冷たい彼氏
ふられることは想定内だ。
それでも、想いを言わずにはいられなかった理由は。
「か、神木くんのこと…ず、ずっと好きだったんだよね!」
この恋を終わりにしたくて。
ちゃんと伝えなければ、今よりもっと好きになってしまう。
「…白戸」
神木くんの低い声で私を呼ぶ。
エンディングはわかっていても、それでも胸が痛くて苦しくて、私は恐る恐る神木くんを見た。
「じゃあさ、俺と付き合う?」
「…は?!」
ふられた自分しか私はシュミレーションしていなかった。
私が神木くんを好きになったのは高校一年生の時だ。
同じクラスで、他の同級生よりも大人っぽく見えて。
あまり女子と話すこともなくいつも男子と群れていた。
特別優しくしてもらったわけではないのに、何となく目で追うようになって気付いたら好きになっていた。
いつも目で追っていたら気付いたことがある。
神木くんは1つ上の先輩に恋をしていた。
先輩とは話すし、よく笑うし、優しかった。
そんな先輩には敵うわけないことにもすぐに気が付いた。
だけど、神木くんのことをもっと好きになっていくから告白を決意した。
高校2年生の春。
私は神木くんにふられにいったんだ。
「は?って何で?付き合わないの?」
想像を越えた展開に私の頭はついて行かない。
「…どうする?」
答えはもう決まっている。
「お、お願いします…!」
神木くんが私の彼氏になって1ヶ月。
約束しているわけではないのに、毎日一緒に帰る日々を送っていた。
「神木くん、お待たせしました…」
何となくお互いに下駄箱で待つようになって。
「別に待ってないから大丈夫。行こう」
恋人同士らしいことはしているかもしれない。
神木くんは無愛想だけれど、優しいこともわかっている。
私にとって、大好きな人が彼氏になったのだから本当に幸せ。
しいて言うならば。
「か、神木くんのクラスは担任の先生どんな感じ?」
私は神木くんに置いてかれないように急ぎ足で後を着いていく。
「…別に。普通」
強いて言うなら、愛されてる気が全くしないことくらい。
虚しくなっても、神木くんが何も言わなくても、最初から神木くんは私を見てないことくらいわかっていたのに。
「そうだよね!普通だよね!私の担任も普通だもん」
大好きな人が彼氏。
だけど、何でこんなに虚しいの。
足早に神木くんに追い付こうとした時だった。
「あ、忘れてた。これあげる」
神木くんは、カバンから何かを取り出して私に差し出した。
「限定パッケージのガム。俺の地元のコンビニに売ってたよ」
「え?貰っていいの?」
私は嬉しくて緩んだ顔を隠すように、口元を覆いながら話す。
「白戸、限定ガム探してるって言ってたよね」
単純に嬉しい。
どうしようもないくらいに。
「神木くん、覚えてて…くれたんだ」
抱えてる虚しさや不安が一気に吹っ飛ぶ。
「偶然売ってたから」
些細なことかもしれない。
だけど、私はまだ神木くんをやめられない。
「じゃあ俺こっちね。ばいばい」
「あ!うん!またね」
神木くんは、もっと私といたいって思わないのだろうか。
翌日、急遽委員会が入ることになり、私は神木くんのクラスにそのことを伝えに向かった。
遠目から見る神木くんは私が好きになった神木くんのままだった。
相変わらず男同士で群れて、楽しそうに笑っている。
少しの間だけ見とれていると、神木くんが私に気付き、私のもとまで歩いてきた。
「…何?」
私が見てた神木くんとは違う人のように、私には素っ気ない態度で話す。
胸がチクリと痛む。
「あ、今日、委員会になっちゃって…一緒に帰れなくて。ごめんなさい」
別に約束しているわけでもないのに、謝ったりするのは変な感じもした。
「…わかった」
チラッと神木くんを見たら、相変わらず素っ気ない態度。
気付けばもう友達の元に戻っている。
…神木くんは私といて楽しいの?
モヤモヤした気分が消えないまま委員会も終え、帰ろうとしたとき、神木くんの教室から声が聞こえてきた。
こっそりと覗こうとしたときに、神木くんの声が聞こえてきた。
私は、咄嗟に隠れてしまう。
立ち聞きするつもりじゃなかったのに…。
「神木がいるの珍しいな。いつも彼女と一緒に帰るのに」
私の話だ…!
