05:連携
狩りには2通りの方法がある。
獲物と戦って狩るか罠に嵌めて狩るかだ。
ハルトとシャーリィ、二人のパーティでは前者を扱う。
「行ったわよ!」
シャーリィが叫ぶ。その時にはすでにハルトは獲物を待ち構えていた。
ロックボア。イノシシに似た動物だが正面からは岩のような形に見えることからその名が付けられていた。
非常に獰猛で剣を通すことが困難なほどに硬いため、冒険者は非常に嫌う。
しかし、複数人で倒すことことがパーティプレイでの最初の試練とも言われている。
1対1では非常に危険なロックボアだが、複数人での連携を行うと倒すことは難しくない。
理由として、一人の場合は特徴的な硬さを誇る顔が常に向けられているために苦戦するが、パーティの場合一人が囮となりロックボアの正面を引きつけることで別のメンバーが胴体を狙うことができるためだ。
胴体は顔と違い脆い。
ロックボアは前足で大地を蹴りだす。
対するハルトは手ぶら、ではなく1枚のカードを持っている。
あと数秒で両者が激突する、というタイミングでハルトが持つカードが光を放ち消失、その代わりロックボアの眼前に巨大な岩石が多数出現した。
直後、岩と岩が激突する鈍い重低音がハルトの耳に届いた。
「いいぞ、シャーリィ!」
ハルトが叫ぶ。シャーリィの『聖剣』は淡い光を纏い、強大な魔力を帯びていた。
「『スレイプニール』!」
『聖剣』から放たれた眩い光は地を這い、地面を抉りながらロックボアを飲み込んだ。
近くにいたハルトにも衝撃の余波が伝わり、全身にビリビリと小刻みの振動が押し寄せる。
しばらくして土煙が晴れると、ハルトの前にあった大岩は粉々に砕け散り、頭部のみとなったロックボアが地面に転がっていた。
大岩でロックボアの前方をふさいだ隙にシャーリィの『スレイプニール』で下半身を掠めるように攻撃して行動不能にする作戦だったが、威力が高すぎて胴体が吹き飛んでしまう結果となった。
討伐証明部位は岩のような鼻なので依頼自体は成功だが、加減が難しいので多用できそうにない作戦だとハルトは感じた。
「はあ、はあ、はあ…………」
シャーリィは魔力を放出し切ったために肩を大きく上下しながら息をしていた。
「ほら、『ポーション』」
ハルトは用意していた瓶をシャーリィへ渡す。シャーリィは一気に中の液体を飲み干した。
「ふーっ、何度やっても魔力が切れる感覚ってキツイわね」
『ポーション』のおかげで魔力が回復し、シャーリィの顔色に赤みが戻った。
「でも、前よりはだいぶ魔力の総量が上がったんじゃないのか」
「そうね、2週間前は『スレイプニール』を打ったら『ポーション』を飲んでもほとんど動けなかったからね」
「今では『ポーション』で魔力補給しながらなら1日3発は打てるようになったな」
「ハルトが言った通り、魔力を使い続けると量が増えるみたいね」
ハルトがシャーリィと組み始めてから2週間ほど経過している。
この間にハルトとシャーリィが行ったことの一つは連携を考えることだ。ハルトが囮や盾役となり、獲物の注意を引いたタイミングでシャーリィが攻撃を行う、というものが大半だが効率が個人で行うより断然良くなった。
次にシャーリィの能力開拓だ。
シャーリィの能力がただ高出力の魔法が放てるものだけなのか? と、いう疑問が浮かびハルトは『勇者召還』を行った教会へと赴いた。
『勇者召還』に関すること、それと基本的な魔法の知識を調べることにした。
召還された『勇者』には自身を象徴するものが同時に化現される。
それがハルトの『アイテムボックス』であり、シャーリィの『聖剣』だ。
『勇者』の武具は自分自身の象徴、そのため本人の特徴が色濃く反映されることもあれば、本人の意思や認識する部分ではない隠れた才能や能力が開花することもある、と神官は答えた。
