第2話 意・念・氣・勢・・・人生のキイワード
第2話 意・念・氣・勢・・・人生のキイワード
直也:師匠お尋ね致したきことがあるんじゃ。殺意があるかないかで罪が違うんかい? 師匠:不意にやってきて意外なことをいいだすな。何事か。 直也:殺人罪になるには殺意があったことが必要とか言うてるやろ。なんのことやろか?
師匠:難しいことを言うのう。まさか、人を殺すつもりではあるまいな。近頃は平気で人を殺すからのう。 直也:人を殺すなんて、人間の屑です。 師匠:そう向きになるな。誤って人を殺すのと殺してやろうと思って殺すのと 同罪かと言うとるのじゃ。 直也:なるほど。そういうことか。同じ人を殺しても過失のときは殺意がなかったんやから殺人罪にならんっちゅうこと。ほんでかのう、この前、東名で車に追突して二人死もなした飲酒運転のオッさんはなんで死刑にならんのやな。ほなけんど飲酒運転で高速走って事故ったら人が死ぬんは当たり前とちゃうやろか?殺意はなかったつ、はオカシイッス。
師匠:世の中にはおかしな事はままある。が、言わんとすることには一理ある。これは非常に難しい問題でワシにもわからん。が、子を二人殺された親の気持ちもわかる。殺人罪に問うことはできんとする裁判所の判断もわかる。どんな判決がええのか、言うてみい。 直也:殺人罪にきまっとる。さっきいうたように飲んだら乗るな、じゃ。人混みに車を突っ込むのと同じじゃ。大人は何でもむつかしーに考える。 師匠:今日は気合いが入っておるのう。国民感情からすればそちの申すとおりやも知れぬ。古においては『目には目を、歯には歯をもって償わなければならぬ』とされたが、過ちは人の常人生に過失はつきもの、これを許すは神、でじゃ、・・・ええ、
直也:ほんなん詭弁じゃ。人を二人も殺したんやから死をもって償なわなあかん、死んだ子がうかばれん。 師匠:それも道理。されど、ワシには判断できん。最高裁の判断に注目しよう。
直也:師匠、逃げるんかいな。卑怯や。 師匠:逃げるのではない。ワシには難しすぎると降参しているのじゃ。そちも刑法をとくと研究せよ。研究の上、結論を出すのじゃ。けしからん即死罪と決めつけるなかれ。過失のない人生を一生送ることができようか。人は誰も、過ちを犯さず人生を終えることができるのか。学校の試験みたいに間違って御免とはいかんぞ。関係者、社会に与える影響は大きい。『人の生命は地球よりのも重い』という有名な判決文がある。世の中には簡単に結論が出せないことがある、と思え。しかし、疑問が人間を成長させる。この問題はお前が一生かかっても解けないかも知れぬが、解こうとする気が大切じゃ。
直也:(大人はすぐに誤魔化す。そのくせ説教しまくる。俺も大人になったらあないになるんやろか?) 師匠:ところで(いつになく気迫がない)、殺意とはなんじゃ。 直也:殺すつもりやろ。あほらし。 師匠:意とはなんぞや。 直也:禅問答かいな。意は『つもり』っていうたやない。 師匠:意はつもりか。そうじゃな。では、意を使って文をつくれ。 直也:また急に。意思・意向・意見・意味・意外・意中・意気・意表・意識・・・
師匠:うん、それだけ言えるとは意外であった。誉めてとらす。
殺意・好意・悪意・善意・故意・用意・不用意・大意・主意・如意・敬意・決意・同意・得意・失意・熱意・・・まあ、さし当たりこんなところか。不意に言われても出てこないものだ。注意していないと。 直也:ありますね。今まで意に介さなかったんやけんど意は『つもり』でええんやろか。
