プロローグ:外れスキル
俺の名前はアレル・ウォルティーゼ。辺境貴族の次男として生まれた。十五年前に日本から転生し、二度目の人生を満喫している。
「誕生日おめでとう、アレル!」
「ありがとう、リア」
朝早くに日課の素振りをしていると、リアに声をかけられた。リア・ウォルティーゼ。生意気な彼女だが、今日ばかりは素直なご様子。
金色の美しい髪に、サファイアのような蒼い瞳。胸は平均よりずっと大きく成長していて、最近は目のやり場に困ってしまう。彼女を一語で言うと、『めちゃくちゃ可愛い』。……おっと、二語になってしまった。やっぱりリアを表現するには一言じゃ足りないな。
そんな彼女がどうしてご機嫌なのかというと、今日が俺の十五歳の誕生日だからだ。
この世界に生きる子供にとって、十五歳の誕生日は特別なものなのである。教会に置かれている精霊石に触れることで、神様から特別なスキルを得ることができる。
戦闘に優れたスキルほど評価が高い。貴族にとってどのスキルをもらえるかは時に家の力を左右する。
「教会にはいつ行く?」
「素振りが終わったらすぐに行くつもりだよ」
「わかった!じゃあそこで待ってるから早く終わらせてよね!」
「へいへい」
俺はリアに見守られながら、千回のノルマをこなし、教会へと向かった。
◇
教会に入る直前で、足を止めた。
古めかしい……じゃなくて趣を感じる教会の周りには人気が無い。中には神官などがいるはずだが、平日の昼間から教会に行く者は少ないのだ。
「ここからは俺一人で行かなくちゃいけない。一人で待てるか?」
「待てるよそのくらい! 子供じゃないんだから!」
「それを聞いて安心した。じゃあ、ちょっくら見てくるわ」
「あっ……待って」
「どうした?」
リアが俺の服の袖を引っ張って引き留める。
「……ちゃんと帰ってきてね」
「どうした? 急に」
「貴族にとってスキルはとても大事なもの。良くないスキルが当たった子供は、行方がわからなくなることがあるって」
「大丈夫だ。俺は特別だから、絶対に当たりスキルを引く」
「それならいいんだけど……」
「じゃあ、もう行くぞ」
俺はリアの手を剥がし、教会の扉を開いた。
「……ぜ、絶対! 絶対に超絶レアスキルを当てて帰ってきなさいよねっ!」
「ああ、期待して待ってろ」
フラグが立つようなやり取りだったかもしれない。でも、スキルを貰う前の少年は例外なくこうなのだ。根拠の無い自信で自分だけは特別だと思い込む。……とはいえ、俺だけは特別なはずだ。
なにせ、俺は異世界からの転生者なのだ。きっと神様が気を利かせて有用なスキルを授けてくれるに違いない。……楽しみにするとしよう。
俺は閑散とした教会に足を踏み入れた。
教会の中に入ると、真っ先に気づくのは最奥にある女神像だ。この女神が持つ精霊石に触れることで、スキルを授けられる。
内装は中世ヨーロッパの一般的な教会といった感じだが、古い割には掃除が行き届いでいる。
「おや、アレルお坊ちゃんではありませんか」
中にいた神官が俺に気づいた。ウォルティーゼ家はこの辺境の村を治める貴族だから、その次男である俺も村の人には知られている。
「今日は十五歳の誕生日なんです。それで、スキルを頂きに来ました」
「なるほど、それはおめでとうございます。……それにしてもアレルお坊ちゃんが成人とは早いものですなぁ。良きスキルに恵まれることを祈っております」
「ありがとうございます。……では、早速頂きに行きます」
俺は教会の奥までゆっくりと歩いていき、女神像の前で立ち止まる。
青い精霊石に手の平で触れ、変化を待つ。
頭の中に何者かの声が響いてくる――。
『……アレル・ウォルティーゼ。汝はスキルを欲するか?』
ここで肯定すればスキルを与えられ、否定すればスキルを貰うことはできない。
「俺はスキルが欲しい。大切なものを守れる力を!」
『……汝の希望に答えよう。『盗賊』と『鍛冶』二つのスキルを使えばそれが叶うだろう――」
謎の声はここで終わった。身体の中に不思議な力が入ってくるのがわかる。
このスキルは、リセットすることができない。十五歳で与えられたこの力と一生付き合っていかなければならない。
「……クソッ!」
俺はその場で思い切り地面を蹴った。
……俺に授けられたスキルは、いわゆる外れスキルだった。
通常貰えるスキルは一つ。稀に二つもられることがあり、俺は後者だった。……だが、その二つともが外れスキルだったのだ。
貴族にとって大事なのは、戦闘で使えるスキルだ。武力こそが貴族にとってのステータスであり、その武力は授けられたスキルによって大きく違ってくる。
『盗賊』と『鍛冶』……どう間違っても戦闘で使い物になるはずがない。特に『盗賊』。貴族が盗みをしろというのか?
こんなスキル……あっても意味がない!
俺は怒りに震えた。大見得を切って当たりスキルを引いてくるとリアに宣言した。家族だって、俺が良いスキル……とまでは言わなくても、普通のまともなスキルを得ることを期待しているに違いない。
俺はみんなの期待を裏切ってしまった。
強くなるために、幼い時から毎日自分を高めていた。毎日続けていた素振りだって、好きでやっていたわけじゃない。全てが無駄になった。
もう家族に、リアに合わせる顔がない。
涙が溢れてくる。同時に、やり場のない怒りに震えた。
俺の貴族としての人生は完全に終わったのだ。