十八話
「冬乃を返してもらいに来ました」
「そもそも彼女は私の娘だ。君のものじゃない」
「でも、あなたのものでもないですよね?」
飄々と俺は言ってのける。
「少なくとも、あの子の親ではあるよ」
「血の繋がりや書類上の関係が、そんなに大事ですか?」
「そりゃあ大事だろう。血の繋がりというものは、それだけで唯一無二のものだしね」
俺たち以外に誰もいない真っ暗なフロントに、声が反響して、反復して、何度も俺の耳に届く。
「なら、血の繋がり以外は、どうでもいいってことですか」
肯定されればそれまでだし、否定されれば、付け入る隙ができる。
「冬乃は君といるより、私といた方がいい」
俺の質問には答えてくれず、早川さんは若干主旨の変わった話題を取り出した。
「なぜですか?」
「私が、彼女の実の父親だからだ。今まで私からの愛を注がれなかったのだから、これからは優先的に注がれるべき、そう思わないか?」
「思いません」
即答した。この人は、何を言っているのだろう。全くもって、俺には理解ができない考え方だ。特に、母も父も、俺からはとうの昔に去っていった存在だから。親という存在のある意味も、なにもかも、俺には分からなかった。
「今まで、何もしてこなかったくせに、随分と虫のいい話ですよね」
「元妻に阻まれてきたからね。それに、君のお父さんの経済力があれば、私の援助など必要なかっただろう?」
無言でコクリと頷く。
「冬乃の気持ちはどうなるんですか」
冬乃は俺たちと一緒に居たいと言った。それが俺の持ち合わせる最後の手札だ。
「年頃の女の子というのは、どうにも父親を嫌う存在のようでね」
もっとも、それを尊重してくれるような親ならば、なのだが。
「年頃の女の子は兄も嫌うと聞いたんですが、冬乃は僕にべったりですよ」
それも、毎日一緒にお風呂に入るレベルで、だ。
「それは、冬乃と君の血がつながっていないからで……」
「冬乃の姉で僕の妹の夏花も、未だに肩車やらを要求してくるレベルで、僕のことが大好きですよ」
「それはそれでどうなのかな……?」
呆れられた。しかも敵に。しかしながら、全て本当のことなので、俺は何も言い返せなかった。よくも悪くも、俺たちは、すでに普通の兄妹ではないのだ。手にしている関係は、恐らく、おいそれと他人に理解されるようなものではないだろう。
ふーっと息を吐きだし、
「とにかく、僕は冬乃の兄です。夏花も冬乃の家族です。それも、あなた以上に長い時間を一緒に過ごした、唯一無二の家族なんですよ、僕たちは」
そうまくしたてた。誰になんと言われようと、俺たちは家族。血の繋がりはなくても、それ以上に強固なつながりなら、ちゃんと持ち合わせていると、早川さんに伝えたのだ。
「しかし、血の繋がりというのは……」
心の中で舌打ちをした。これで折れてくれればよかったのに。
「冬乃が、血の繋がりよりも、僕と夏花との絆を選んだんです。それを、尊重してやってください」
何度も何度も、繰り返し訴える。何時しか、相手の方が折れてくれるのではないか、という淡い希望を込めて。
「しかし、彼女はまだ子供だから、正しい判断ができていないだけで、本当は私と過ごすのが一番のハズだろう?」
そこで、俺の中で何かが切れた。俺は、日山冬乃という人間を、ずっと見てきた。誰よりも、冬乃の母親よりも、夏花よりも。俺は、冬乃の兄として、そのすべてを見守ってきたのだ。俺は誰よりも、詳しいのだ。冬乃という人間について。だからこそ、その言葉は、許せなかった。
「「子供だから」?「正しい判断ができない」?ふざけるのもいい加減にしろ。冬乃は、誰よりも大人だ。朝もすぐに起きてくれる。陸上部のマネージャーも、頑張ってやっている。毎日家族の分の夕飯を作っている。自分よりも他人のために頑張れるあいつを、何も知らないお前が、そんな言葉で汚すんじゃねぇ!!」




