06話 「この村で無事に生活したかったら、やめとけ」
「おうおう、男がなっさけない声上げてだらしねぇな!」
視界に散らばる星越しに見える髭面のおっさんは胸を張りながら毛むくじゃらの腕を組み、鼻で笑う。
熊みたいなナリに真っピンクのエプロン姿は寝覚めの悪い頭を一気に目覚めさせる。
―――てか起き抜けにひでぇグロ画像見せられた気分なんだが。
「どこだここ……えっと、姫ちゃんとか……アレフは?」
「ここはテイズキって村だ。お前さんは村の近くで倒れてたのをコイツが介抱したのよ。礼、言っときな」
てっきりアレフかロリ2人に介抱されたもんだと思ってたんだがどうやら違った様で。
おっさん越しに見える室内はログハウスみたいな木製の作りで、
ランプの代わりに光る石が壁にぶら下がっている。
柔らかな光と素朴な木造の色合いはどこかしら懐かしさを与え、いくらか荒ぶった俺を落ち着かせる。
おっさんが指を向ける先に視線を向ければ緩いウェーブヘアーの子供と目が合う。
なるほど、この子が俺を介抱してくれたのね。
「えーと……ありがとうな?」
「い、いえ!」
何と言えば良いのかと迷いながらとりあえず素直にお礼を口にする。
すると中坊くらいの少年はハムスターみたいにおっさんの影へそそくさと隠れた。
なんか小動物みたいな少年だな。
「ところでおめーさん、アレフの名を口にしてたが……もしかして護竜の連中と会ったのか?」
「もりがみ? そう言えばニーアかアミィがそんな事言ってたっけか」
「おめぇよくイカレ双子に出会って無事で済んだな」
「イカレ……ああ、すげーやばかったけどまぁ何とかなった」
「ほう? ちょっと詳しく話してみな」
おっさんは興味津々な顔でベッドの横へ腰を降ろすと話の続きを催促してきた。
俺は自分の状況確認も踏まえ、体験した内容や元の世界の話を一つ一つ話す事にした。
「―――しっかしおめーさん、界客か」
話を一通り聞き終ったおっさんは頭を掻きながら溜息交じりにそう答える。
見せる素振りは気怠さと言うか……面倒を前にした感じでその仕草に俺の中で不穏が生まれる。
「おいトワ、食堂に全員集めろ」
「は、はいっ! わかりましたですっ!」
トワと呼ばれた少年は平原で見つかったウサギの様にぴょんこと跳ね、返事をするとパタパタと慌ただしい足取りで部屋を出る。
髪が短いから男って何とかわかるが、線が細くて色が白いせいでパッと見か性別わっかんねーなあの子。
まぁ中学の時にそう言う奴チラホラ居たし、あの年はそんなもんか……。
「おうおうおう? おめーさんもしかしてああ言うのが趣味か」
「―――ばっ!? アホ言え! 見るからにあの子男だろうが!
俺はロングに巨乳な子にしか興味ねぇってーの!!」
「がははは! そうかそうか悪い悪い。マジマジ見てるからてっきりよ?」
俺の理想はあのナナミって姫ちゃんだっつーのいい加減にしろマジ。
そんな思いを抱く俺の気持ちなどいざ知らず、おっさんはグローブサイズのでけぇ手で人の背中をバシバシ叩いて大笑い。
一発一発の振動は背骨を通じて脳を揺らし、視界がブレる。
「いっでっ!? いってぇっておっさん!!…………っとに、寝起きの人間殺す気かよ!?」
「これくれーで死ぬかよ男だろ?」
「いやいやいや?
