遥かなる血と夜と
風がただそこにはあった。
甘ったるい闇があたりを包む。
微かに揺れる木々と、高らかに光る星々が時の流れを忘れさせていた。
満月の夜。
底知れぬ力に満ち溢れた静けさ。眼前に広がる無限の緑。
遥か彼方より鎮座している大岩に立ち、その者は声を震わせた。
その声は幾重にも重なり、周りの風たちを巻き込み、雷鳴の如く主張し深淵なる森を駆け抜けた。
k県k市は、数年前に政令指定都市になった勢いのある中堅都市だ。
若者で活気づく繁華街には日本最大級の大型アーケード。迷路のように入りくむ路地裏は、夜になれば大人の街となる。
街の中心部にシンボルのように立つ、築城400年を越えたお城が人々の誇りであった。
自然も豊かで、海や山のレジャーにも事欠かない。
また、ご当地キャラの「ベアもん」が全国的に有名になった。
その人気は国外にも広がり、外国人観光客の増加に一役かっていた。
ただ、交通の便がやや悪く、車社会の都市部では万年渋滞をひき起こしていた。
「ったく、また渋滞かよ、、、」
車のラジオからは、今日もひどい暑さになるとアナウンサーが絶望的に伝えていた。
呟く俺は、湯脳聖歩【ゆのうせいほ】31歳独身狼男そして探偵。
そう、狼男。
狼男と言っても変身はしない。できないと言った方が正しいのかもしれない。西洋の狼男とは違う。映画に描かれてる狼男なんて嘘。ウソ。うそ。
先祖代々狼男の家系である俺は、ありきたりだがもちろん特殊能力がある。
それは、鼻がきく事。耳が良い事。暗いところでも見える事。
これだけ。
そう、健康優良児に毛がはえた並の能力。
それでも、今の仕事には便利だから別に不満はない。
探偵を始めて4年が経とうとしていた。
まぁ、この探偵は家業みたいな物で。先祖代々いつの時代でも生業としている。
【湯脳探偵事務所】これが現代での正式名称。
ペットの捜索、浮気調査等々ありきたりな仕事が依頼される。こう見えても、そこそこ給与は良い。
今日の依頼は、若い女からだった。
詳しくは会って話したいとの事だったので、待ち合わせのコーヒーショップに向かっていたがこの様だ。
そしていつもの特技だ。携帯の着信を知らせる数秒前に着信がわかるという能力。多分、電波の周波数をキャッチできるのだろう。ただしメリットは無い。だからいつも携帯はサイレントモードになっている。
「おい!この渋滞をどうにかしろよ!」
「、、、いきなり、なんなんだよセイホ」
「こんな道路にしたお役所には責任があるだろうが」
電話の相手は、笹塚志音【ささづかしおん】31歳独身熊男そして公務員てか市議会議員。
そう熊男。
熊男と言っても変身はしない。できないと言った方が正しいのかもしれない。
実は熊男の家系と狼男の家系は犬猿の仲であった。例えも動物だと混乱しがちだが、正しくは昔の話である。
祖父の時代にその何世紀にもわたる激しい争いに終止符がうたれた。
どういった理由でそうなったかは知らない。
全国に狼男の家系は、もううちの湯脳家親族しかいない。熊男の家系も笹塚家親族と北海道に一件あるだけと聞いている。どちらにしても、絶滅危惧家系には間違いないのだ。
「だからなんだよ用件は」
「今朝の事件聞いたか?」
「事件?すまん、寝坊したから見てないねー」
「バラバラの死体が見つかったらしいぞ」
「ほぇー、どこで?」
「銀峰山【ぎんぽうざん】の奥で」
銀峰山はk市の繁華街から西へ15km程の所にある。
「案外近けぇなー、で?」
「それが普通じゃない様子らしい」
「普通じゃない?」
「八つ裂きにされたみたいなんだ、、」
「何か知らないかと思ってな」
「まぁ、八つ裂きか、、普通じゃないな、、てかなんで俺なの?まさか、うちら疑ってる?」
「そ、そういう訳じゃないが、、」
「いつも熊達は疑ってかかるからなー」
「、、熊とか言うな、、、誰かに聞かれたらどうする」
「ははは、聞いていても誰も信じねぇよ」
「先生が熊なんて誰も思わないですよ、ねぇ先生」
「お前が、先生と言うと悪意を感じる」
「何をおしっしゃいますか、ベアもんヒットさせた張本人の先生ですもんもん」
「いい加減やめろ」
「熊が熊のキャラクター作って、、、クックックックッ笑」
「わかった、何も知らないみたいだなそれじゃ、、」通話は途切れた。
コーヒーショップ【ハロ】は、知る人ぞ知る名店だ。
k市の繁華街のアーケードから一本、道に入った細い道路沿いに面しており、知らなければ通り過ぎてしまうくらい地味な入口だった。
珍しい金色のコーヒーは、飲む者を虜にする。
白髪の70過ぎの寡黙なマスターが、一心不乱に紡ぎだす極上の時間。
もちろんマスコミの取材は受けない。
かの米国の政府関係者がお忍びで来てるとか来てないとか。
湯脳もここの店がお気に入りだった。