師匠:ええやろ。広辞苑をみてみよう。うむ、意とは①心、心の動き、考え、気持②物が表している内容、わけ、おもむき③(仏)梵語manas広義では思考活動一般、狭義では感覚的でない、または、抽象的な知覚能力。まあ、凡人には①と②でええやろ。
直也:角川の国語辞典は①心②考え③わけ、意味④・・・したい気持⑤意志とある。今まで意識せなんだけんど、意識は意=心を識ると読めますね。 師匠:今日は冴えておるのう。だいたい、訓読みすればよう分かる。では、これ どう読むか。太極拳の極意といわれる。『用意不用力』。 直也:あのー、太極拳て面白いんかいな。なんや、オームがやってたような気がする。
師匠:無礼者。太極拳は数千年の歴史がある。なんと読む。さあ、 直也:用意ドンやのうて、ええと、うん、『意を用いて力を用いず』つまり力を抜いて、ってことよ。 師匠:見事である。チョコレートを進ぜよう。ウィスキーをもて。力を抜くにはどうするか。直也:力をいれない。 師匠:馬鹿者。言葉を換えたに過ぎん。どうやって力を入れんようにするかじゃ。繰り返すしかない。記憶とは意識の反復なり。目的を意識して繰り返す。最も効率の良い動きをものにすることができる。大工の金槌の動き。演奏家の動き。スポーツ選手の動き。まさに意の如しじゃ。 直也:毎日の練習、鍛錬が大切なのでありまするな。 師匠:左様。『稽古は不可能を可能にする』と世阿弥もいっておる。 直也:Practice makes perfect. 師匠:たまにはいいことをいうのう。されど、もっと上があるぞ。無意識じゃ。
直也:無意識。意識が無い。 師匠:そうも言えるが無意を識るー知るともいえよう。勝ち力士の『身体が勝手に動いた』というのも満更ではあるまい。剣の達人が闇討ちされたとき無意識のうち体をかわし、相手を抜き打ちに切り倒したというのも同様であろう。
直也:なるほど、身体が覚えていて反応するのですね。うん、危ないと感じたとき身をすくめる。ブレーキを踏んでいた。それに、あと、・・・階段の踊り場で空踏みする。
師匠:それはあるな。オートマチックの車に乗ったとき、しばらく左足でクラッチを踏んだものじゃ。 直也:それって、癖なんですかね。習慣なんっすか? 師匠:そうかも知れぬ。習慣は第二の天性とも言うしの。されど、無意はもっと奥が深そうじゃ。こんな話を思い出した。あるミュージシャンがカデンツアーを演奏した。
直也:カデンツってなんや? 師匠:(むっとする)ううん。演奏家に勝手に演奏しろという部分じゃ。 直也:勝ってにって、楽譜なし?手抜きとちゃうん。 師匠:うるさい。黙って聴け。その夜の演奏は素晴らしかったので、ある人が 楽譜に書き取った。後日、そのミュージシャンに見せたところ、『こんなむずかしいのは私には弾けない』と答えたそうな。
直也:それ、火事場の糞力ってやつよ。 師匠:黙れ。(新聞紙を丸めたもので直也の頭を叩く) 直也:いてえなあ。なんで叩くんや。おれ、怒るでえ。 師匠:黙れと言っておる。愚か者。・・・、おろかな者には言うてきかさねばなるまいか。感じることが大切なのじゃ。言葉で分かろうとするな。 直也:ほっこげなことをいいまあすな。言葉でわからんで何でわかるんや?
