10話 「ぼくトイレと結婚するの」
「さて、カッコつけたは良いがどうしたもんか」
俺は夜も大分更けた時間に部屋へこっそり戻った。
随分遅い時間なのでエオリは背を丸めて……俺のベッドで仔犬の様に寝ていた。
おい、俺の寝る場所無いんだが?
空きはあるがエオリのベッドで寝るのはお断りだ。
「毛布よこせ」
とりあえずエオリから毛布を引っぺがし、床に横たわる。
そこまで寒くもないし、問題ないだろう。
あの後、トワと色々と話をして細かい事がわかった。
俺が出会った護竜は昔からこの辺りを守っている存在だったらしい。
編成は竜人のお姫様1人と魔族4人。
その中でもルシードってのが極端に危ないヤツだとか。
理由としては大昔に交わした盟約を破り、侵攻してくる人間相手に容赦ないとの話だ。
んで盟約の内容は護竜の土地へ不干渉、不可侵。
しかし盟約その物が古すぎて人間側では確認が取れていないとか。
その為、互いの主張が食い違って今に至るらしい。
まぁ最悪、人間側が土地欲しさに知らぬ存ぜぬを通している可能性も否めないが。
そしてこの罪人村の他にいくつか同じ様な村があるらしい。
で、村々を取り仕切っているのがセプジェスターと言う領主。
何でもカーディアルと言う国と和解する為に土地を得ようとしてるとか……。
早い話が御機嫌取りって感じだろう。
色々話を聞いて一筋縄じゃ行かないと再認識したのは良いがどうしたものか。
かと言って今更引っ込みも付かんしなぁ。
まぁかと言って引込める気も全く無いが。
「……んで、俺の装備は1万も入ってないサイフと鍵3つ、スマホと飴ちゃん」
加えて界客特有の魔法魔術無効化能力と超回復能力のスキル。
まぁモンスターと一対一でやり合うなら問題無いだろう。
しかし相手は人間で複数な上に一方だけじゃないと来たもんだ。
更には戦ったりして済む内容でも無い。
「現代人の知恵で潜り抜けろって話か? つってもハードル高いわ……今更……だ、が」
そんな事をぼやいていると気付けば目蓋が下りていた。
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「はい! これお兄さんのです!」
早朝。
眠い目を擦る中、食堂に案内されると朝食と思われるスープが目の前に出される。
パッと見、コンソメスープみたいな見た目だ。
「お、おう。ありがとう」
周りを見やれば着席するや否やスープをかっこむおっさん達の姿が。
なるほど。
一日の活力ってヤツね。
「もし、何かあったらボクに言って下さいね」
トワは元気良くそう言い残して厨房に戻る。
何かって何ぞ?
見た感じはただのスープなんだが……。
まぁ入ってる野菜は見た事も無い形してるけど。
「とりあえず食うか。いただきまーす」
おもむろにパクリ。
と、スプーンで掬った野菜を口に入れる。
うん、食感はキャベツっぽい感じで味は……。
すげー酸っぱい?
口の中に広がる香りは野菜と泥の匂いが。
そしてそれを超える何かが後を追いかけて行く。
「う、うん……?」
少々戸惑いながら皿の底にある肉を掬う。
それはスープから顔を出すとねっとりと糸を引く。
へー。この世界の肉って糸引くのか。
ああ、この酸っぱい匂いも肉のなんだな。
するとまだ口の中に残る酸味と異臭が貧乏時代の記憶とリンクする。
それは賞味期限切れの鶏肉を食った時と同じ味と香りと、粘り気……。
「腐ってんじゃねぇかコレ!?」
気付くと俺は口の中の物を噴き出していた……。
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「なっさけねーなおめぇ。そんなんじゃここで生活出来ねぇぞ?」
「……うっせぇ。こちとら無菌室育ちの良いとこの食材しか食った事ねーんだよ。一緒にすんな」
一口しかスープを食わなかったが見事に食あたりした。
結果、度々押し寄せる津波と戦い……気付けば昼前に。
そんなこんなで俺はベッドとトイレを往復するだけの生物と化していた。
「まぁトワが来るまで待ってな」
てーか何でアンタらはあんなもん食ってピンピンしてんだ。
むしろよくアレを美味そうに食ってたな?
