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魔女の恋人-- The boy meets Wizard --  作者: つちなり
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魔女の恋人篇 2話 『魔法は真夏の夜の夢みたいに』

魔女狩り、と。英蘭(えいらん)はたしかにそう言った。中世ヨーロッパで行われた魔女の炙り出し及び処刑行為。魔女狩りという言葉から僕が連想できるのはその程度のものだ。


「あー、やっぱりこの技は使い辛い」


歪んだ空間は元に戻っており、そこには一人、男が立っていた。背丈は僕と同じくらいだろうか。紺のキャップを目深に被った、どこにでもいそうな、強いていうなら早朝に開店前のパチンコ店に並んでいそうな、そんな風貌(ふうぼう)の男だ。


「魔法使いでもないのに、瞬間移動を使おうとするからよ。魔力器官(まりょくきかん)を移植したって、人間は人間なのよ」


「あー、たしかにそうだな。最近、魔力器官が消耗してきたんだ。ちょうど、新しいのが欲しかったところだ」


「で、私のを貰いたいと?」


「話が早い」


「拒否します」


言葉を言い終わる前に、英蘭は左腕をさらりと動かした。着物の裾が僅かに揺れた。


辺りを取り囲んでいた木々の枝葉が、まるで意思を持ったかのように急速に成長し、その全てが男の方へと伸びていった。一瞬の出来事であった。


男は瞬時に胸元からナイフを取りだし、彼の方へ向かう枝葉を逐一切り落としていった。だが、いくら切り落としても枝葉は尽きることなく、男へと向かってゆく。


「くそっ、きりがねえ」


そう呟くと、男はさらに七本のナイフをズボンのポケットから取り出した。七本のナイフを男は宙へ投げた。一瞬、空中で停止した後、ナイフもまた意思を持ったかのように、真っ直ぐと英蘭の方へ向かってゆく。


「危ない!」


僕は叫んだが、英蘭は余裕そうな素振りで、襲い来るナイフの前へすうと右手をかざした。ナイフは彼女へ近づくことなく、その途中で停止した。


それとほぼ同時に、英蘭は左手を振るった。細い枝がするすると地を這い、男の右足に絡み付き、払った。


足元をすくわれた男は、バランスを崩して前のめりに倒れ、頭を地面に強く打ち付けた。鈍い音がした。その衝撃で、男が手に持っていたナイフもその手から弾かれ、地面に打ち捨てられた。


英蘭がさらに左手を動かすと、うつ伏せになった男の四肢と胴体が枝によって縛られた。英蘭が左手をゆっくりと上げると、体の自由を失った男は、枝の力によって宙へと持ち上げられた。


彼女の右手はまだ、宙に浮くナイフを停止させるためか、その方へと向けられている。


男は宙で足をばたつかせたが、枝はその身を決して離さない。


英蘭は右手をゆっくりと動かし、その指をパチンと鳴らした。すると、停止していたナイフがゆっくりと、百八十度回転し、男の方へと向けられた。


「ちょ、待って、ストッ」


「待ちません」


英蘭は非情な言葉を発すると共に、右手を強く前へ押し出した。七本のナイフは異常なスピードで男へと強襲し、その全てが彼の体の直前で停止した。うち一本は、男の眉間をほとんど(かす)めていた。男の意識と目線は恐怖の形となって、ナイフへと注がれていた。


「名前は?」


縛られた男に向かって英蘭は訊ねた。


「あこ……阿古田、阿古田(あこだ)広和(ひろかず)


阿古田と名乗った男は、背を反らしてナイフから少しでも距離を取ろうとしつつ、震えた声で答えた。


「所属は?」


「無所属だ。フリーだ」


「協力者、または依頼人は?」


「今回に限ってはいない。ただ魔力器官が欲しかっただけだ」


「では、前回はいたと?」


早口で答える阿古田に対して、英蘭の質問は淡々とした口調によるもので、だからこそ冷ややかな恐怖が語気に含まれている。


「あ、ああ。依頼されてやったこともある」


「誰に?」


「それは……言えない」


「自分の立場を弁えて発言した方がいいと思いますよ?」


英蘭は左腕をほんの僅かだが動かした。七本のうち一本のナイフが阿古田の肩に容赦なく刺さった。


「あっ、ぐぁっ……うっ」


苦悶(くもん)の表情を浮かべ、呻き声を出す阿古田の顔からは、無数の汗が滴っている。


「次は大腿(だいたい)、その次はわき腹、そして最後は眉間。一体どこまであなたが口を紡ぎ続けるか、私、楽しみだなあ」


英蘭の脅しに、阿古田の顔が強張った。


「わかった。言う……言います。依頼人はジャックってやつだ。黒いハットを被った、全身黒ずくめの男で、いつも俺に魔女の死体を運んでくるように要求してきた。報酬は一人につき百万程度だった」


「その他の特徴は?」


「えっ……ああそうだ。ジャックはいつも黒いローブを纏っていて、それを愛用している」


「ジャック……黒いローブ……」


阿古田が言った特徴を英蘭はぼそぼそと復唱した。黙考しているのだろうか。そして、


「吸血鬼!!……」


と彼女は強く言った。叫びではなかったが、その言葉には何か強いものがこめられていた。


「この町にそいつはまだいるの?」


「ええまあ、最後に会ったのは数日前だから、おそらくはまだ……」


「最悪よ。あの化物が台頭してくるなんて……」


英蘭の声はまるで、脅している立場の彼女が脅されているような、今際に立たされた小鳥の(さえ)ずりのようになった。僕から見えるのは彼女の背中だけだが、きっとその顔には神妙な色が(たた)えられているだろう。


「とりあえず、私からあなたに聞きたいことは以上です」


思いを溜飲したのか、英蘭はまた、淡々と言葉を紡いだ。


「な、なら。解放してくれるのか!?」


阿古田はあからさまなまでに、嬉しそうに言った。が、英蘭はやはり非情であった。


「いえ、あなたは然るべき場所に転送させてもらいます」


「なっ!?」


おそらく今日一番の勢いで、英蘭は左手を振るった。袖どころか、着物全体が強く揺れた。枝葉は阿古田の身体中に絡み付き、そしていよいよ、彼の姿は枝葉のうちに隠れてしまった。枝葉は幾重(いくえ)にも重なり、まるで繭のようになって、阿古田を包み込んでしまったのだ。


英蘭は、左手を強く握った。呼応して、枝葉も一瞬強く縮み、そして弾けた。パラパラと地に舞い落ちる枝葉の残骸の中に、阿古田の姿はなかった。


英蘭はふうと息をついた。


そして、こちらを振り返った。


「ごめんね、怖い思いさせて」


そのときの彼女の顔は、先ほどの切迫した声色からは想像もつかないほどに穏やかで、全てがこの暗い現場の中で落ち着いていた。


「大丈夫、さっきの人は死んでないよ」


「そ、それは良かったな」


そんな返事くらいしか、今の僕には出来なかった。


「うーん、いいのかなぁ。ていうか、来津(くるつ)くんに全部見られちゃったね」


そうだ、僕は全てを目撃してしまったのだ。この非常識の全てを。


「ねぇ、来津くん。唐突だけどさ」


いまだ放心して、うまく言葉が出ずにいる僕に対して、英蘭はこう言った。


「今からさ、うちに来ない?」


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