師匠:感覚で感じるのじゃ。言葉で理解しようとするな。感じたことを言葉にして何がわかる。感性から遠ざかるだけじゃ。 直也:詩や作文の時間で『感じたことを文にしなさい』とせんせが言うた。 師匠:学校はそれでよい。今は無意について論じておる。意とは別な世界が あるのじゃ。 直也:また、禅みたいな話になった(こうなったら、何ゆうてもあかん)。 師匠:かのモーツアルトは『私の曲は神が私の手を使って書いている』といった。この神が『無意』であろう。 直也:なんや、神さんに手伝うてもろたんかいなと思うた。神さんはおらんのかいな。
師匠:神なぞ、いるか。 直也:ほんなこというたら、神父や、宮司さん困るんちゃうで。失業じゃ。信者はどないするん? 師匠:うむ。それは道理じゃ。信じる者には神は存在しよう。ワシはおうたことがない。そんなものは信じない。が信じるのも勝手じゃ。それでよいのだ。
直也:鰯の頭も信心からと婆ちゃんがゆうとった。師匠は何を信じるんや?
師匠:何をしんじるか・・・、何も信じられん。信じる気もない。 直也:人を信じないと不幸になるって、先生がいうとった。 師匠:信じるから騙される。何事も疑ってかかれ。 直也:すると信じるつもりはない、ということや。気がない、ちょっと、・・・
気もつもりやったら、意と同じ意味やろか? 師匠:同じところもあるが違うところもある。 直也:どこが違うん? 師匠:なんでも訊ずぬるでない。己で尋ねよ。まあ疑問を持つことは良いことじゃ。標を与えよう。『意が氣を領びき、氣が形を領く』 直也:なんのこっちゃ。 師匠:己で尋ねぬ者には一生わからぬ。一生、尋ね求めるのじゃ。氣がいった状態を想像せよ。職人は力で切るのではない。 氣を入れて切るのじゃ。演奏家は力で奏するのではない。意、氣じゃ。武術かも力でなく氣で相手を倒す。氣が入った腕は鋼の如し。氣が張っているとか氣が抜けるとか、言うであろう。しかして意との違いが見えてこよう。
直也:気合、も氣やろか? 師匠:切ろうとする意、これを実現するのが氣と考えてもよいかも知れぬ。意がなくば氣は生せず。 直也:意気あがる。意気盛んやいうから、いっしょにおるんちゃうん。 師匠:無礼者。(直也新聞刀をかわす)師の教えに疑念を抱くでない。意が氣を領びくのじゃ。 直也:何事も疑ってと師匠がいうたやない。大人は身勝手じゃ。 師匠:屁理屈を申すな。余の剣をどうして避けた。 直也:叩かれるのは厭じゃ。殺気を感じたんじゃ。 師匠:少しは教育効果があるようじゃのう。感じることの大切さがわかったか。厭という意が避けようという意が身体に氣を入れたのじゃ。が、それは邪意である。師の教えを拒むものである。 直也:じっと叩かれておらないかんのですか。(アホらし) 師匠:当たり前だ。師の恩は父母の恩より尊い。 直也:海より深く、山より高く、さらに尊い?宇宙より? 師匠:銀河系以上じゃ。仰げば尊し我が師の恩と歌われておる。 直也:卒業式の歌じゃ。この頃は歌えへんで。 で、なんで叩くん? 師匠:師の愛情がわからんようじゃのう。いずれ、涙する日もこよう。このようなおろかな者を学校の先生は毎日扱っておるのか、同情致す、くっく、くっく・・・・。
直也:師匠、泣いたらあかん、泣けばカラスがまた騒ぐ。(注:赤城の子守唄)師匠の愛情は感じております(叩くのが何で愛情や?)師匠、意が氣を領びき、は感じるところがありました。師匠、氣が形を領びくとはいかなる状態でありまするか?
