改・マッチ売りの少女~異世界なのにチートないどころか難易度上がってない?~
皆様の作品を読んで、自分でも書いてみようと思い、個人的に一番オチが思いつきにくかったので(ひねくれ者の性です)マッチ売りの少女を題材にしてみました。
異世界転生者も童話も書いたことがないので、大変でした(´;ω;`)
粉雪が頬に落ちる。その雪が解け、口元に伝う。
朝陽が辺り一面の雪に反射し、ギラギラとした光が目に差し込んできて痛い。
手元には、バスケット一杯に入ったマッチの箱。
ヨーロッパの方を連想させるレンガ造りの建物が並ぶ街中で、寝そべる私。
それが、私が目を覚ました時の最初の記憶だった。
「……」
そろそろ周りの視線が痛くなって来たので、起き上がろう。
両手で雪を払うと、そのあまりにも未成熟な手に混乱を極めていく。
「……」
私は今年で二十八なんだが。
落ち着こう。落ち着いてみよう。私は深く深呼吸をする。
だが、どれだけ落ち着いたところで、状況は呑み込めない。
……呑み込めはしないが、冷静に、できる限り、状況を整理するだけはしてみよう。
ここに来る前の最後の私は、落下していく飛行機の中で慌てふためいていた。
機内であそこまで慌てたのは、新人研修以来だ。
私の職業はキャビンアテンダント、俗に言うCA。
機体の整備不良なんてシャレにならない理由で、抵抗も虚しく鉄の塊は地面に叩きつけられた。
そこまでは憶えている。
で、なんでこうなった?
お店のショーウィンドーを覗けば、幼い金髪少女が写っている。
バリバリ日本生まれ日本育ちの私から、もっとも程遠い遺伝子だろう。
試しにショーウィンドーの前で手をグー、パーと開閉させてみる。ショーウィンドーの中の金髪幼女は、私の意思と全くの同タイミングで開閉する。
もう誤魔化しようがない、これは私だ。
もしかして、これが来世というやつか?
だが、それを否定出来てしまう理由が二つほど思いついてしまう。
一つはあまりにも街並みが古い。周りを見渡せば、人々の持ち物の一つ一つがまるで映画のセットでしか見たことのない物ばかりだ。
来世で過去に戻ってたら、最早タイトル詐欺だよ。
二つ目は、これが決定的なのだが、声を大にして言いたい。
「私は来世で、こんな可愛い金髪幼女になれるほど徳は積んでない‼」
よくて、はさみの大き目なオオクワガタが限界だろう。 あと、来世なのに、いきなり中途半端な年齢からの記憶が始まるのもおかしいでしょ。
ここで、私は大学時代のアニメが趣味の友人の言葉を思い出した。
「……転生? もしかして、これって異世界転生ってやつ?」
その友人は一時期、「異世界転生が今アツい」と大分私に力説していて、何本か無理やり見せられたのを思い出した。
彼の話によると、死んだ主人公やそれに近い状況に陥った主人公が、現代とは違った世界に連れていかれ、その上、死ぬ前にはなかったチート級の能力をもらって、その世界で無双していくものらしい。
彼の拷問がこんな形で役に立つとは、人生は分からない。
再度、バスケットの中のマッチ箱を見つめる。
そして、天を見上げれば、凍えるような寒空。
外国の街並みに、年末年始のような慌ただしい雑踏。
もしかして、私はマッチ売りの少女に転生したの?
それも、今が童話の中と違って早朝なのって、マッチ売りの少女が死んだ朝に私がこの体に転生したってこと?