私はつい耳を傾ける。
「何か、彼女見てて痛いとか思わない?」
い…痛い?私が?
一瞬で追い詰められた気分になる。
聞きたくない話なのに、何故か立ち去れない。
「神木、何であの子と付き合ってんの?」
体が震えてくるのがわかる。
知りたくなくて、私はずっとわからないふりをして神木くんと付き合ってきた。
「おい。俺は別に…」
神木くんが話始めたタイミングで、私は遠くから先生に呼ばれた。
「白戸ー。もう遅いから早く帰れよー」
ビクッとして、顔を上げたときにはもう遅かった。
「白戸?」
神木くんは私がいたことに気付いてしまって。
私の目の前には神木くんがいた。
「白戸…」
神木くんの顔が上手く見れなくて。
神木くんが私の腕を掴もうとしたけれど、私はそれを払って走った。
「白戸!!待てって!」
きっと、神木くんはずっと私を可哀想とか、痛い彼女だと思っていたのかもしれない。
それなのに、どんな顔して神木くんを見たらいいかわからない。
私はとにかく走った。
走って、誰もいない教室に一先ず隠れた。
息切れをしながら、私は床に座った。
「運動不足かな…苦しい…」
私は独り言を呟きながら、自然と涙が出てきた。
「あー。やっぱりもう無理かな…」
私はゆっくりと深呼吸をして、少し落ち着いたところで教室を出た。
すると、なんと汗だくで息切れをしている神木くんと鉢合わせしてしまった。
「な、何で…」
私はゆっくりと後退りしてしまう。
私とは反対に、神木くんはゆっくりと私に近付いてくる。
私は逃げ道を探そうと、気付かれないように神木くんの隙を狙う。
「白戸…何で逃げんの?」
「に…逃げてない…」
追い詰められる前にこの教室から出ようとしたとき、まんまと神木くんに腕を捕まれてしまった。
「もう逃がさない」
「や…やだ。離して…」
しばらく沈黙が続いて、教室の時計の針の音がよく聞こえていた。
私は神木くんの後ろを向いたまま、ただずっと、腕を放してもらうことはなかった。
「白戸が誤解してるんじゃないかって思って…」
誤解。
そんなわけないこともわかっている。
今までの神木くんを見ていればわかることだ。
私のこと全然好きじゃなかったでしょう?
「もういいよ。もうやめる」
自分の声が震えてるのがわかった。
「神木くんが他の人好きなのも知ってるの」
「好きな人って、何の…」
私は神木くんの話を遮った。
「先輩のこと今でも好きなんでしょ?」
「は?!ちょっと待ってよ…いろいろ突っ込み所満載なんだけど」
今までに見たことない、自然体の神木くんが垣間見えた気がした。
神木くんは今以上にぐっと力強く私の腕を掴み直した。
「いろんな誤解があるようだけど」
私はじっと神木くんを見た。
「俺、先輩のこともう好きじゃない」
意外な一言に私はついパッと目を見開いてしまった。
「だ、だって!だから私と付き合ってても楽しくなかったって…いうか…」
自分で言って涙が出てくる。
「付き合ってもらってる感じがして、私、虚しくて…」
ずっと、閉じ込めていた想いを少しずつ打ち明ける。
私の泣き声が教室に響いている。
「さっきの話も聞いてたんでしょ?」
神木くんは俯きながら話始めた。
「もう一度言う。先輩のことはもう全然好きじゃない。それに白戸に付き合ってあげてたつもりもない」
初めてかもしれない。
「上手く伝わってなかったみたいだけど…」
こんなにちゃんと話をするのは。
「好きだから、毎日一緒に帰ってたんじゃないの…」
神木くんは恥ずかしそうに口元を手で隠しながら言った。
「…てか、白戸逃げ足速いから」
胸が暑くなっていく。
「だ、だって私、中学の時陸上部だったし…」
「へぇ。初耳…」
日が暮れてく。
教室が薄暗くなってく。
心臓の音、神木くんにバレてしまわないように。
少しずつ近付く距離に、どんどん大きくなる。
胸が高鳴ってしょうがない。
腕が引き寄せられて、私は神木くんの腕の中にすっぽりとくるまれる。
「ちゃんと好きだから」
その言葉で、嘘みたいに不安が吹っ飛んでしまう私だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
また宜しくお願いしますm(__)m