06:聖剣
シャーリィの年齢が発覚した翌日、シャーリィは膨れっ面でハルトの前を歩いていた。
「マスターにダメって言われた!」
ハルトは予想通りの結果で苦笑を隠すのに必死だった。
「まだまだ子供とか言われた!」
歩幅と足音がいつもより大きく、ご立腹なのがうかがえる。
「ま、まあ、そろそろ疲労も溜まってきたし今日は休養しようか。シャーリィはこの後暇なら街でも観て回らないか?」
露骨な話題脱線に内心冷や汗を浮かべながらハルトが提案する。
シャーリィは少し考え、
「いいけど」
ハルトの誘いに承諾した。
「街を観るって言っても、私は必要な物全部揃ってるわよ」
二人はメインの通りを歩いており、その通りには武器屋や防具屋、『ポーション』などの消耗品を売っている道具屋などが並んでいる。
現在は昼過ぎ、人々は活発に活動し、通りは大きな賑わいを見せていた。
「ああ、今日はあまり行かない雑貨屋や本屋なんかに足を運んでみようと思ってね」
「そんなのあったの?」
「商人が仕入れてきた有名な陶芸品とか珍しい物品はこの通りでも買えるけど、この街の人が作ったやつは一つ向こう側にあるんだよ」
「へえ」
通りを一つ違えば、街の表情は変わる。
太陽の日差しを浴びた洗濯物がなびき、子供達が軒先で遊んでいる姿がある。買い物途中の主婦は立ち話に花を咲かせていた。
「ここは民家半分、個人でやってる店半分って感じだな」
「大通りは人が多すぎて落ち着かないけど、こっちならゆっくり品定めができそうね」
シャーリィが最初に目をつけたのはガラス細工の店だった。
店先に並べられた様々なガラスに目を奪われている。
冒険者をしていても年相応の女の子らしさを持っていることにハルトは微笑ましく思えた。
「あらあら、ハルトくん。今日もマスターの御使い?」
店員のおばさんがハルトに話しかける。
『クリスタル』で使用されているグラスはこの店の品だ。
そのためハルトはグラスを補充するために何度か御使いでこの店を訪れたことがあり、店員とは顔見知りだった。
「今日は暇してたんで同じパーティの仲間と街を見てたんです」
「あの子?」
シャーリィを見ておばさんが少し驚いた。
冒険者の中には子供もいるが、あまり人数はいないのだ。
そのため冒険者が多くいる街でも珍しい。
「ああ見えても『勇者召還』されたんですよ」
「ハルトくんと同じなのねえ」
「俺なんかより強いんです」
「あらあら、じゃあもう尻に敷かれてそうね」
「バレました?」
二人で笑う。
一方、シャーリィは夢中で烏細工を眺めている。
「嬢ちゃん、興味あるのか?」
「うん。綺麗」
店主のおじさんがガラスを手にシャーリィへ話しかけた。
「うちはグラスから窓ガラス、教会で使う祭典用のステンドグラスまで作ってて、どれも一級品だ」
「それは何?」
おじさんが持っていた長い棒を指差す。
「これかい? これは吹き竿ってな、中が空洞になってるんだ。先っちょにガラスを巻き取って反対の口から息を吹くとガラスが膨らませて加工するんだ。ほら工房の中でうちの倅がやってるぞ」
このガラス屋は工房と繋がっており、奥ではガラス細工を作っている姿を見ることができた。
若い青年が炉に吹き竿を入れ、かき回すような動作の後に炉から棒を引き抜くと先端にはまだ熱を持って赤くなっているガラスが付いている。
吹き竿を常に回し続け、液体と個体の間の状態にあるガラスを落とさずに成形できるようにしていた。
「ほら空気を入れるぞ」
吹き竿で空気を入れることでガラスが膨らむ。
膨らんだガラスを木ベラや金属の棒を使い成形し、再び炉に入れた。
何度も微妙な要請を行い、徐々に形状が安定していった。
「強く吹くと歪んじまうし、ゆっくり吹いているとガラスがすぐに冷えちまうからな。作ろうとしている形に必要な空気を早く的確に入れないと失敗するんだ」
「へえ、だんだんグラスみたいになってく」
「グラスは基本中の基本だからな。応用は模様とかつけたり、取っ手をつけたりするんだがまだ倅には早いな。はははは」
愉快そうにおじさんが笑う。なんだかんだと言って自分の息子が技術を覚えていくのが嬉しいようだ。
それから一頻りガラス細工を作るのを見学した後、ガラス屋夫妻に挨拶をして立ち去った。
「ねえ、ハルト。あの炉にはドロドロになったガラスが入ってるんだって。それでずっとドロドロにしておかないといけないから、何日も火をつけてくそうよ」
