自分の話
常に最新作が最高傑作と言い張っている僕ですが、これはもう、文句ナシの最高傑作です。
妹という存在がいない僕だからこそ書ける、シスコンラブコメ、とくとお楽しみあれ。
桜が舞うのを見て、春の訪れを感じてから約二か月、今日も学校内はいつも通りだった。
朝から運動部の声は耳障りだったし、廊下を歩く上級生の女子の先輩はぺちゃくちゃと喋りこけている。
まったく、いつも通りだ。学校があれば毎日見る光景だし、すでに一年、いや、中学生の時からこの感情は抱いていたので四年ほど見て、少々この日常には飽きてきている。まあ、どんなにいつも通りの日々だろうが、そのうち何かしらの災難、あるいは幸福が降ってくるだろうと俺は信じているので、それを気長に、だれもが過ごす、日常ってやつを謳歌してみようか。
「先輩、さっきから何ぶつぶつ言ってるんすか?」
窓の外から潮の匂いを運んでくる風は、今日は少し冷たい。ブレザーを脱いでいる今は肌寒さを感じるが、着れば暑いだろうなという想像のもと、そのままほとんど惰性で読んでいるようなミステリ小説のページをめくる。ページ数に目をやると、今読んでいるのは128ページ。あとがきのページまでパラパラとめくると、そこには360と表記されている。あと半分程度。部活の終わる6時頃には、ちょうど読み終わるだろうか。
「おーい、せんぱーい」
「諦めた方がいいよ、光 。秋都 はさっきから考え事してるみたいだから」
「エッチなことっすか?」
「正常な男子高校生なら、そうだろうけど」
「秋都くんは普通って感じじゃないからなぁ」
「さっきから好き勝手言われてるけど、俺、本読んでるだけだから」
はじめに話しかけてきたのは、数週間前に入部したばかりの一年生、郡山 光。ほぼ毎日うざがらみしてくるような、うざめの後輩。うざいので永遠に黙っていてほしい。
それに呼応したのは、幼馴染の春野雅 だ。何年もいっしょにいるが、正直言って未だに性格がつかめない。母性溢れるくらいしか、俺には言えない。10数年いっしょに過ごしているのに、相互理解への道のりは遠そうだ。
俺を普通じゃないと言い張ったのは、我らが部長にして生徒会副会長。頭脳明晰高身長。かなりモテるのかと思えばそうでもない。謎の人種、氷堂玲 。ナチュラル毒舌で無意識に他人を傷つけまくるいわゆるクソ野郎。
今日も俺が所属する青春研究部なる謎の部活はいつも通りである。適当に読書をしていたら誰かしらが話しかけてきて、それにまた誰かが反応していく。延々と教室の休み時間のような光景が繰り広げられるだけの、存在意義の感じない部活動だ。
何故俺がこの部活に所属しているのかというと、この学校では部活動というのはちょっとしたステータスになるからだ。部活があるというだけで、教師からの雑務の押し付けを免れることもあるし、部活があれば何かしらの実行委員の参加も、優先的に拒否ることができる俺としては、ただなにかをしてるだけでそれ以上のメリットが帰ってくるものに、参加しない手はなかった。
この青春研究部なる奇妙な部活動を見つけたのはたまたまを二乗したのかと思うくらいには偶然の出来事だった。
一年前、俺がちょうど入部したときのことだ。新入生歓迎祭、またの名をただの部活動紹介。それが終わった後に配られた、校内マップを見ながら校内でどこが安全で静かなのか、それを一人で放課後に確かめていた。
その過程で、一年校舎から見て最果ての地、北館三階の廊下の突き当りを訪れた。
窓は空いているのに、ほとんど無風で、正門から見てこの学校の中では一番遠い場所、すなわちものすごく静かな空間だった。
そこから帰ろうとしたときに、不意に扉が開いたのだ。中から出てきたのはもちろん氷堂先輩。曰く、三年生が卒業してこの時の所属者は先輩ただ一人だったらしい。
何をしても自由という公約のもと、俺はこの部活に入った。三人未満の場合は廃部の可能性があるらしいので、雅を引き連れて。
「でも、どうせ秋都真面目に本読んだりしないじゃん」
長々とした頭の中での独白は、雅のそんな文句でさえぎられた。
「活字なんざ真面目に読んだらいくらエネルギーがあっても足りん。こういうのは娯楽だと思って軽く流すから楽しめるんだ」
そういって独自の見解を返すと、
「たまには真面目に読んでみるのも面白いぞ。なんせ、元から面白く書かれてるもんなんだからな」