え? なんで? 意味が分からない。この世界で何しろっていうの? 頭を使ったせいか、元々この体のマッチ売りの少女自身があまり食事をとってなかったせいか、割とシャレにならない空腹が襲ってきた。
「とにかく何か食べなくては」
墜落死したすぐ後に、また空腹で死ねとか悲惨すぎる。
ポケットの中を探るが、案の定、お金も食べ物もない。
「マッチを売らなくては」
その使命感だけが私の全身を支配した。この感覚さえあれば、小学校低学年の時のマッチ売りの少女で優秀賞をもらえたかもしれない。
私はお腹に力の入らない状況で、お腹から必死に声を出す。
「マッチー! マッチはいりませんか?」
しかし、何度叫んでも、物珍しそうに見られるだけで誰も買ってはくれない。
いくら年始だからといって、こんないたいけな幼女がマッチ売ってるんだから、買ってよ。私だったら一ダースは買うよ。
だが、私の売り方にも問題があったかもしれない。いくら声を上げ、不特定多数の人間に声を掛けたところで、みんなが「自分は関係ない」といった精神でいたのなら売れなくても仕方がないかもしれない。
私は居酒屋の客引きのごとく一人ひとりに声を掛ける作戦にシフトした。丁度、高そうなコートを着た紳士がいたので、私はマッチ片手に前を遮り、声を掛ける。
「すいません、マッチいりませんか?」
紳士は立ち止まると、少し首を傾げ、返事をする。
「▽❘◇~◎☆❘」
「はっ?」
もしかして、言葉が通じてない? えっ、さっきからジロジロ見られてたのって、マッチ片手に幼女がわけわかんない言葉喋ってるって思われてた?
えっ? 普通こういう系統の作品って言葉とか何となく通じるじゃん。異世界の人たち普通に日本語通じるとか、転生した時点で、こっちがこの国の言葉話せるようになってるとかじゃないの? もしかして、転生アニメ見せられてる時に「都合良すぎでしょ」とか言ったの怒ってるの、神様?
立ち止まってくれてる紳士は、不審そうな目を向けている。
私、国内線なんだよ! 英語すらたまにしか使わないから怪しいのに、今のは確実に英語ですらない。 試しに覚束ない英語で話しかけるも相変わらず通じない。
マッチ売りの少女って、どこの国の話よ。作者、確かデンマークだよね。なら、この舞台もデンマークよね。いや、それが分かったところで私が日本語と怪しい英語と津軽弁しかできないのは変わらないけどね。
とにかく言葉が通じなくても、身振り手振りで頑張るしかない。私は、大学のゼミでの、単位がかかったプレゼンテーションの時よりも必死に身振り手振りを駆使した。
紳士はニッコリと微笑む。
(おっ? もしかして伝わった?)
紳士は私の手に持ったマッチ箱を受け取ると、悠然と去って行った。
「無料配布じゃねぇぇーーーーー!」
私は、駅前のティッシュ配りか‼
私はマッチ箱の入ったバスケットを、力一杯、地面に叩きつけた。
紳士の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。だが、空腹すぎて追う気力もない。
私は地面にへたり込んでしまった。
「……チートどころかマイナスじゃん」
地面に転がった無傷のバスケット(マッチ箱は超散乱したが)を見るに、身体能力が強化されているわけでもなさそうだ。
もしかしたら、何かしらの力を付与されてるのかもしれないが、わからないんだったらないのと変わらない。
大体、私はマッチ売りの少女って話が嫌いだ。どう考えたってハッピーエンドがないじゃないか。大晦日で忙しい人たちは、マッチどころじゃないし、たとえ売れても、帰れば呑んだくれ父親の酒代に変わる。
いくらなんでも、救いがない。
いっそ、このマッチで父親のいる家に火を放ってやろうか。段々、それが一番の使い道なのではないかと思いだした。
いや、もうそんな気力もわかないか。
虚ろな目で、雲一つない青空を見上げていると、私の隣にしゃがみ込み、散らばったマッチ箱を初老の男性が拾い集めてくれる。
「ついでに、それ買ってよ」
私は、言葉が通じないのは分かっていたが、思わず願望が口からすべり出た。
初老の男は、何か言われたのは分かったのか、こちらを向く。
しばらく、見つめられると初老の男は破願した。
「いいとも」
「日本語⁉」
今確かに、グラサンのおっさんがやってた長寿番組のタイトルが聞こえた気がした。
「どうして⁉」
日本語だ! 海外から帰ってきて二週間ぶりにお米食べたときのような感動! しょうもない例えのように感じるが、私にとってのお米はそれぐらい重い。
「私だよ、私、機長の田辺だよ」
初老の男は、更に懐かしい気持ちにさせる名前を出す。
「えっ、機長⁉ だって、機長は飛行機が墜落して死んだはずじゃ?」
「いや、君もだろ」
まさか、機長も転生してたなんて!
