09:直前
ギルド公認依頼参加当日。
ギルド前の広場には多くの冒険者が大挙していた。
「諸君、本日は参加していただき心より感謝している。
ギルド事務局のアンダーソンだ。
本日の依頼を指揮することになっている」
急ごしらえの土台に上がり、参加者全員の視線を受けているのは痩身の男性だ。
短く刈り上げられた髪に鋭い眼光、優男のように細い体には絞られた筋肉が付いている。
装備しているのはハーフプレートと二本の剣と身動きが取りやすそうな前衛装備だ。
「おお、あの『狂犬のアンダーソン』が参加するのか」
ハルトとシャーリィの隣に立っていた壮年の冒険者が仲間と話していた。
近くに立つハルトたちには自ずとその会話が耳に入ってきた。
「召喚されたばっかりの『勇者』に冒険の手ほどきをして、ついこの間までパーティにも参加してたらしいな」
「その『勇者』が十分強くなったからギルドに戻ってきたそうだ」
「まだ年齢も30中盤だから冒険者として付いていっても良かったんじゃねえか? その方が儲かるだろ」
「職務に忠実で有名な男だからな。ギルドのことを最優先に行動する。『勇者』の指南役もギルドからの命令だし、最終的にはギルドに利益が入るからやっていたところがある」
「なるほどねえ。俺ら世代じゃあ間違いなく一番の出世頭だったのにBランクで事務局に転職しちまって、当時は騒がれたもんだ。Aランクにも行けたに違いねえ」
「なんでもギルドマスターに返しきれないほどの恩ができたらしい」
「ははぁ、普段はお目にかかれないギルドマスターにねえ」
「ま、何はともあれ、あのアンダーソンが陣頭指揮を取るなら間違いねえ。腕も立つ上に頭も切れる」
他にも似たような話がちらほらと聞こえてくる。
アンダーソンという男は冒険者たちの会話から相当の実力を持っていることを伺えた。
「では、これより本日の作戦を発表する。
まず、ここにいるメンバーで5名の小グループを作成してもらう。
登録時のパーティメンバーが5名のところはそのままだが、多かったり足りないパーティは他のパーティと合同、一部移動などを行ってもらう。
メンバーについてはこちらがすでに作成済みだ。
近くの職員からリストを受け取ってくれ」
アンダーソンが言い終わると待機していた職員が紙を配り始めた。
依頼受注の時にしようしている羊皮紙ではなく、何かの草を乾燥させて作ったものだった。
リストを確認するとハルトとシャーリィは同じパーティのままのようだった。そこに2人組パーティと1名で志願した冒険者が合流する。
「おう、今日はよろしく頼むぜ」
先にハルトたちを見つけたのは2人組のパーティの人たちだった。
2人とも男で初老と壮年の男性だった。
初老の男性は髭を蓄え、顔に刻まれた皺は戦士としての戦歴を表していた。
装備はところどころが補強されており、これまた古いものだったが装備者と合わさることで貫禄を帯びていた。
「俺はダーダン。こっちは息子のダニーだ」
ダニーと呼ばれた壮年の男性はダーダンと顔が似ていた。
装備品はまだ新しさが残っており、働き盛りな印象を持たせる。
「よろしく。親父はAランクで俺はCランクなりたてで、いろいろ手ほどきを受けている新米だ。
足を引っ張らないように頑張るよ」
ダニーが控えめな挨拶で微笑んだ。
おかげでハルトとシャーリィは緊張がほどけ、笑みを作ることができた。
「ハルトです。俺たちもCランク上がりたてなんで協力していきましょう」
「シャーリィよ。こちらこそよろしく」
ハルトとシャーリィが挨拶をすませると、最後のメンバーが歩み寄ってきた。
薄手の布地のためか、スタイルの良さがわかるローブに身を包み、杖を携えた若い女性だ。
大きなつばのとんがり帽子を上げると蠱惑的な美貌を持った笑みを浮かべる。
「御機嫌よう。ソーサラーのキリリアよ。
冒険はCランクに上がったらやめちゃったけど、魔法の腕ならこの中で1番だと自負しているわ。よろしくね」
「こりゃパーティに華が多くて楽しくなりそうだな! ははは!」
ダーダンが愉快そうに笑った。
パーティメンバーでの顔合わせが終わると、ギルドの職員が近づいてきた。
先ほど土台で話していたアンダーソンだった。
「小グループ3組に対し、一人の職員がつきます。
諸君の担当は私、アンダーソンです。作戦概要を説明します。」
アンダーソンは持っていた大きめのバインダーを5人に見せた。
そこにはダンジョンの図面が書かれている。
「あら、もうそこまでダンジョン内のマッピングが済んでいるのね」
「しかも結構奥まで細かく描いてるじゃあねぇか」
「私たちって調査が目的なんでしょ? ここまで出来ているなら調査よりは魔物討伐がメインになるのかしら」