と、謎の言葉が氷堂先輩から返ってくる。
「なら、真面目に読むだけの気力と体力をください」
「やる気があれば問題なし」
「やる気がないので問題が進展しません」
「やる気なんて物は始めたら勝手についてくるんだよ」
一体、その始めるためのやる気はどこにあるというのだろうか。
「まあ、気が向いたら真面目に読んでみますかね」
そんな風に適当に会話を切って、本に視線を戻す。これ以上誰とも会話をする気はないという意思表示だ。
「せんぱーい、もっとかまってくださいよー」
だがしかし、この頭の狂った部活動のメンバーにそんな行動は無意味なようで、俺の意思は無視して、話しかけてくるやつがいる。郡山だ。
「うるさいから二度と話しかけるな」
「二度と!?」
「俺はお前が生きている限り関わる気はない」
「行ってるそばから一応の関わりは持っているんですが」
「これは僕の独り言だからセーフだ」
「随分と変わった独り言ですね」
「独り言だからな」
「なるほど、先輩さては頭がおかしい人ですね」
それは否定しないが。否定材料が一切ないが。だがしかし、出会って一ヶ月経つか経たないかの先輩に対してこの態度は、目の前の頭のそうな少女の将来が心配だ。
「秋都くんの頭がおかしいのは周知の事実だからねぇ」
「私も同感」
満場一致で俺の頭がおかしい事は証明された。
これ以上読書を続けても、誰かしらの邪魔が入ると思うので、静かに本を閉じた。どうせ内容は殆ど頭に入っていないし、しおりは挟まない。これで明日も初めから読めるだろう。一冊を読み終えることなく、延々と冒頭から読んでいく。これで無限に時間がつぶせる。退屈な学校での、正しい過ごし方と言ってもいいんじゃないだろうか。
「だがしかし秋都くんよ。一冊を読み終えないってなんか……悲しくないか?」
「何がですか?」
「本っていうものは読み終えるためにあると僕は思うんだ」
この人はたかが本に対して、なぜこんな持論を展開できるのだろうか。まったく、不思議でならない。
「その心は?」
最後まで聞いておかないと後々鬱陶しいので、それなら早く終わらせた方がいいだろうと続きを促した。
「物語というものは、起承転結で構成されている」
小学校高学年くらいで習った気がする、基本的な話の作りが言葉となって羅列されていく。この人はいったい、俺の学力をどの程度のものだと思っているのだろうか。少なくとも高校に進学している以上、それ以上とみるべきなんじゃないだろうか。
「結──つまり物語の結びだ。この結びを見なければ、物語の終わりを感じられないんじゃないだろう!!」
「物語の終わりを感じて何かメリットがあるんでしょうか」
「読後感が良くなる」
「なら必要ないですね」
「なぜ!?」
今はっきりと分かった。この人馬鹿だ。自分の考えを押し付けるだけ押し付けて相手を理解しようとしないタイプのクソ野郎だ。俺が一番嫌いなタイプの人間。この人の場合は……まあ、そこそこその他の部分の性格がいいからまだセーフだが。僕とは一生分かり合えなさそうな人類であることに変わりはない。
もっとも、そんな人類と分かり合えなくとも、俺の輝かしいであろう未来は少しも変わらないのだが。出会うたびに無視をすればいいだけの話だ。
「あ、そうだ先輩。明後日デートしませんか?」
今日は5月9日。木曜日だ。明後日ということは土曜日になる。
「無理だ」
「なんでですか?」
「学校があるからだな」
曲がりなりにも私立の高校であるこの学校は、土曜日にも勉学を強いるというクソみたいな方針をとっている。故に、土曜日も変わらず朝から学校だ。
「いえ、学校なら私もありますし……」
「よし、デートは中止だな」
双方学校という名の用事がある。これ以上議論の余地はないだろう。
「そうじゃなくて!!昼からです!!土曜日の学校は4限で終了でしょ!!」
自分の思い通りにことが運ばなかったのか、郡山は叫んでいる。いや、喚いているの方が近いか。
「仮に土曜日の学校が昼までだったとして、俺にお前とデートをするメリットがないだろう」
おそらく夜まで時間をこってりと搾り取られる。時間の無駄だ。家でゴロゴロしていたい。
「こんな可愛い女の子とデートができるなんて、メリットしかないと思いますけど」
自分が可愛いのは当然と言わんばかりに自信たっぷりだ。
「お前のどこが可愛いのか説明してみろ」