「どうやら、大晦日の日に天寿を全うした老人の体に魂が入ったらしい。他に、同じような人がいないか朝から街を歩いて回っていたら、日本語で騒いでる君が見えてね」
騒いでるは、余計だ。この際、細かい理屈はどうでもいいが、とにかく今は私以外の転生者がいたことは心強い。
それよりも、自己紹介がまだだったと思い出し、私は異世界で出会えた感激のせいで、かなり勢いよく名乗った。
「私です! CAの皆川です!」
「あぁ、知ってるよ」
田辺機長は、私とは、対照的に落ち着いた口調で返事をした。
「えっ? まさか、機長は相手の正体を見破れるチート能力が?」
私は、こんなに苦労してるのに機長だけ能力持ちとかずるくない? これが社内格差というやつか。
「いや、そうじゃないよ。君が(・)最後だからさ」
「?」
何言ってんだ? このおっさん。
田辺機長は、後ろを振り返る。それにつられ、私も同じ方向を見る。先ほどよりも、雑踏が増した? もうすぐ、お昼だからか?
「おーい、みんな来てくれ。最後の人が見つかったよー」
田辺機長は、通じるはずのない日本語を人混みに向けて言い放った。
すると、ぞろぞろと私の方に人が集まってきて、口々に懐かしき母国語を話し出した。
「大丈夫だった?」「先輩、心配しましたよ」「あの時のCAさん?」「その恰好って、もしかしてこの世界ってマッチ売りの少女の世界なの?」「金髪幼女キター」
もしかして、あの時の乗客の方たち?
私は田辺機長の顔を見上げた。
「どうやら、墜落事故の時、みんなこの世界に来てしまったようだね。さっき若者に教えて貰った言葉を借りれば、転生というのかな?」
多分、「金髪幼女キター」って言ってた奴だ。
それより、この街、昨日一日で死に過ぎでしょ。大晦日に何百人死んだんだよ。もうこの際、何でもいいやと思い、大したことは知らないが、私が分かってる範囲でこの世界の説明をした。
「なるほど。では、あとは家に居る呑んだくれの父親をどうになすれば解決か」
田辺機長は、結論を出した後、集まっているみんなの方を見渡す。
「まかしといて! うち地主みたいだから、もっといい家にすましたげる」「先輩、私、現場監督みたいなんで、仕事紹介できると思います」「俺のところは料理屋みたいだ。飯は任せとけ」「私は、綺麗な洋服を見繕ってあげる」「小生は、引きこもりの穀潰しみたいだったので何も出来ません!」
田辺機長のカリスマ力凄いな。あと、最後の奴はもう喋るな。
私はまるで実家に帰るように、脚が勝手に自分の住んでいたところに向かっていった。この体の本能のようなものだろうか?
「たのもー!」
「◇●☆❘‼ □S◯▽~❘‼」
酒瓶の転がった部屋には、机に突っ伏していた父親が、今の声で目を覚ましたのか、立ち上がって何か喚いている。
ぞろぞろと大人数で来たので驚いたのかもしれない。
私は、人生で言ってみたい言葉ランキング一位を、大きな声で後ろのみんなに向かって叫んだ。
「すいませーん。お客様の中にデンマーク語が分かる方はいらっしゃいませんかー?」
最後に引きこもりの穀潰しに転生された方が、デンマーク語が得意だったので、その後は、みんな幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし?
予想通り、カオスな出来でしたね。笑ってもらえれば幸いです。