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魔女の恋人-- The boy meets Wizard --  作者: つちなり
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魔女の恋人篇 プロローグ 『それは青春という名の衝動』

 ある八月の夜、自室にて漫然とテレビを見ていると、外から祭囃子(まつりばやし)の音が聞こえてきた。


 篠笛(しのぶえ)の音や和太鼓の軽い弾みが部屋に響いた後、「ああ、今日はたしか下野町で祭りがあるんだった」と僕は思い出した。どうやら囃子(はやし)を演奏している楽団は、ここら付近を練り歩いているらしく、音はどんどんこちらへ近づいてき、比例して大きくなってゆく。


 下野(しもの)町で行われる祭りは、上野(かみの)町に住む僕らには、あまり縁のない行事だが、それでも囃子の音を聞くと、祭りに顔を出したくなってしまうのは、致し方ないことだろう。


 という訳で僕は、親から外出の了承を得た後、シャツの上から紺のパーカーを羽織り、短パンを穿き、靴はつっかけ、というだけのラフな格好で、祭りへ向かうことにした。


「お兄ちゃん、お祭り行くの?」

 家を出ようとしたとき、リビングの方から妹の高い声がした。

「ああ、ちょっと顔を出してくる」

「お兄ちゃん、綿あめ買ってきてよ、綿あめ」

「あー、はいはい覚えてたらな」


 おそらく、リビングにあるソファの上に寝転がりながら、僕よりも漫然とテレビを見ているであろう妹から、可愛らしいお使いを頼まれてしまった。妹が僕に頼みごとをするなんて、いつ以来だろう。そんなことを考えつつ、外へ出た。


 夜だというのに、外気は未だ生温かった。囃子に混じり、近くの草むらで夏の虫が騒いでいる。自転車で行こうかと考えたが、今はこの叙情(じょじょう)的な雰囲気を愉しみたいので、徒歩で向かうことにした。風流に包まれつつ、舗装された坂道を下り、下野町へと歩を進めた。


上野町から二十分ほど歩くと、景色に緑が増えてゆき、あちこちに田んぼが見受けられはじめる。それが、下野町に到着したという、一つの目印だ。下野町は上野町に比べて、田舎なのだ。


途中、(あぜ)道を越えたあたりで、行き交う人々が増えはじめた。着物を纏っている者や、涼しげな格好をしている者、手にヨーヨーをぶら下げた者などが散見される。空色の着物の少女がおり、その袖口は暖かな風に揺れていた。さらにそこから進むと、遠くの景色が光に包まれはじめた。祭りは、すぐそこだ。


祭りの会場には、様々な出店が立ち並んでいる。チョコバナナ屋にりんご飴屋、妹に頼まれた綿あめ屋もある。胡散臭い射的屋に、これまた胡散臭いくじ引き屋。ヒヨコを売っている店は、最近はもうないか。


とりあえず、一通り出店を見て回ろうと考えた僕は、左右にせわしく視線を巡らせつつ、石畳の道を進んでいった。

お面屋を通りすぎた辺りから、周囲が仄暗くなり、店数も減ってきた。どうやら、これ以上進んでも何なさそうだ。


引き返そうと僕が(きびす)を返したとき、視界の端が複数人の姿をとらえた。


ガタイがよくてガラの悪い男が三人、にやつきながら、紅色の着物を着た一人の少女を取り囲んでいる。そして中心にいる少女は、整った容貌をしており、その顔には困惑の色が湛えられている。ああ、だいたいの状況は察した。


夏、祭りにて、着物の少女がヤンキーに絡まれていて、それを目撃しているのは僕一人。テンプレートの数え役満ではないか。


となると、僕がとるべき行動は一つだ。僕の行動の原理は、決して勇気でも正義でもない。ただ、そうすべきだと本能的に感じたからだ。強いて言えば、青春の原理なのだろう。


僕は少女の方へすたすたと歩み、ヤンキーを手でかきわけ、そして少女の腕を掴んだ。さて、なんと言おうか。「嫌がってるだろ、やめてやれよ」でもいいし、「すんません、こいつ俺のツレなんで」でもいい。とりあえず何かしら、格好のいい言葉を言わねばと、僕は思考を巡らせた。


だが、思考は徒労であり、行動は杞憂であった。なぜなら、次の瞬間、驚愕すべきことが僕の眼前で起こったからだ。


突如、少女の周囲の空間が捻じ曲がった。

少女の腕を掴んでいる僕の手もぐにゃりと歪んだ。それらの変異を、僕はこの眼で確かに見たが、にわかにも信じ難く、故に僕は当惑した。


この空間の捻れは、運命の捻れでもあった。それはつまり、この瞬間、僕と少女――後に、少女の名が英蘭伊里栖であるということを、僕は知る――の運命が、大きく交錯し、そして未来が改変されたということだ。


英蘭家の崩壊、吸血鬼の存在、そして魔女狩り。それらの有象無象に巻き込まれることを、このときの僕は知る由もなく――。

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