だがしかし、俺からすれば可愛げなんぞどこにもない女という感覚なので、そう返す。
「まず第一に、顔が小さい」
「ダウト。うちの妹の方が小さい」
「年齢がまず違いますからね!?」
「残念ながらお前とは一つしか違わない」
成長期の一年がどれほど大事がなど関係ない。こいつを言い負かすのが今の俺の使命だ。
「次に、ウエストが細い」
「ダウト。うちの妹の方が多分細い」
「……次に、性格が良い」
「どこがだ?」
今までで一番訳のわからないポイントだった。一度今までの自分の行動を振り返った方がいいんじゃないだろうか。少なくとも俺の前でこいつの性格が良かった事はない。全くもって皆無である。
「私のこと全否定じゃないですか!!」
「否定されるようなことを言う方が悪いだろ」
チラリと横を見ると、氷堂先輩と雅は優雅に紅茶をを飲んでいた。甘いクッキーも一緒だ。しばし見つめているの、雅の長い睫毛に隠されていた目と視線が交わった。その時に俺から何かを感じ取ったのか、雅はティーカップを一つ棚から取り出し、ガラスのせいのティーポットに茶葉とお湯を入れた。俺の分の紅茶を入れてくれているのだろうか。
「部長〜先輩がひどいんです〜」
一応部長こと氷堂先輩も「先輩」というくくりに入るのだが、郡山が「先輩」と呼ぶときは、少なくともこの場では俺のことを指す。
「うん、この場合は僕は秋都くんの肩を持ちたいかな」
「なんでですか!?」
「そりゃあ、まあ秋都くんの性格から考えれば、君の発言は秋都くんを悪者に仕立て上げ、その代償としてデートを決行するって魂胆が見えたからかな」
「バレてたんですか!?」
雅の入れた熱い紅茶をすすりながら、時計を見る。
カチコチと古臭い音を立てるそれは、午後5時45分を指していた。部活終了まで、あと15分ほどだ。
先ほどまで生暖かい空気を海から運んでいた風は、気が付けば少し肌寒いくらいの温度になっていて、時間の流れの速さを感じる。不思議なものだ。昔は、一日どころか一分一秒が、永遠のように長かった。それがいつの間にか、「気が付けば終わってる毎日」に変化している。
「光、おうちデートなら私が鍵貸してあげられるけど」
「ぜひよろしくお願いします!!」
「おいそこの幼馴染。俺が鍵を渡した相手はお前でありそこのアホなクズじゃないんだが?」
雅のやつ、俺の家の鍵を持っているのをいいことに、後輩からの株を上げようとしてやがる。クズの仲間入りでもしたいのだろうか。
「私に所有権のあるものを私がどう扱おうと自由」
何ともまあ、自信たっぷりにのたまいやがる。
鍵を取り返したところで、困るのは俺なのでそんなことはしないが。
紅茶を一口すすると、冷めて飲みやすい温度になっていた。もうすぐ下校時刻なので、一気にのみほす。
「いや先輩なにのんきにクッキー食べてんすか。私とのデートの約束はどうなったですか」
砂糖のまぶされた、おそらくストレートティーに合わせて作られたクッキーをゆっくりと咀嚼して、しっかり味わってから飲み込んだ。
「俺の中ではそれはしないという決議がなされた」
「再審を要求します」
「却下されました」
「取り付く島もなしですか!?」
「甘いな、高校生たるもの取り付く島くらい自分で見つけてみせろ」
「後輩なんだから少しくらい甘やかしてくれてもいいじゃないですか!!」
俺に後輩を甘やかす趣味はない。
「この部室で甘いのは、クッキーだけで十分なんだよ。俺まで甘かったら、飽和しちまうな」
時計の針が上下に広がったのと同時に響いたチャイムの音を聞いて、俺はクッキーを一切れ口に頬り込んで、足早に部室を出た。
学校から駅まで、ゆっくり歩いて徒歩8分。そこから電車を2分待って6時10分着11分発に乗り込み、悠々と座席を確保する。隣には、駅まで歩いてくる途中に追い付いてきた雅がいる。家の最寄り駅につくまでが13分、改札を抜けるまでに1分を要する。自宅まで、市街地を5分ほど歩く。
右腕に巻かれた腕時計が、ちょうど6時30分を示すころ、俺は生まれてからずっと住んでいる、日山 の表札が掲げられた自宅へと帰ってきた。雅はそこから二軒先のオートロックの分譲マンションに入っていった。
家の中よりも外が好きな、かといって放し飼いなのに家の敷地から出ようとしない、庭で一日中ゴロゴロしている飼い猫を横目に、玄関に取り付けられた鈴を、勢いよく鳴らして家の中へと入った。
