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魔女  作者: 神西亜樹
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「アローン」と名付けられた最奥のチューリップへの水やりを終え、彼女は満足そうにジョウロをブラブラさせた。彼女は家の周りに植えた花一つ一つにしりとりの要領で名前をつけていた。そうやって意味づけしておけば、仮に一つ花の名前を忘れてしまってもその前後の名前から推測して思い出すことが出来るのだそうだ。僕がこの家にやって来てからは、僕の私物の本の中から彼女が新たに発見した言葉が名前として採用されるようになった。「アローン」もその一つだ。僕がそのことを知って「もう植えられないね」と笑うと、「どうして?」と彼女は目を丸くした。


 お茶会もひと段落つき、太陽の傾きも目に見えて分かるようになってきていた。

 師匠殺しについての話題が終わった後も、僕は魔法使いについての疑問を思いつく度に口に出していたため、お茶会の話題の大半は僕主導によるものになっていた。ルは快く付き合ってくれたが、彼女は途中から飽き始めたようで、たまに席を立っては日課の雑事に勤しんでいた。

 今の話題は“魔法使いの成り立ち方について”である。

 そもそも魔法使いは何をきっかけに魔力に目覚めどういう風に完成していくのか、このことについて僕は率直に疑問をぶつけてみたところ、ルは「そんなことも教えてあげてないの?」と呆れ顔で彼女の方を見た。申し訳無さそうに縮こまって耳たぶをつねっている彼女にルは目を細める。

 僕も彼女と同様に申し訳ない気持ちになっていた。僕自身もこれだけ身近にありながら、魔法使いという概念にあまり関心を持ってこなかったので、こうやってルと話す機会が無ければ死ぬまで何も知らないままだったかもしれない。僕は自分が魔法使いについて死ぬまで何も知らないままだった可能性について思いを馳せた。もし僕がこれらの魔女のルールを知らずに死んだら、「彼は死ぬまで魔法使いについて何も知らなかった」と墓に刻まれるのかもしれない。「何も知らない男、ここに眠る」。あまり格好良くは無かった。


「さっきも話したけれど、他者と違う神秘性を持っているということが魔法使いの条件なの。神秘性とか、象徴性とか、聖性とかね。そういった通常で無い性質が、同じように魔力や霊感みたいな通常で無い性質を吸い寄せるのよ。例えばあの子の場合は処女性がそれに当たるわ。そもそも魔女の大半は古来から崇められ分かり易く聖化された、この「処女性」という聖性によって魔力を手に入れるの。だから魔法使いは女として描かれることが多いし、実際に女の割合の方が多いのよ」


「魔女なんていう言葉があるぐらいだしね」


 そういうこと、とルは手に付いた砂糖の粒を丁寧に落としながら言った。


「私の場合は妄執がその神秘性ということになるわね」


「お菓子への?そういうものでも良いんだね」


「ええ。肝心なのは“人とは違う特殊なものを特性として有している”かつ“その特性を持っている時と持っていない時の状態の差がはっきりしている”ということだからね。甘いものが好き過ぎて魔女になる、なんてなんだか変な話だけど。勿論ただの偏愛じゃ駄目よ。自分で言うのも何だけど、狂気染みているぐらい強く固執していないとね」


 そう言いながらルはスプーンで皿に集めた砂糖を掬って口に運ぶ。


「でも、そうなってくるといよいよ僕が魔法使いに選ばれた理由が分からなくなるな。だって僕は男だから聖性とは程遠い存在だろうし、何かに固執するようなことも無い。むしろそれとは逆の立場の人間のはずだよ」


「沼から湧いて出てくれば充分神秘的存在と言えると思うんだけど」とルが言った。


「なるほど」


 なるほど。


「その割にはあまり強い魔力を感じないんだけどね。まぁまだ魔法使いになりたてだし、私も昔はそんなものだった気もするけれど」


「そういえば魔法ってどうやって使うんだい?僕はまだ使ったことが無いんだ」


 軍手をして家から出てきた彼女が、そのまま家の裏手へ向かう。今日は喋りっぱなしだった。最近の僕は昔と比べて喋る機会が随分増えたように思う。夢の中ですら喋ってばかりいる気がした。


「魔法は私もあの子もまだ使ったことは無いわ。普段私たちが使っているのは魔力であって、魔力と魔法は違うのよ」


「初耳だな」


 えーっとね、とルは少し考えをまとめるように言葉を区切った。


「どちらも根源的に魔力の行使で成り立っているから、私たちも魔力と魔法のことを一緒くたに“魔法”と呼んでしまっているのよ。だから本来の魔法は“大魔法”と呼んだ方が分かり易いかもしれないわね」


 大魔法、と僕は復唱した。


「魔力が個人の神秘的特性を依り代にしたものだということは何度か話したわよね」


 僕は頷いた。以前彼女がそれを奇跡のようなものと表現していたことを思い出す。言うならば魔法とは“特殊な事例”のことである。本来はそういった事例は偶然によって生じるが、それが意識的に行使されると魔法というカテゴリに入れ物を移されるわけだ。


「そこにおいて大魔法というのは言葉の通り、普段魔法と呼んでいる魔力の行使より上位の現象ということになる。ということは当然、自身の神秘的特性への負荷も大きくなるの。自身の根源に近いところで常識を変容させるから、自身の根源自体も影響を受けてしまうというわけ。逆に言うと、自身の変容現象から生じる大きなエネルギーが、現象としてアウトプットされて世界を変容させるということね」


「つまり」と、どうにも核心部分を誤魔化しているかようなルの言葉を引き取って僕は続けた。


「自身の神秘性と引き換えに行使するのが魔法――“大魔法”ということ?」


 ええ、とルは顔を上げて言った。どうやら皿の上に砂糖が残っていないか念入りに調べていたようである。言葉を選んでいたわけでは無かったようだ。


「減衰するだけの場合もあるけれど、概ねの神秘性は失われるわね。だから本当の魔法が使えるのは一度きり。魔法使いは皆その一度きりをとても大切にするのよ」


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