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廊下に出るとちょうどレアレアが風呂から出てくるところだった。どうやらまた風呂を盗まれていたようである。レアレアは別段悪びれた様子も無く僕に笑いかけた。僕は肩を竦めながら彼女に歩み寄り声をかけた。
「友達はまだ見つからないの?」
レアレアは首を横に振った。
彼女曰く、レアレアは彼女がこの場に家を建て、住み始めた頃からたまに現れる来訪者であり、盗賊であるとのことだった。
レアレアは形の無いものを盗む。アイデアとか、道徳とか、神とか、恐らくそう言ったもののことだ。形が無い以上盗まれた側は殆どの場合において実感が伴わないのだが、何かを盗まれたという空白だけは必ず心に抱くのだった。一種のコミュニケーションのようなものなのだろう、と僕はその実体の見えない窃盗行為を定義づけた。人は人とコミュニケーションをとることで相手の一部を獲得し、代わりに自身の一部を相手に植え付ける。レアレアの場合はそれを「盗む」という形式に沿って行う。そして盗まれた側は代わりに空白を得るのである。それが何故レアレアの一部では無く空白という形をとっているのかは分からない。レアレアの強い主体性が、空白に在るべき何かの客体化を拒んでいて、それ故に僕はそれを空白という形でしか認知出来ないのかもしれない。どちらにせよその空白はたしかにレアレアそのもののはずであり、盗まれた側の中に確かな存在感を持って息づくのだ。
そして今、僕と彼女は、レアレアの手によって風呂に新たな空白をもたらされたのだった。普段は世界を転々としているレアレアだが、ここ暫くの間ははぐれてしまった友人を探すためにこの深い魔女の森に逗留していた。その間たまにこの家を訪れては音も無く中に入り込み、一定時間風呂を盗んでは去っていく。僕は彼女に風呂を監視する提案をしたが、彼女は「レアレアは女の子よ?」と笑いを口の端から零しながら僕の案を却下した。全然気付かなかった、と驚く僕に彼女は言った。
「別に良いじゃない。私、彼女のこと好きよ」
レアレアが悪い人間では無いことは僕にも分かっていた。
コミュニケーションは奪った分だけ他人に与えなくてはならない。その点で複数他者の観念と自身一人の実体とを等価で交換するレアレアの行いは、自身の殆どを世界中に無償で公開していることと等しかった。そこにはある種奉仕的・犠牲的で絶対的な善性が垣間見えた。
しかし僕にはその善性が少し恐ろしかったのである。




