九話
翌朝、父さんから着信があったことに気が付いた。朝は忙しく、出る時間がないので、放課後に掛け直すことを心にメモして、学校に向かう。
カタンコトンと揺れる車内は、暑さ対策の為なのかひんやりと冷房が効いていて、少し肌寒い。暑かったり寒かったりで、季節の変わり目ということもあり体調を崩しそうで怖い。現に少し前に崩してるし。通学のための電車内で体調を崩しては元も子もない。
しかしあの時の夏花も可愛かった。何時にもましてと言うといつもがそこまで可愛くないかのような口ぶりになってしまうが、普通の人類の可愛さを1とすると普段の夏花は10000、看病をしてくれる夏花が12000になってしまうだけの話だ。愛しの妹たちに看病してもらえるなら、倒れるのもありかもしれないが雅に負担はかけたくない。家事をおろそかにするのはNGだ。なので、もう少し踏ん張るとしよう。
電車を降りると、潮風が強く突きつけていた。ここから徒歩で行ける距離のところに海があるので、潮が強い。女子としては、困りどころなんじゃないかと雅の方を見ると、
「台風、近づいてくるらしいね」
俺の心配を交わして、別の心配をしていた。しかし、これも大問題である。確か、家を出る前に見たテレビでもやっていた。今週末あたりに日本にぶち当たると。まだまだ6月なので季節的には少し早いが、自然というのは突然災害をもたらすもので、そこに俺たち人間の意思や都合など関係ない。今まで地球を散々破壊してきた人類への報復だろうか。だとしたらもっとやってもらっても構わないが、俺と夏花と冬乃とその生活のための必需品を供給してくれている人たちは裸でローリング土下座を決めるから見逃してほしい。それ以外は何万人だろうが何億人だろうが、好きにいたぶってもらっても構わないから。
「わざわざ休みの日を狙ってくるとか、学生にとっては空気の読めない存在だよな」
予報では日曜日の午後。勢力を強めて、地面を抉るように通り過ぎていくのだ。昔は周りの様子に一喜一憂していたものだが、今となっては学校を休む口実以外には用いられない。あんなもの、後片付けが大変なだけじゃないか。
故に、休日の台風は悪。この世の唯一の絶対悪と言っていい。学校も休めず家も近所も荒れ放題。ゲームだったら裏ボスレベルの手強さだ。なのに、なんの報酬もない。こんな理不尽なこと、あっていいのだろうか。いや、いいはずがない。台風を許すな。せめてあと二日早く来い。金曜日が休みになれば、みんなさぞかし喜ぶことだろう。
途中から声に出ていたようで、雅はあははと笑った。笑い話じゃないのだが。死活問題なのだが。
「ほんと、秋都は普通じゃないよね」
いつだったか、少し前にした話を掘り返してきた。確かに、高校生の話すような話題ではないと思うが……。しかし、笑われるのは心外だ。
「シスコンなのもそうだし、夏花たちのブラコン度もおかしいし、なんかもう、全部、変」
笑い声は無くなっても、雅の顔には笑顔が溢れていた。
「でも、私はそんな秋都が……」
不意に、雅が立ち止まった。声は小さい。なのにはっきりと耳に届いた。何かを必死に訴えるような、そんな声だった。
後に続く言葉は分かっていた。ずっと前から、理解していた。雅は俺に、そういう感情を抱いているのだと、はっきりと認識していた。
「あ、ちょ、秋都!!?」
だから、俺は走った。雅の叫び声も無視して、可能な限り早く、足を動かす。一度立ち止まった雅は追いつけないだろう。高校生男児の全力疾走。学校まで、ノンストップで走るしかなかった。いや、学校まで行っても、立ち止まればすぐに雅は追いついてくるだろう。それはダメだ。先ほどの言葉の続きを聞いてしまうことになるかもしれない。それだけは避けたかった。
一度でも伝えられたら、もう二度と、元には戻れないかもしれないから……。