今回召還された『勇者』はみんな能力の違いはあれ自滅してしまうような能力はいなかった。
過去に召還された人たちもそれは同様だったと記録されていた。
つまり、シャーリィが現在1回の魔法によって行動不能に陥るのは何かしらの原因かもしくは解決方法が存在するとハルトは考えた。
その原因と解決方法の解明をするにあたり、基本的な魔法の知識を身につけることにしたのだ。
魔法とは自身の魔力と自然に溢れる魔力を合わせて発現する現象である。
自身の魔力は方向性と行使する量を決定する。
方向性とは火を発生させる魔法を使いたい、魔法で風を吹かせたい、など結果をイメージすること。
行使する量は自分の中に存在する魔力をどれくらい使用してどの程度の規模の魔法を発生させるかを決める。
自然に溢れる魔力とは属性を司る。
火山では火、海では水とその属性の象徴となるものが近くにあれば能力の増大が見込まれる。
また、火球を発生させる魔法を使おうとして、松明の火で魔法の補助を行うことができ少量の魔力で火球を発生する。
逆に何もないところで火の魔法を発生させようとすると、最小限の外部魔力しか使役できないので発動者の魔力量やイメージの鮮明さが魔法の精度を決める。
この点からシャーリィの魔法は『聖剣』を媒介にしたものなので属性に関係するものを近くに置く必要はなかった。
そのためどこで使用しても能力の増減を気にしなくていい反面、松明を使って火の魔法を補助するようなことができなかった。
使用する魔力量は固定らしく、必ず大量の魔力を毎回必要とした。
魔力は筋肉トレーニングと同様に何度も繰り返し魔法を使うことで増やせることが調べていくうちにわかったので『ポーション』を使って魔力を補充しながら回数をこなすようにした。
おかげでシャーリィの魔力は2週間前からだいぶ増えることになる。
ただし、魔法を行使するための方向性、つまりイメージする力についてはまだ何の手立ても打てていなかった。
わかりやすく火や水を発生するわけではなく、『聖剣』特有の魔法のためその魔法の方向性というものが考えずらかったのだ。
「さあ、これを持って街へ帰りましょ」
この2週間の変化はそれだけではなかった。シャーリィが笑うようになったのだった。
「そういえばマスターにお店を手伝うって言ったらダメだって反対されたわ」
街への帰路。シャーリィが頰膨らませながらつぶやいた。
「子供が大人のお店に出入りするのはダメだって言ってたわ。ハルトはやってるのに」
「俺、成人してるよ?」
「うそ」
ハルトの言葉にシャーリィは驚いた。
「私より少し年上くらいかと思ってたわ」
信じられない、と言葉にしないが表情から伺えた。
「君こそ年はいくつなんだ」
「13歳、もう立派なティーンズなのよ」
「うそ」
今度はハルトがシャーリィの言葉に驚いた。
ハルトはシャーリィのことを十代後半と勝手に思い込んでいた。
「なによ。いくつだと思っていたの? そんなに子供っぽく見えたのかしら?」
咎めるような視線をハルトへ向ける。
これには肝を冷やし、ハルトは慌てて訂正に入る。
「いやいや、逆だ逆。17か18くらいだと思っていたよ。俺が君くらいの年齢だった時に周りにいた女子よりもずっと大人びてたからね」
「そう。ならいいわ」
まんざらでもない顔でシャーリィは歩みを進めた。
ほっと胸を撫で下ろし、ハルトは街への帰路を進むのだった。
「ハルトにもマスターを説得してもらわなくちゃ」
安心した束の間、ハルトは頰が引きつった。
「私だってもう子供じゃないんだから、別にお店の手伝いくらいはしてもいいわよね?」
「あ、うんと、その・・・」
「私って大人っぽく見えるんでしょ?」
「う、うん」
「ふふん、なら問題ないわね。2対1よ」
軽やかな足取りのシャーリィを見てハルトは何も言えなくなってしまった。
次は5月6日13時に投稿します。