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「じゃあ仮に君の言う通り世界が認識によって決定されるという考えが――」
「“意味づけによって”ね。認識によって決定、では無くルールによって規定されるんだ」
「そう、そのようにルールによって規定されているとして、そのルールは誰がどのようにして夢の世界の事象に付与しているんだい?人間にそんなことは出来ないだろう。神が行っているとでも言うのかい?」
「そうか、君はこのテーマに関して大きな勘違いをしているんだね」
そう言って「三人目」は大仰に頷いた。あるビルの屋上から別のビルの屋上にいる人間へと合図を送っているかのようなわざとらしい肯んじ方だった。
「ルールは森羅万象の後に来るものじゃない。先にあるものなんだよ。物事は元々全て一緒くたにされた液体のようなものなんだ。それがそれぞれ用意されたルールという器に流し込まれることで形になる。いいかい、“ルールによって規定されるんだ”。ルールこそが夢の世界の神なんだよ」
「よく分からないな」
「つまりだね、そうだな、例えば」
そう言って「三人目」はバーをぐるりと見渡した。
「このバーにもルールという器がある。“一度に利用出来る人数は二人まで”“居座れる時間は一時間まで”“飲める酒は一杯まで”とかね。そういった規定がこのバーを秩序づけている。では逆にそれらが全て取り払われてしまったらこのバーはどうなってしまうのだろう。規模はどんなものなのか分からなくなる。酒の種類だって把握出来ない。どういった環境のバーなのか判別する要素が無くなってしまうのだからね。いや、そもそも酒が飲めるか明言されていないのにこの場をバーと断言することが出来るのだろうか?そうなるといったいここは何の部屋ということになるのだろうか?待て待て、部屋かどうかすら分からないじゃないか。ではここはいったい何なのだろう?」
「三人目」はカウンターを指でトントンと叩いた。
「混沌だよ。カオスだ。秩序が無い世界だから当然だ。だから何より先に物事は規定される必要があるんだよ。別に難しい話では無いだろう?君の世界だって大体同じようなもののはずだよ」
「確かにそういう一面もあるとは思うけど、それにしてもその考え方はあまりに拡大され過ぎている気がするな。それにもし世界がそんなことに、つまり液体のように流動的で確固たる形が何も無いものなのだとしたら、僕らはいったい何を信じれば良いんだ。そんな世界は正直認めたくないよ。だってそんなの・・・」僕は言葉を続けた。「怖いじゃないか」
「自分だよ」と彼(彼女?)は言った。「自分を信じれば良い。自分もルールによって作られたものだけれど、そこでのルールは言わば親だ。あくまで親であって、神では無い。だって自分の神は自分なのだからね」
「やっぱりよく分からないな」と僕は言った。
「いつか分かるさ。もっとも、ここでこうやって私と酒を飲んでいる内は理解出来はしないだろうけどね。さて、そろそろ飲み終わりそうだ。急に呼び出して済まなかったね。君の元いた部屋まで送るよ」
「勘弁してくれ」と僕は言った。「もう蝙蝠はこりごりだ」




