12
夢の中で、僕は一人の女性と知り合っていた。その人物は何か本質的な部分で僕を惹き付け、また彼女も恋愛感情以外の要素で僕に興味を持っているようだった。彼女は高級サービスが密集して生まれた高層ビルの、上層階の一室で愛を売る仕事をしていた。そこでは客である男たちと彼女との間でプラトニックな――プラトン的な性体験が行われた。彼女は上半身だけ裸になり、中央に座す。男たち(一人の場合もあれば、不特定多数の場合もある)は彼女に近づき、触れることは出来るが、彼女に性的に干渉することは出来ない。そこは肉体関係を越えた精神的な部分での欲求を満たすための場であり、互いにその欲求を共有した人間たちによる倒錯的な観念が場を満たし、一種の神聖な儀式空間を演出していた。彼、彼女らはそこで動物の子供が家族に甘える時のようにこうべを垂れ身を寄せ合い、祈るように静かに過ごしていた。
ある時その場所を偶然知った僕は彼女の様子を見に行く。彼女は壁の向こうでちょうど男たちに僕の話をしていたところだった。全員上半身は裸だ。一人は高級そうなアクセサリーで着飾っていて、一人は背中一面の彫り物の上にストリート・アートのような絵が上書きされていた。「彼は私に会いたいんじゃないわ。会いたい、だけ、なの」と彼女は男たちに言った。その通りだった。彼女の言う通り、僕は彼女に会いたいだけで、その先の人間的展望や欲求を求めていない。預言者のように本質的な言葉だ、と僕は思った。思い返せばそもそも彼女という存在自体が僕の本質的な何かを満たしている気がした。彼女は恐ろしく美人だったが、しかし僕は彼女のことを恋愛対象として見ていないように思えた。もっと高次元の何か精神的な要素として、まさしくプラトニックな美のイデアとして彼女を無関心に愛で、無関心に欲している。
僕は僕自身の美学に基づいて、彼女を外へ連れ出した。怒って追いかけてくる男たちを背に全力で走って逃げた。外は浜辺だった。ビルの客と思しき人間達が大量に寛いでいる。浜の先には夜の暗い海が世界の果ての目印として厳然と横たわり、僕たちの行方を遮っていた。途中彼女が転んで服が脱げてしまったが、僕はすぐに立たせ、自分の上着を羽織らせて白い砂浜の上を走り続けた。彼女の身体にはとても興味があったが、不思議と性欲は湧かなかった。その時までは触れたことすら無かったのに、僕らは逃走の途中で何度も身を寄せ合い、抱きしめ合った。
その後僕たちは捕まる。浜辺の客たちに紛れてやり過ごそうとするが、程無くして彫り物の男に発見される。僕と彼女は目を合わせた。もう二度と会えなくなる予感があった。僕は悲しかった。彼女も悲しそうに見えた。この先のことはもう覚えていない。
夢の世界に行けばもしかしたら再び会えるのかもしれない。「三人目」の言葉を借りるとすれば、正しいルールを知って、それを規定することが出来れば僕はあの世界に行けるのだろう。だが僕がそのようにルールを正しく再規定出来るとは到底思えなかった。夢は見たその瞬間から霧のように掠れ、薄らいでいく。僕の頭の中ではもう彼女の容姿すら判然とは出来なかった。覚えているのは、釣り目と、少し高い背と、長い髪という三つの要素だけだ。夢幻とは元来そういうものだ。失うために見るものなのである。彼女は夢幻すら本質的に表していたのかもしれない。
「釣り目と、少し高い背と、長い髪」
僕は彼女を表すものを何度も口に出して反芻してみた。釣り目と、少し高い背と、長い髪・・・釣り目と、少し高い背と・・・