キリリア、ダーダン、シャーリィの順番で各々の感想を漏らした。
しかし、アンダーソンはどれも肯定しなかった。
「これは崩壊した壁の中、新しく発見された通路の壁に描かれた地図です。
今回の任務は各小グループでこのマップの精度がどれくらいなのかを調査していただきます」
「マップをみる限りだと、大きい通路から細い道が分かれてその先に行き止まりの小部屋があるな」
「はい。私が担当する3つのグループの方々にはこのマップ上の左側にある3部屋をそれぞれのグループに調査してもらう予定です」
「可能性的にはボス部屋があるかもな」
「そうですね。その場合は討伐せずに引き返してもらっても構いません。
十分注意してください。今回はあくまで調査なので命をかける必要はありません。
脅威となる場所が発見できたら再度討伐のための編成を組みますので、その際まだ参加の意思が残っていましたら引き続き討伐任務もお願いします」
一通りの説明が終わるとアンダーソンは立ち去ってしまった。
ハルトたちのパーティは事前の打ち合わせとして戦闘時の編成を話し合うことにした。
「まあ、ダニーと俺が前衛、シャーリィちゃんとハルトは遊撃で中衛、ソーサラーのお姉ちゃんが後衛ってところだろうな」
ダーダンは編成の話になり即決で言った。
他のメンバーも不満がない様子だ。
「私は結構威力の高い魔術も使えるから、敵次第では前衛に加えてもいいと思うわ」
「へえ、威力はどれくらいなんだ?」
「ゴーレムを一撃くらいよ」
強さの基準とは難しい。
同じ魔術でも使用者によって強弱が分かれ、制限などもつくことがある。
そのため、どんな技術を持っているか? という質問ではなく、どんなモンスターに対してどれほどの威力・効力を発揮できるかという表現を使う場合もある。
特に初めて顔合わせをした新規パーティの場合はその傾向が強く出る。
「そいつは、すげえ」
ダーダンとダニーは素直に驚いていた。
シャーリィのように子供は基本的に高火力を出すよりは技術面で秀でていることが多いのだ。
幼少の頃から培った技術は大人になってから習得したものよりも繊細で卓越している部分があるため、それを冒険に生かすのだ。
だがシャーリィは幼少から培った技術ではなく、半年前に『勇者召還』で手に入れた力なので例外中の例外である。
「ちなみにハルトくんはどんな武器を使うんだい?」
ダニーはハルトが今現在武器を携帯していないことを踏まえて質問した。
剣や槍を備えていたり、キリリアのように魔術師の格好をしている場合は見た目で役職がわかるが懐の中にしまえる武器を持っている人間は種明かしをしないとほとんどわからない。
鍵開けや罠解きができる斥候やマッピングや荷運びを専門にする補助役、自分の肉体を武器にする拳闘士、小剣や簡易魔術、サポートアイテムを駆使して戦闘を行うオールラウンダーな前衛などは見た目では判断できない。
「俺はボウガン主体だけど、何でも使うよ」
「そのボウガンも他の武器も見当たらねえが?」
「一応ユニークスキル持ちなんだよ。ほらこれ」
ユニークスキルとは各個人が修練の元に手に入れた技術であり、魔法と異なり誰もが同じ技・能力を行使できるわけではない。
『準勇者』であることをあまり言いたくないのと、自分の情報を公にすることは冒険者としては良くないことを踏まえユニークスキル、という程にすることにした。
情報=命である。
パーティを組む以上、詳細は省きつつ要点だけを説明することに事前に決めていたのだ。
ハルトは『アイテムボックス』のカード化された武器を数枚見せ、その内一枚のカード化を解除する。小さく光るとそれはボウガンになり、ハルトの手に収まっていた。
「あら、すごいわ。一体どうなっているのかしら」
キリリアが興味を示し、ハルトに距離を詰めた。
その距離はおおよそ会話をするには近すぎるくらいだった。
「なにデレデレしてるの」
シャーリィはつっけんどんな視線をハルトに送った。さすがのハルトもその言葉には焦りを覚える。
「いや、してない」
「胸ばっか見てるじゃない」
「見てないよ」
「あら大きいのは嫌いなの?」
そして会話にキリリアが入ってきた。ハルトは辟易した表情へと変えていく。
「そうではなくて」
「小さいのが好きなの?」
「違う」
「やっぱり大きいのがいいんじゃない」
「待って。落ち着こう。みんな落ち着こう」
「俺はやっぱ大きい方だな!」
「父さんやめなよ!」
ダーダンがちゃちゃを入れてどんどん本題から脱線し始めた。
混沌とした会話が広がり、係員からのダンジョンへの移動が勧告されるまで騒動は収集がつかなくなった。
次は5月8日8時に投稿します。