玄関を入ってすぐ右に曲がったところにあるリビングに入ると、最近ブレークしているらしい三人組のお笑いトリオが、すっかり見慣れたネタを披露している、作り笑いか天然なのかは知らないが、スタジオとその客席からは大きな笑い声が聞こえている。現在確認できる限りの視聴者は、一切笑っていないけれど。
「夏花 、そんな体勢で座っちゃだめだ」
3人掛けのゆったりとしたソファに腰かけるのは、妹の夏花。制服のままなところを見ると、学校から帰ってきてさほどの時間はたっていないのだろう。父は夏の花とかいて「ひまわり」と呼ばせたかったそうだが、母の「ひまわりにはちゃんと漢字があるのを知らんのかボケ」という一言で、読み方はそのまま「なつか」となった。
俺が夏花の座り方について指摘すると、一瞬にして、夏花の姿が見えなくなった。
直後、ドスンという音とともに、俺の体に衝撃が走る。それと一緒に、柔らかい感触が服越しに伝わってきた。
先ほどまでソファに座っていた夏花が、俺をがっちりとホールドしているのである。
「兄ちゃん、おかえり!!大好き!!」
俺の頬に顔をこすりつけながら、夏花が大声で叫んだ。絵面的には完全に犯罪者だ。
そう、この妹、重度のブラコンである。
昔誕生日にあげたひまわりの髪篝を、学校はもちろんお風呂にまで、さらには寝るときすら外さないレベルの。夏花曰く「一秒以上兄ちゃんが感じられなかったらあたしは死ぬ」だそうだ。死なれては困るので、ろくな注意もできない。
そして俺は、
「夏花~お兄ちゃんも会いたかったよ~よしよし今日も夏花は可愛いな~よし、今日は一緒にお風呂に入ろうか!!」
「うん!!やったぁ!!」
抱き着いてきた夏花の柔らかく、しかし運動部の証である健康的に筋肉のついたからだを、全力で抱きしめ返した。
そう、夏花がブラコンであるのと同様、俺もシスコンであった。おそらく宇宙最大規模の。
抱きしめながら、全力で頭をなでなですると、夏花はニコニコと笑顔でいてくれる。マジ天使。いや。天使どころの騒ぎではない。別の世界線も含めた中で、一二を争う可愛さだ。
一しきり夏花を抱きしめた後、とりあえず着替えようと、玄関から見てリビングとは反対方向にある階段を上った。
そこから真っ直ぐのところが、俺の部屋である。いくら俺がシスコンだからと言っても、さすがに部屋は別々なのだ。
部屋に入ると、外は暗いのに、不自然な明かりを感じた。と言っても、俺の部屋の電気が付いているわけではない。
「冬乃 ―!!お兄ちゃんが帰ってきたぞー!!」
みなさんもお分かりの通り、隣の部屋との壁の境目がないのだ。正確には、俺がぶち壊した。
俺の部屋から見て、右側が夏花の部屋、そして左側が、夏花よりも下のきょうだい(と言っても学年は同じなのだが)、冬乃である。
俺の大声で、隣の部屋に敷かれた畳でゴロゴロしていた冬乃が、長くて真白な髪を体に巻き付けながら、こちらに転がってくる。
その行く末を見守っていると、最終的には俺の両足に、腕を絡ませてきた。可愛い。さすがは夏花とともに可愛さ選手権で優勝を争っていることだけはある。間違いなくこの二人のうちのどちらかが優勝だ。そしてもう一方は準優勝、もしくは同率一位もあり得るかもしれない。いや、考えれば考える程、同率一位以外はありえない。二人とも可愛すぎるから。
「お兄ちゃん、おかえりなさい。私にする?私にする?私にする?それとも私と夏花?」
「最後の選択肢以外を選ぶやつはお兄ちゃんじゃねぇ」
そんないつものやり取りをして、冬乃の髪を撫でに撫でた後、制服のボタンをはずし始める。
着替えが終わると、一目散に冬乃の胸の中に飛び込んだ。
見た目こそ慎ましいが、中学三年生の胸はしっかりと育っており、ほのかな柔らかさを感じる。
夏花と違って、とことん細い肉体は、腕の中に収めるにはちょうどいい。約15分抱きしめあったのち、我が家の晩御飯の当番である冬乃は、名残惜しそうにキッチンのある一階へと降りていった。
後ろ姿まで可愛いのは反則級だが、可愛いためそれも許されるだろう。可愛いは正義である。すなわち俺の妹たちは正義。まさにジャスティスだ。
これが俺の日常。どうだ、素晴らしいだろ?誰もがうらやむような可愛い妹たちに囲まれて、キャッキャうふふな毎日を過ごしている。
きっと、俺以上に幸せな毎日を送っている奴は、どの世界線をめぐっても、どこにもいないだろう。