味覚を疑うぞ。
「あ、お待たせしましたです! じゃあ解毒しますね!」
相部屋のベッドで情けなく横になる俺の事を聞き付け、トワが部屋に来た。
するとトワは近寄ると小馴れた感じで俺へ触れる。
「―――安らぎの風にたゆといし母よ。今、苦しみも何もかもをさらい、癒しを願う」
詩に合わせて触れた部分が温かくなる。
あれ、これってもしかして魔法ってヤツか?
「はい! どうでしょうか?」
ドヤ顔でトワはそう俺に向けてくるが……腹が痛いのは依然変わらず。
まぁ温かいのは気持ち良かったけど、一瞬だけだったわ。
つーか、
「俺、界客だから魔法効かなくね……?」
「あ……っ!!」
一言にトワはドヤ顔のまま冷や汗を流し、固まる。
コイツ、完全に忘れてたな。
てかニーレキのおっさんも顔逸らしてんじゃねぇよ。
これヤバイ……急に暖められて冷えたもんだから腹が。
あかん、また津波が押し寄せてくる。
「わ、悪い。トイレ、行ってくる……っ!」
俺はベッドから起き上がるとトイレを目指し、フラフラと全速力で歩いた。
「……要するにトワの『何かあったら』って話は飯に当たったら解毒するから呼べって話だったワケね」
「まぁそう言うこったな」
「腐った食材を当たり前に出すって食糧保存どんだけ杜撰なんだよ。よく死人出てねーな」
「そりゃぁ治癒魔法でどうにか出来るからな。まぁおめぇさんは運が無かったってだけだ」
「まじ無茶苦茶だなこの世界。もう少し大事にしろよ色々……それより」
俺は用を足し終わり、トイレから出る。
「人が入ってるトコに外で待つなよ……」
「朝飯でくたばられても困るからな。付き添いだ」
トイレ前で待つニーレキはガハハと笑い飛ばす。
いや、そう言う問題の前にエチケットとしてどうなのかなって話なのだが。
とりあえず落ち着いたから戻るか。
なんて思った矢先、廊下を走る内股のおっさんの姿が視界に飛び込んでくる。
「あ! いたいたぁ! 大変よ大変っ!」
オネェ走りよろしくなダッシュでエオリがこちらへ駆けてくる。
一体何事だし……。
「おうどうした」
「護竜が侵攻したスケイ平原にまで入ってきちゃって……」
「なんでぇいつもの事じゃねぇか? また柵作って夕方まで粘れば良いだろ?」
「そ、それが界客を出せってずっと言ってて」
その一言に2人の視線が俺へ。
何でそんな話に?
「え、何かやらかした覚えはないぞ?」
と、思っていると女神の肌色映像がチラチラ視界の端を過ぎ去って行く。
……うん、ごめん嘘付いた。あったわ。
そんな事を考えているとまた津波が腹を襲う―――。
「しゃあねぇ。とりあえず向かうか……おい、行くぞ」
「ちょっと待って俺はらいたなんすけどっ! 行くにしても何か痛み止めとか何か無いんすか!?」
「あったらトワに頼んでねぇ。おら、来い!」
「ムリムリムリ! ぼくトイレと結婚するの放してー!
いやぁあああ担がないでお腹に来ちゃうううううこの歳でおもらしとかしたくないのぉおおおおおおお」
絶叫は虚しく廊下で響き渡る。
そして俺はトイレとの求婚を即却下され、俵担ぎで運ばれた―――。
嗚呼、誰かセ○ロガン下さい……。
ステータス
名前 :加苅暁
種族 :人間
状態 :衰弱
毒
称号 :【コンビニ店員】
【界客】
【何も作り出せない者】
魔法 :???
スキル:【何も作り出せない者】
耐性 :魔法無効化
魔術無効化
特性 :超回復力