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六話

 結局、俺の背中に乗ったまま眠ってしまった夏花(なつか) は、家についても一向に目を覚まさず、そのまま翌日を迎えた。

 午前5時。いつもの俺の起床時間である。

 窓から差し込む弱々しい太陽の光を浴びて、まずは俺の部屋とは反対側にある洗面台へと向かう。

 冷水で残った眠気を覚ましたら、俺が寝ている間に回されていた洗濯機の中から、湿った布を次々に取り出し、籠に乗せて、3階よりもさらに上にある、屋上へと持って上がった。晴れの日は、いつもここで干している。雨の時はそもそも洗濯すらしないこともあるのだが。

 一通り干し終わると、伸びをしてから次はリビングへと降りていく。途中で目に入った時計は、5時半を指していた。


「おはよ」


 リビングのとなりにあるキッチンには、すでに人が立っていた。夏花も冬乃(ふゆの) も、この時間はまだ寝ている。両親はもとよりこの家には住んでいないので、我が家とは完全に血の離れた人間ということになる。

 エプロンを着ているポニーテールの少女の正体は、二軒隣に住む幼馴染、春野雅(はるのみやび) だ。数年前から、毎朝日山家の朝食を担当している。不思議なことに。料理は美味しいし俺の負担も減るので、なんの文句もないのだが、あまりに自然すぎてなぜここまでしてくれるのかを、すっかり聴く機会を失ってしまっているのだ。


「毎朝助かる」


 この挨拶の仕方も、もう日課のようなものだ。そしてその日課の続きとして、俺は雅の横に並び立つ。昼食、もとい弁当は俺の仕事だ。朝食の代わりに、雅の分も作るのでたっぷり4人分。

 昨日のうちに仕込みをしておいた鶏肉を高温の油で揚げ、キャベツを切った。プチトマトを色味の調整として乗せて、最後に卵焼きを押し込む。俺の作る弁当は、大体毎日こんな感じだ。妹たちにも好評なので、変えるに変えられない。

 ここまでにかかった時間は約30分。そろそろ午前6時、ぐっすり眠っている妹たちを叩き起こさねばならない。こればかりは誰にも譲らない、俺の一番大事で大好きな仕事だ。

 まずは可愛い次女、冬乃から。


「冬乃、朝だぞ」


 本来頭を乗せるべきであろう枕を、ギュッと抱いている(本人曰くこれを俺だと思うと安心して眠れるらしい)冬乃のほっぺをつんつんすると、むにゃむにゃて口を動かしながら、ゆっくりと覚醒してくれる。


「お兄ちゃん……」


 まだ意識がはっきりとしていないようで、呟きながら冬乃は夢の世界へと帰ろうとする。

「頭撫でてやるから起きろ」

 まあ、起きても起きなくても撫でる時は撫でるのだが。1日に30回くらいは。それが100回ほどになるだけだ。大差はない。

 その言葉に反応して、冬乃はガバッと起き上がった。


「起きた。撫でて」


 意識も、はっきりしている。しすぎているくらいだ。眼光が光って、今すぐにビームとか出そうなレベル。


「よしよし、偉いな〜」


 そんな冬乃を甘やかし(甘やかしているのもいつものことなのだが)、頭をなでなでしてやる。冬乃の顔が蕩けていくのを見ると、俺まで幸せな気分になってしまう。無論、妹たちといるだけで俺は幸せの最上級に位置するので、その最上級からさらに一段上の幸せにたどり着くという意味だが。

 ちゃんと起きた冬乃をお姫様だっこでリビングまで降ろし(これも日山(ひやま) 家では日常の風景である)、俺は次なる可愛い妹を起こしにいく。今度は長女の方だ。


「夏花、朝だぞ」


 冬乃の時と全く同じセリフで体を揺する。しかしこちらは、何の反応もなかった。

 夏花は眠りが深いのだ。一度眠ると、なかなか起きない。昨日は夜だったのでそのまま寝かせることにしたが、しかし今は朝、学校がある。受験生である妹を、眠っているからという理由で休ませるのは、妹を思いやれない兄の所業だろう。本物のシスコンこと俺は、起きるまで起こすという選択をとる。


「夏花、起きないと悪戯しちゃうぞ」


 さて、どんな悪戯をしてやろう。油性マジックで顔に落書きは可哀想だし、かといって唇を奪うなどの性的な悪戯は厳禁だ。冬乃に合わせる顔も同時に失ってしまう。


「今日も朝練だろ?早く起きないと遅れるぞ」


 悪戯が思いつくまでの間にも、こうして声をかけ続ける。しかし、ピクリとも動かない。


「もう二度と一緒にお風呂入ってやらないぞ」

「それは嫌」


 起きてしまった。せっかく脇腹をくすぐってやろうと思ったのに。兄への愛が強すぎる。そんなところも可愛いのだが。

 寝起きの可愛い顔を脳裏に焼き付けてから、ぷにぷにのほっぺを引っ張ってみる。程よく焼けた肌が、餅のように伸びていくのがとても可愛い。


「ほら、朝ごはんの時間だ」


 今日もまた、いつも通りの日常が、始まる。

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