十六話
黒いタクシー。ナンバーは不明。それが今ある唯一の情報だった。
実はこの展開は、想像の範疇だった。だからこそ、夏花には冬乃を見張っておくように頼んでおいたのだが……。
部活中、大会へ向けての練習もあるし、ずっとは見張ってられない。例えば、走るときは前を向かなければいけない。だが、冬乃が100メートル走のタイムを計ったあと、気づいたら冬乃はそこにおらず、顧問に聞けば父親が迎えに来たそうだ。俺たちの、書類上の親は今日本にはいない。情報が古くなければの話だが、この話には信憑性が持てると思う。確証はないけれど。子供の勘というものだ。
冬乃を迎えに来たのは、冬乃と血縁関係にあるだけの父親ということになる。
「とりあえず、俺は中学校に向かう。夏花は父さんに電話してくれ」
冬乃がスマホを持っていればGPSが使えて楽だったのだが、残念ながら誘拐現場が学校ということで、中学生は持ち込みすら禁止されている。なので、今できることは、無意味に学校の周りをぐるぐると回ることだけだった。
夏花の顧問からは何度も謝られたが、実際にあの二人には血縁関係があり、さらにはこの人は外部の人間であり、夏花や冬乃が姉妹ということくらいは知っていても、血のつながりがないことまでは知らないようなので、仕方のないことだったと思うが……。
タクシーを使うほどなのだから、そこそこ距離のあるところに行ったと思われるが、距離があるということはつまり、具体的な捜査範囲が決まらないということでもあり、恐らく冬乃は合意して乗車したはずなので、誘拐として届けることも出来なさそうだ。なんども言うが、一応早川さんも、親ではあるのだし。例え親としての体を成していなくても、ただ血がつながっているというだけで親として認められてしまうのは、どう考えてもこの世界のバグだ。いの一番に直さなければいけないバグだ。
……なぜ、冬乃は早川さんについていったのか。
それが頭の中を占めている、大きな疑問だった。
冬乃は早川さんに対して、苦手意識を持っていることは間違いないだろう。だから、自分からついていくのは考えにくい。だが、結果として、冬乃は早川さんと共にタクシーへと乗り込んで、どこかへ消えていった。
「まさか……」
嫌な考えがよぎった。でも、それしか考えられなかった。
慌てて、夏花へと電話をかける。流石は俺の妹というべきなのか、夏花はすぐにでた。
「冬乃のスマホの着信履歴を調べてくれ」
俺が焦っていれば、夏花も不安になるだろうと思い、出来るだけ冷静に、淡々と言った。
「……朝、お父さんから電話が来てたみたい」
「やっぱりか……」
俺の推測でしかないが、冬乃は、知ってしまったのだろう。自分が、もう日山ではないことを。書類上では、すでに自分は、「早川冬乃」になってしまっていることを。
「あいつ、なんで黙ってでていくんだよ……」
きっと、心配をかけたくなかったのだと思う。夏花にも、俺にも。誰にも言えなかったのだと思う。けれど、それを許していいものか。
「妹に心配かけられんのが、俺の役目だろうがぁぁぁぁぁ!!」
気づいたら、走り出していた。
中学校を過ぎ、あまり見慣れない街へ入っても、足を止められるなかった。宛がなくても、走るほか、この感情をぶつける方法が、分からなかったから。
冬乃のいない生活なんて、耐えられない。
想像しただけで、ぞっとする。
必ず、見つけ出してやる。妹を叱るのは、兄の役目だろうから。




