1
タイトルコールが嫌いな僕は、生活習慣の一つとして「娯楽物の始まりの部分を削除しようとしてしまう」癖があって、部屋に持ち込む大体の私物が既に名前を隠した世捨て人のようになってしまっていたのだけれど、彼女はそのことに対しさして関心を持っていないようだった。新しいものを手にしては目を丸くし、暫く小さな手で持て余しながら全容を確認したり、意図的に切り取られた箇所を愛おしそうに指先でなぞったりした後で、口の端をくいっとつり上げ、穏やかな歯擦音を漏らすのだ。
僕にはその時の彼女の顔がとても貴重で好ましいものに思えたので、ついついこの家を訪れる度に新しい私物を持ち込んでしまうのだった。
彼女の隣に座り、僕は心の中でその笑顔に「おおよそ公的で無い笑顔」とか「象徴的笑み」とか、そういった名前をつけることで彼女が飽きるまでの僅かな時間を潰した。
彼女は、僕の持ち込んだものから見つけた幾つかの言葉(例えば「ショート・ショート」とか「犯罪者予備軍」とか「自閉症スペクトラム」といったものだ)をとても気に入ったようで、生活の息継ぎをするようなタイミングでよく使うようになった。
台所から古びた瓶を引っ張り出してきて「これは『犯罪者予備軍』ね」と確認してきたこともあった。
「『自閉症スペクトラム』かもしれないよ」と僕が言うと、彼女はうーんと唸って申し訳無さそうに棚の奥に瓶を戻した。