クマでゴリラみたいなアンタと貧弱な俺を同じヒューマン・カテゴリにするのは――――――って叩くなって、いってってぇええええええ!!」
「ぶはははははははっ!!」
霊長類最強としか思えないナリのおっさんはまた容赦無しに俺の背中を布団を叩く様にばっしばしと。
人が痛みで騒いでるのをこれまた楽しそうに爆笑してやがる。
俺は容赦無い痛みに耐えかね、腕を振って抵抗を試みる。
……が、左腕は大きく空振りして俺はそのままよろめいて掛布団の上へ顔ごと突っ込む。
「ぶへっ!?」
「ぶはは! なぁにやってんだ? よし行くかぁ」
「ちょ、散々人を叩きまくっておいてこんにゃろ……行くってどこにだよ!?」
「食堂だ。おめーも色々知りてぇだろ」
おっさんは部屋のドアに親指を向けながらニッカリ笑う。
確かにこの世界がマジな異世界であるなら、俺はこれからの事を含めて色々知っておかなければならない。
魔法や魔術がある世界で俺にそれらが効かないと言ってもこの世界を生き抜ける力とも限らない。
そう心の中で整理を終え、自分は言われるままベッドから出る。
「ああ、そう言えば」
「ん? 何だよおっさん」
「さっきの話のズメイだかをどうにかした話関連は連中には話すな。いいな?」
「何かマズイのか?」
「この村で無事に生活したかったら、やめとけ」
「お、おう。わかり、ました……」
先程までゲラゲラ笑ってたおっさんが突然真顔でそんな事を言ってくるもんだから思わず敬語が出る。
昔、元職場の課長に「言われた事だけこなせばいい」と釘刺された時以来に背筋が凍ったわ……。
何かとすぐに調子に乗ってしまう自分はまた馬鹿をやらないようにと肝に銘じて部屋を後にした。
---
「おお、全員揃ってる様だな」
俺はおっさんに案内されて他の連中が集まってる食堂へ。
ここも部屋と同じく木造で、置かれているテーブルや椅子に至るまで全部木製だ。
しかしパッと見、食堂っつーより西部劇とかで見るバーに近い。
って言うのも集まってる連中の柄の悪さもあってそのイメージが濃くなって感じだ。
しかし何だ、この光景。どっか変だ。
「トワ、ご苦労だったな」
「い、いえいえ!」
……何だろう。気のせいかすげー違和感っつーか、うん。何かがおかしい。
「あっら~! この子が例の拾ってきた子~? なぁんか見慣れない格好だけどぉ!」
やばい。
視界に映る違和感とは別な違和感がログインして来やがった。
しかも俺をロックオンした様子で顔を逸らしてもお構いなしにすっごい笑顔だ。
そしてしゃなりしゃなりとしながら歩いてきやがる……ちょ、マジこっち来んなって!
「おうエオリ。まさかお前、もう用意出来たのか?」
「モチのロンっよぉ~! ホーラ! どう、どう? 良いでしょ~」
「わ~! 流石エオリさんすっごいです!」
「んもぅ~♪ トワちゃんたらお世辞上手ね!」
青髭面のおっさんがウィンクをバチーンとしながら誇らしげに布を広げる。
……そのど真ん中にはでっかいハートのアップリケがあしらわれており、酷い自己主張してくる。
そしてそれを手にしているオカマの胸にもハートのアップリケが。(色違い)
視線を逸らした先の小首を傾げる少年の左胸にもハートのアップリケが。(サイズ違い)
首を振って向けた先に映るドカタのおっさん連中の胸にもアップリケ――――――
「ってマテやぁあああああああああ!? なぁっんで良い歳こいたおっさん共が皆仲良く真っピンクのエプロンにハートのアップリケ付けてんの!?」
「え、可愛いでしょぉ~? ほら、ア・ナ・タの分、よ♪」
「わーい♪ って着れるかいっ!!」
意気揚々とオカマに手渡されたエプロンを勢い良く叩き落とす。
少年はまだわかる。女の子っぽい見た目だからな。
オカマもまぁギリセーフとしよう。
けどクマ&ゴリラフェイスな連中が揃いも揃って何でピンクエプロンにハートのアップリケなんだよアホか!
「おいあんちゃん……ソイツぁいけねぇ」
そんな中、俺の行動に耐え切れなくなった様子で数人のおっさん共がゆらりと立ち上がってこちらを睨む。
……やばい。
また馬鹿をやんねーよう肝に銘じたハズだったのに何やってんだか俺は。
「……あのな、似合わないのはおれたちだって自覚してるがそれは言っちゃぁいけねぇ」
「オレらだってな恥ずかしい中、我慢して着けてるんだ」
「何でこんな酔狂な格好してんだって毎日思いながらも皆耐えてんだぞ? わかっか?」
「ア、アンタたち……っ! アタシは何を言われても良いのっ! だから―――」
おいおいと泣くオカマを前にこちらに向く眼光の数が増えて行く。
いや、その……
「ちょっと待て。色々と突っ込みどころは置いといて結局みんな嫌がってね? てーか俺そこまで言ってねぇかんな!?」
更にこちらへ向く眼光に対し俺は思わず後退り。
そこのおっさんたちが自分で暴露した本音まで俺の言った風みたいな顔されても困るからね?
どうするべきかと困惑する中、さっきの少年がおずおずと再びエプロンを差し出してくる。
「え、えーっと……これをゴエンリョすると言った選択肢は?」
「―――それはこの村を出ると言った選択肢になるぞ」
「そこまで重要なのコレ!?」
俺の問いにおっさんはコクリとゆっくり頷く。
まっじかよ……。
「じゃ、じゃあせめて胸のハートだけでも取って……」
「この村で無事に生活したかったら、やめとけ」
「ここでまたその台詞言う!?」
そんなこんなで俺は渡された物を渋々身に付ける事となり、ピンクエプロンの仲間入りを果たした……。
ステータス
名前 :加苅暁
種族 :人間
状態 :困惑
称号 :【コンビニ店員】
【界客】
【何も作り出せない者】
魔法 :???
スキル:【何も作り出せない者】
耐性 :魔法無効化
魔術無効化
特性 :超回復力
サブタイの変更。