楽しそうに職人のおじさんに教わったことをハルトへ教えている。
その表情は年相応の子供のものだった。
ハルトは釣られて笑いながら言った。
「気に入ったのなら、また来ような」
「そうね、またお休みの時に来たいわ」
シャーリィの機嫌が良くなり、気分転換に街へ繰り出して正解だった。
あとは今の状況を先へ進められれば万事が良くなるが、それは難しいとハルトは感じていた。
「ガラスが膨らむところが面白かったわ。空気を入れる量によって大きさが変わるのよ」
「ん?」
シャーリィの言葉に何か引っかかった。
「どうしたの?」
「いや、なんでも・・・・・・なくない」
「え?」
「もしかしたら、だけど。なあ、シャーリィこのまま草原の方に行こう」
「え? え?」
シャーリィの手を引いてハルトは歩き始めた。
思いついたことを、ずっと詰まっていたことがもしかしたら解決できるかもしれない期待に胸を躍らせていた。
「ちょっと、今日はお休みなんでしょ!」
せっかく機嫌が良くなったシャーリィの顔は再び膨れていた。
街から僅かに離れた草原で二人は向き合っている。
シャーリィは腕を組み不満をあらわにしており、ハルトはそれに対してを合わせて許しをこいていた。
「ごめんごめん、お詫びはするからさ」
嘆息し、やれやれと肩をすくめシャーリィがうなだれる。
「で? 何を試したいわけ?」
「『聖剣』ってさ、シャーリィからしたら少し大きくない?」
シャーリィの腰にある『聖剣』はロングソードに近い形状だった。
成人男性が振り回しやすい長さと重さであり、女性が持つにはやや重い。
子供であるシャーリィからしたら実用的と言い難いほどだった。
「まあ、ちょっと扱いずらいわね。でもしょうがないじゃない、剣なんて形を好きに変えられるものじゃないし」
「それは『聖剣』だろ? シャーリィが使い易い形になってほしいって念じればなるんじゃないか?」
「はあ? そんなこと考えてもみなかったわ。
でも、私剣のことなんて詳しくないからそう簡単に変えられるものかしら?」
「それでこいつ」
ハルトは1枚のカードを取り出し、カード化を解除した。
手には片刃の剣が握られていた。身幅は太く、刀身はやや反っている。
ナイフを大きくしたような形状のこの剣は『カットラス』と呼ばれる船の上での斬り合いを想定された剣だ。
「この剣を見ながらやってみればイメージがつきやすいかなって思ってさ」
「まあ、そこまでやるなら試して見るわよ」
半信半疑、と言った様子でシャーリィは『聖剣』を引き抜いた。
カットラスを手に取り、まじまじと見つめる。
視覚だけではない、柄から伝わって来る重量や質感、刀身から匂ってくる金属臭、降った時の風切り音、様々な要素を確認していく。
「あなたは今日からこうなるの、この剣のような形になるのよ」
小さな声で『聖剣』に語りかける。
目の前の剣をあらゆる感覚を使いインプットし、『聖剣』という自分の分身へアウトプットする。
イメージの貯蔵を現実へ還元しようと試みる。
「「あ」」
そして、結果として現れるのは一瞬だった。
『聖剣』が発光したと思ったら一瞬にして『カットラス』の形状へと変形していた。
細部の作りはもともとの『聖剣』と似ているが刃の形や全長は先ほどまでの物とは全く異なる物へと変貌を遂げていた。
「やったわ。ハルト、やったわ!」
「できた!」
二人して破顔し、手を取り喜びあった。
「形が変わったんだ、もしかしたら魔法の威力が変わっているかもしれないし、新しい魔法が使えるようになったかもしれない」
「試す価値はありそうね」
「明日が楽しみだ」
祝杯だな、とハルトはつぶやきシャーリィの頭にそっと手を乗せた。
お酒飲めないけど、とシャーリィはまんざらでもなさそうに笑う。
「もー!」
翌日。
シャーリィはお冠だった。
自分でも最近はよく怒るようになった、と自覚もし始めている。
原因はいつもハルトだった。
「ご、ごめん、頭痛い、今日は無理そう・・・無理です」
二日酔いで魔力切れの症状によく似た状態のハルトがベッドで青い顔をして言った。
「こっちの酒って・・・すごく、強いんだもん」
最後にそれだけ言って死んだように眠った。情けなくも頭を抱え、体を縮めながらシーツをかぶっている。
「もー!!」
シャーリィの行き場のない怒りが『クリスタル』2階に響いた。
新しい『聖剣』の運用試験はまた後日となった。
次は5月7日1時に投稿します。