、俺の妹はアホになっているようだった。悲しいことに。
「だって、好きなんだもん」
思わず抱きしめてしまった。可愛すぎるよ、俺の妹。何でこんなに可愛いの?ああ、妹だからか。妹最高。妹万歳。
「まあ、それならしょうがないな」
「なら、夜這いしてもいい?」
「俺の話聞いてた?」
「半分くらい」
「あと半分は?」
「私に都合悪そうだったから、聞いてない」
叱りたい感情と、頭を撫でたいという感情が相まって、とりあえず頭をなでなでした。その時の、冬乃の蕩け顔が、最高に可愛く、俺は悶絶してしまった。
「……なんかお前、我儘になってない?」
ずっと思っていたことを聞くと、冬乃はプイと横を向いてしまった。
「まあ、いいけどさ」
妹を甘やかすのも、兄の役目だ。ならば、我儘を叶えてやるのは、当然のこと。ドラえもんの力なしでどこまでやれるか、試してやろうではないか。そもそもそんな常識外れなお願いを冬乃がしてくるとは思えないが。
「冬乃」
気が付けば話題がずれてばかりいるので、そろそろ真面目にやらねばと思い立ち、真剣な顔で冬乃の意識を引き寄せた。
「血がつながってなくても、名字が違っても、俺たちは、家族だ。それだけ覚えておいてくれ」
きっと、今まで冬乃は不安だった。どれだけ仲良し兄妹になろうとも、一緒にお風呂に入ろうとも、胸のどこかで疎外感を感じていた。だから、なんの抵抗もなく、早川さんについていった。辛かったのだろう。自分だけ、「他人」であるという事実が。自分だけ、髪の色が違う。目の色が違う。母親が違う。父親が違う。何もかも、違うことだらけ。それが、どれだけ辛いか、俺には想像もつかない。辛いということしかわからない。どうすればそれを取り除けるか、さっぱりわからなかった。だから、できるだけ距離を詰めることしかしてこなかった。兄として、妹を可愛がることしかできなかった。そんなことをしたって、冬乃の心の溝が埋まるわけでもないのに。単なる自己満足で、放置してしまった。
俺が何を言っても、多分何も変わらない。冬乃が、自分で乗り越えなければいけない問題なのだ、これは。
でも、それを支えてやることはできる。言葉をかけてやることで、少しは肩の荷を下ろしてやることができるかもしれない。それこそが、俺の役目なんじゃないだろうか。
「お兄ちゃん」
冬乃が、抱き着いてきた。高い体温が、布越しに伝わってくる。
「大好き」
その言葉とともに、俺の唇に、冬乃の唇が重なった。
「私、本気で狙うから。お兄ちゃんのこと」
状況が読み込めていない俺に、冬乃がそう言った。
「はは……」
驚きを落ち着けるために、そんな笑い声を息とともに吐きだした。
「一線、超えちゃったな……」




