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魔女の恋人-- The boy meets Wizard --  作者: つちなり
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魔女の恋人篇 4話 『分厚い本 それは枕かあるいは鈍器か』

「ほんとはね、魔女は一般人に自分の正体を明かしちゃだめなんだけど、来津(くるつ)くんは私が魔法を使用した一部始終を見ちゃったから……」


英蘭(えいらん)は少し困った様子で言った。僕はまだ驚いており、紅茶でむせそうになっている。


「それでね、ここからが本題。私は来津くんに魔法を使っているところを見られた、つまり魔女であるということを知られた。これは魔法界ではかなりの規約違反なの。それ相応の、裁きを受けなければならない可能性が少しあってね」


英蘭の正体を看破(かんぱ)してしまった代償か。いかにも、英国のおとぎ話にありそうな展開だ。


そして多くのおとぎ話において、その代償は登場人物らをバッドエンドに導くであろうものとなる。だから、僕は彼女の言葉に少し恐怖した。


「代償って、一体なんだ?」


僕は恐れつつ英蘭に問うた。彼女は、「それをね、今から確認するの」と答えた。


英蘭は、リビングの端にある、何も置かれていない壁に向かって、右手を軽く振った。するとそこに、どこからともなく本棚が現れた。本棚には多種多様な本が、雑多に並んでいた。


「魔法で出現させたのか?」


「ううん。ずっと部屋に本棚は置かれてたの。ただ、他者に見えないように、透明化の魔法を本棚にかけてただけ」


「なるほどな」


なるほど、と納得してしまう自分が怖くなってきた。非常識に少しの耐性がついてきた自分が情けなくもなってきた。


英蘭は本棚の方へ向い、そこから一冊の分厚い本を取り出した。


600ページ近くはあると思われる、その本は、真紅色に装丁されており、背表紙には、『世界思想書全集 46巻 サルトル』と、金の文字で記されていた。


僕はこの本を読んだことがあるから、厳密に言えばこの本の総ページ数は589ページなのを知っているが、至極どうでもいい話だ。


「それに分厚い本はね、他の見られたくない本を隠すのに便利なの。来津くんもお年頃なんだから、そういう本の一冊や二冊くらい、持ってるでしょ?」


ふふふ、とこちらを弄るように微笑みつつ、英蘭は言った。だが英蘭よ、最近はネットが普及したおかげで、そういった本は全て電子媒体として購入できるんだぞ、と僕は思ったが口には出さなかった。僕はただ、にこりと彼女へ微笑み返した。


英蘭は、何故僕が微笑み返したのかがさっぱりわからない、といった風にきょとんとした。


「来津くんには、まだ早い話だったかな」


英蘭はそう言いつつ、『思想書全集』の後ろに隠されていた本を、本棚の奥に手を突っ込んで取り出した。


英蘭が取りだし本の表紙は黒く、そこには白いミミズが這っていた。


いやもちろん、実際に這ってたわけではない。まるでミミズが這ったかのように、ふにゃふにゃとした白い文字が、本の表紙に書かれていたのだ。


僕は、世界中の言語を大体暗記しているが、こんな形の文字は見たことがない。よほど字が汚いアラビア人が書いた文字、と説明されても納得出来ないほどにぐちゃぐちゃだ。そもそもこれは、文字でなく何かの記号かもしれない。あるいは前衛芸術の類いだろうが。


結局僕の予想は、「ああこれね、魔法文字って言うんだよ」と英蘭が言ったことにより、その効力を失った。


「三歳児が書いた落書きにしか見えないんだが」


「人間からすれば、三歳児が書いた落書きの方がマシな造形だと思うよ?」


さすがにそこまで下卑(げひ)しなくても……。


「魔法文字はね、魔法使い以外の者が容易にそれを読めないようにするために、意図して難解な形に創られてるの」


文字の作製者も骨が折れただろうに。


「で、表紙には何て書いてあるんだ?」


「日本語にざっくり訳すと、『魔法規憲法全書(まほうきけんぽうぜんしょ)』ってところかな」


つまり、僕ら日本人にとっての六法全書(ろっぽうぜんしょ)のようなものか。魔法使いに国籍は無いはずだから、おそらく国籍は関係なく全ての魔法使いに適用される法規なのだろう。


「えーと、秘密保護に関する項目は、たしか憲法13条だったから……」


英蘭はパラパラとページを捲った。そして、「あった」と言い、彼女はその項目を音読した。


「えーと、『魔法使い及びその内縁者以外に対し、自らが魔法使いであるという秘密情報を、たとえ不慮(ふりょ)の形であれ、漏洩(ろうえい)させてはならない。前述に違反した場合、漏洩者は責任を持ち、秘密情報の取得者を処分しなければ……』」


英蘭はそこまで読んで口をつぐんだ。彼女の顔につうと汗が伝った。


「つまり、どういうことなんだ?」と、僕は訊ねた。


「えーとね、来津くん。大変言いにくい話なんだけど……。この場合、漏洩者が私に当たり、秘密情報の取得者が来津くんに当たるの」


「つまり?」


「つまり、私は責任を持って来津くんを処分しなければ……」


「ちょっと待て!!処分てなんだ!!」


「処分は……、処分だよ」


処分、その二文字は僕の頭の中で、精肉所の光景に変わった。食用豚のように僕はバラバラにされてしまうのか。


「英蘭!俺を殺すのか」


「まだそんなこと言ってないよ。『魔法使い及び内縁者以外に』って書いてあるから……来津くんが今から魔法使いになるのは不可能だし、内縁者……養子縁組はお互いに無理か……そうなると、夫婦!?それだ、それだよ来津くん」


「いやおかしいぞ、話が飛躍しすぎだ」


「つまりね来津くん。来津くんが私と結婚することで私の内縁者になれば、来津くんは殺されずに済むのよ」


そして英蘭は、こう言った。


「来津くんは、私と結婚するか、私に殺されるか、どっちがいいかな?」

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