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彼女が私的で秘密めいた笑みを作る時は、決まって何か企みを持っている時である。僕はその場で姿勢を整え、手をポケットから出し、膝を少し曲げて、彼女の口許から滑り出してくるであろう奇抜なアイデアに備えた。こうしておけば衝撃的な発想から自身を腕で庇ったり、耳を塞いだり出来るし、いざとなったらすぐさま走って逃げだすことだって出来る。
しかしどんなに対策を講じても防げないものが一つだけあった。それは彼女の視線だ。彼女の企みに気付くためにはどうしても視線を合わせなければならなかったが、その空のような二つの瞳と向き合うと、僕は魔法にかかったように身動きがとれなくなってしまうのだった。
その目は何か決定的に正しいものを信じている目だった。“行動することの出来る目”だ。そして、固い約束のようなその概念は、視線の交錯を合図に僕の体に入り込むと、まるで何千何万年とかけて濾過されてきた歴史のある聖水のように、僕の掌の受け皿を満たし、零すことを躊躇わせる。僕の友人が以前、美し過ぎるものを見ると急に何もかもが恐ろしくなって、世界から居なくなってしまいたくなると言っていたが、たぶんそれと近い感覚だろう。静かな熱帯魚を水槽の外で観察する猫のように、明確なメッセージ性を持つ瞳が今まさに僕に向けられ、僕の体を捉えて離さないのだった。
キラキラと湖上を跳ねる瞳のその下で、わざとらしく結ばれていた彼女の口が、ゆっくりと開くと、スローモーションで動いていた一瞬間が一気に収束して、舞台の上をめまぐるしく走り出す。フィルムが回る軽快な音が聴こえる。厚ぼったいフィルターが剥がれて、次の計画を提案する声が部屋に響く。
「私は空に昇って星になるために魔法を使うことにするわ!」
僕は逃げ出しかけた足を止め、満面の笑みの彼女に向き直った。
「死ぬってこと?」
彼女は僕の胸を拳でポンと叩き、すねたように言った。
「違うわよ、もう。空を飛んで、そのまま昇って、星になるの」
ロケットの作り方が書いてある本を、魔女世界に持ち込み損ねたことを後悔した僕は、外に出て彼女の気が一日でも早く変わってくれることを太陽に祈った。彼女はその光景を見て「私もするわ」と隣に並び、嬉しそうに両手を組んで目を閉じた。




