08:不安
シャーリィとハルトが出会って1ヶ月が経過した。
最近ではダンジョン内での活動が主となっている。
「来たわよ、ハルト!」
シャーリィが遺跡の狭い通路を走る。
彼女の背にはリザードマンの大群が迫っていた。
リザードマンは人間大の亜人種の魔物だ。二足歩行ができるほど脚部が発達し、手には鋭い爪が付いている。
シャーリィは坑道の角を曲がった直後に地面に転がった。
追ってきたリザードマンたちとの距離が一気に縮まったが、先頭を走っていた数匹が首から血を吹き出し倒れこんだ。
ワイヤートラップだ。見えないように黒くしたワイヤーを壁に設置し、通過した獲物をワイヤーによって切断する。
「シャーリィ、射線からどくんだ」
「もうどいたわよ!」
リザードマンの群れは仲間がどうして血を出して倒れたか理解できずに躊躇している。
そこにハルトが持ち込んだ『バリスタ』から鋼鉄弾をたたき込んだ。
至近距離からの『バリスタ』は驚異的な速度でリザードマンの回避を許さずに獲物に食いついた。
残党をまとめて吹き飛ばすことは成功したが、数匹は急所を外していた。
「父なる空に誇りを持て! 母なる大地を賛賞せよ! 駆け抜けろ『スレイプニール』!」
出力を抑えた技による追撃で残ったリザードマンたちはようやく沈黙した。
討伐証明部位となる右手首を回収し、ワイヤートラップも片付け始めた。
「だいたい慣れてきたわね」
「今まで屋外でやっていたことをいきなり狭い遺跡でやるのはちょっと不安だったけど、要領は似ていたな」
「むしろ使える罠の種類が多くて楽ね」
「ダンジョンで冒険したほうが稼げるってのがようやく実感できたな」
ダンジョン内での活動は主に依頼の達成による報酬、魔物から得られる素材の利益、ダンジョン情報の提供による奨励金がある。
依頼報酬と素材の利益はダンジョンでなくとも得られるものだが、ダンジョンでの依頼や素材の価値はダンジョンでの活動が危険であり、Cランク以上限定のため割型に設定されていた。
ハルトとシャーリィは『アイテムボックス』で武器や道具の持ち運びが容易に行えるため、魔物討伐の効率が良いので依頼達成と素材集め両方で利潤を他の冒険者よりも得ることができている。
「じゃあ、今日はこの辺で引き上げるか」
ハルトたちは街を出て東へ進んだ先にある遺跡で活動を行っている。
理由としては移動に馬車を使う必要がないので移動コストが低く、『アイテムボックス』で輸送コストを無視できるため大掛かりな罠や道具を持ち運べ、なおかつ遺跡が広く他の冒険者に合わないため邪魔されずに試行錯誤を行えるという3つの利点があるからだ。
朝に出て、夕方にギルドへ報告をする。
夜になると街の外での活動が一気に危険になるため、夕方は仕事あがりの冒険者がギルドに密集する。
「ねえ、ハルト。あれ見て」
シャーリィがギルドの一角に人だかりができていることに気がついた。
人だかりは宣伝用の掲示板がある場所だ。
掲示板には広告やイベントの告知などが貼られているが、時折指名手配書や緊急性の高い周知事項が貼られている。
そのため、今回もその手のニュースが出たものだとハルトは予想した。
「俺が受付やってくるから、シャーリィは気になるなら見てきてもいいよ」
「そう、ならお願いするわ」
しばらく並んでいるとハルトの順番が回ってきた。
今回の依頼は問題なく処理され、報酬を受け取る。
まだだいぶ列が残っているので、そそくさと立ち去ろうとすると受付係の女性がハルトを呼び止めた。
「ハルトさん、一つお話よろしいですか?」
「はい?」
事務手続きと雑談以外をしたことがなかったので、急に受付係の女性に呼び止められ面食らう。
夕方の忙しい時間帯はハルトも空気を読んで話しこまないようにしていたので何事かと身構えてしまう。
「Cランク以上の方にこちらの周知を行っています」
渡された紙には大きく、ギルド公認依頼参加者募集中と銘打ってあった。
普段は仲介としての立場にあるギルドが依頼側になり、冒険者を集めて大規模なミッションを行う趣旨だ。
いち冒険者、いちパーティでは達成が困難に思えるような問題を解決するために行うことがあるギルド公認依頼だ。そのため、参加者には普通の依頼よりも報酬アップやランク上げの配慮が行われる。
「実は街の南西にある地下迷宮に新しい通路が発見されました」
「その通路の調査に参加するのがこのギルド公認依頼ってことですか?」
「はい。発見された通路は壁が崩落した時に発見されたもので、浅い階層なので魔物が街へ侵入する恐れ、現在行なわれている冒険にも支障が発生するため早々に調査と対策を打ちたいというのがギルドの意向です。
できるだけ人手が欲しい状況です。よろしければご検討をお願いします。報酬に関しては期待して良い、とギルドマスターから通達もありますので」
ひとまず回答期限を聞き、ハルトは受付を立ち去った。
最近はずっとダンジョンに潜り経験を積んできた。ここで高難易度に挑戦するのも悪くはない、とハルトは考える。
しかし、ハルトは不安に感じていることがあった。
それは他の冒険者との連携だった。
今、ハルトの『アイテムボックス』はシャーリィとの連携により効果を発揮している。新しい編成で戦いに貢献できるかわからないことが一番の不安の種になっている。
「ハルト、換金終わった?」
シャーリィが掲示板の人だかりから離れたところで待っていた。
「ああ。ところで掲示板には何て書いてあったんだ?」
「謝肉祭があるんですって」
「謝肉祭?」
「これから家畜の出荷があるから無事に出荷できるお祝いを街全体でやるんですって。3日かけての大きなものみたい」
「そうか。この街全体って言ったら結構な規模になりそうだ」
「そうなの! だから冒険でいっぱい稼いでお祭りでいっぱい遊びましょ!」
シャーリィはパーティを組んでから良く笑うようになった。その無邪気な顔を見てハルトは小さく笑う。
どんな時でも一緒になって考えるのがパーティだ。
だからシャーリィに相談しよう。公認依頼のこと、不安のことも両方。ハルトはそう思った。
「そんなの参加に決まっているわ!」
開店前の『クリスタル』でハルトはシャーリィにギルド公認依頼について話した。
そして、シャーリィは即答だった。
「私たち、今順調じゃない!
コンビネーションも良くなって、ダンジョン内での冒険もうまくいってる。貯めたお金で装備もこの前新しくしたし!
だから、ここら辺で次のステップに進むべきよ!」
ハルトは不安材料となる部分も話したが一蹴されてしまった。
「他のメンバーとの連携の部分は確かに心配かもしれないけど、それは向こうも同じよ。
ハルトの『アイテムボックス』はむしろ今回みたいな時に有効だと思うわ。
どんな場面でも対応できるような準備ができ、ダンジョン内に無理せず持ち込めるっていう点ね。
あらかじめ対処法がわかった冒険なんて冒険じゃないわ。
だからそんなこと考えずに挑戦するの! はい、決まり! 決めりね!」
捲し立てるようにシャーリィは話した。
頬を朱に染めて、息も上がった表情はどこか楽しそうだ。
シャーリィはハルトが相談してくれたことが嬉しかった。ちゃんとしたパートナーとして接してくれたことがシャーリィにとっての勇気で、シャーリィの活発なところがハルトの不安の払拭につながった。
こうしてハルトたちはギルド公認依頼への参加が決定した。
次は5月7日21時に投稿します。