師匠:ウィスキーは止めじゃ。酒とするめをもて。それに箸と漬け物も。 直也:は、ただいま。(勝って知ったる他人の・・・で用意する)酒とはほないにええもんですか。
師匠:酒は飲むほどに良きかな、酔うほどに良きかな、心身に安らぎをもたらす。お前も飲め。酒は飲まねば良さはわからん。
直也:師匠、まずいっすよ。中学生だもん、おれ。 師匠:何がまずい。師の杯が受けれんと申すか。何、ばれなければいい。 直也:御意。お受けします。しかし、法律違反では? 師匠:子供が酒飲んでどこが悪い。勝手に作った法律など無視するのじゃ。
酒は百薬の長というてな、身体によいのじゃぞ。 直也:師匠は何時から酒を飲みだしたん。 師匠:物心付いたときからじゃ。正月のお屠蘇、桃の節句の甘酒、うれしかったのう。それに父親がいつも一升瓶を置いていた。それを失敬した。ある日、チョークがひいてあった。観察の鋭いそれがしは父が疑念を抱いていると察した。湯飲みに酒を注ぐとな、そのチョウークを消し、酒の最上位に新たに引いた。完璧じゃ。
直也:子供の頃から悪知恵が働いたんじゃなあ。 師匠:機転が利くというのよ。ところが母親にばれてほっぺたを捻り上げられた。不審に思い兄貴に訊いてみた。顔が赤い、息がくさい、すぐばれるという。浅はかであった。酒の特性を理解しておらなんだ。が、我が意天に通ず、湯飲み一杯ぐらいでは顔に出なくなった。これ腕を上げるという。
直也:へんな腕。酒が美味かったん。なんや、にがいけどな。 師匠:そのうち美味くなる。ええ、後日談があっての、酒の一升瓶がなくなってのう。母親が隠してしまった。父が気の毒でな、ワシは酒を断った。すぐさま、川に行き、寒風の中シジミ鮒ガボハゼを捕らえ、父に差し出した。父は喜び、これを食した。最初は気持悪かったが結構いける。父は酒を一杯だけ振る舞ってくれた。我、男なりと感じた初めなり。 直也:変な感じ方。氣が入ると形がどうなるん? 師匠:今は、酒の話をしておる。よいか、酒は母親に隠れて飲むもの、ばれぬ ように心せよ。世の中ばれてはまずいことがある。その例じゃ。交通法規もそうじゃ。一時停止など無意味である。が、ばれるとまずい。安全を確認すれば止まる必要はない。止まってもまた動くのに、徐行で十分じゃ。暴走、飲酒運転、違法駐車はいかん、人に迷惑をかける。取り締まりしてなければ誰が止まる。必要のない規定は守られん。取締の点数稼ぎのための規定じゃ。悪質な違反は野放しじゃろが・・・。これについては改めてじっくり考察しよう。(注:【道路交通法は誰のためにあるのか】参照)
直也:御意。氣はどないなったん?(酒の肴にされとう。大人は身勝手じゃ。)
師匠:氣になるか。氣いると形が美しくなる。何事も美しい形・姿は氣が入っていると言える。余計な力が抜けるでのう。うん、姿勢とは姿の勢いである。勢いも大切じゃ。気勢、体勢、時勢、、、。
直也:疑いの念、っちゅうのも意と同じじゃろか?念のため。 師匠:念に及ばず。念とはおもう、とも読む。同じでよい。堅く考えるな。
放念せよ。気になるなら、念入りに調べてみよ。執念をもってな。 直也:はあ、師匠にあらせられては酒をいと召され、対話にならず、これにて対話を断念します。
師匠:下手な駄洒落を申すな。まだ、勢いの話が終わっておらん。勢いには姿・地・ 時・天があっての。勢いの盛んなるが勝。芸でも競技でも勢いを観れば優劣の区別が付く。 直也:御意。師匠時勢なれば僕暇をいただきます。母者も心配致せば。
師匠:馬鹿息子の心配などされぬ。こら、姿勢が悪い。背筋を伸ばせ。
氣を入れろ。近頃のガキは姿勢が悪い。 直也:それは未来に希望がないからであります。社会の体勢が悪い。 師匠:人の所為にするな。背筋の筋力を鍛えろ。希望無くばなお胸を張れ。 Boys be ambitious! 少年よ野心をもて。ビル・ゲイズのように金を儲けて師の恩に報いよ。