04:結成
「ん……」
かすかに漏れる吐息に、ハルトは視線を少女へ向ける。
ハルトの着ていたローブを枕にして寝かせていた少女が目を覚ました。
どのくらい経っただろうか。
『タリスマン・ポーション』の効果が続いているのでたいした時間ではないが、正確な時間をハルトは認識できなかった。
「……ここは?」
金髪に白い肌、目鼻立ちは整っておりハルトの住んでいた文化圏ではいない人種だった。また、こちらの世界でも金髪は珍しく、主に茶髪や黒髪が多い。
まずあたりを見渡し、次にハルトへ視線が移動してきた。
「街から少し東に行った草原。君がゴーレムを倒したすぐ近くだよ」
「……そう」
少女は立ち上がろうとするが、全快はしていないためにフラついている。
「まだ寝ていた方がいいぞ。『タリスマン・ポーション』があるから、少しの間なら安全だ」
「大丈夫」
ゴーレムの残骸へと近づき、かろうじて残っている頭部の辺りから水晶のような石を取り外した。
「今日中の依頼だから急いで帰らないといけないの」
水晶をポケットに入れ、街の方へと歩き始めた。少女を追う形でハルトも腰を上げる。
「ゴーレム討伐の依頼か?」
少女の背中に尋ねた。振り返らずに一応少女も答えてくれる。
「そう、最近出たからギルドに依頼あったの」
「ゴーレムを剣で倒そうだなんて無茶するなぁ」
「さっきの見たでしょ、私にはこの『聖剣』があるわ」
腰の剣に手を当てながら少女は言う。
「『聖剣』……ってことは君も勇者か?」
「その言い方だと貴方もでしょ」
「ああ、でも俺は『準勇者』だけどな」
自嘲気味にハルトは笑う。その言葉に少女は足を止めて、ハルトを見据える。
「どうした?」
不思議に思い、首を傾げるハルトに少女は真面目な表情のまま口を開いた。
「貴方も?」
少女の容態がだいぶ良くなり、歩ける様になったので二人で街へと戻った。
お互いギルドで依頼の達成を報告した後に『クリスタル』へ移動した。
ハルトは木製のテーブルを挟んで少女と向き合って座っているが、少女はキョロキョロと珍しそうに店内を見回す。
あまり大きな声で『勇者』の話をするのが気を引けたため、開店準備中のところをマスターに頼んで席を貸してもらっていた。
「君も『準勇者』だったんてなぁ」
どこか感慨深そうにハルトが言うと、少女は少し頰を膨らませた。
「悪かったわね。武器持ちで『準勇者』なんて」
彼女のように武器を化現させて『準勇者』になることはあまりない。
化現される武器・防具は攻撃か防御に関して秀でた能力が付与さている場合が多い。
ハルトのように化現されるものが魔法具でなおかつ戦闘面に関与しない能力の方が希少なのだ。
そのため、ハルトのは彼女が『準勇者』という枠組みになっているのが不思議に思っていた。
「『聖剣』なのに『準勇者』ってのはどういうことなんだ?」
「……能力が強大すぎるのよ。技を使うとさっきみたいに魔力を全て使い切ってしまうのよ」
ゴーレム戦での技は頭部の水晶を破壊しないように考慮して足元を攻撃したのよ、と少女は言う。
そしてあの技は特別高威力なのではなく、あれが最低出力で最高出力でもあると続けた。
つまり調節が一切できないのだった。
「欠陥よね」
少女が自嘲気味につぶやく。
「欠陥って、そんなこと言ったら俺の能力は武器ですらないんだぜ」
ハルトはローブをめくり自分の能力の象徴である本、『アイテムボックス』を見せる。
少女は『アイテムボックス』を見ると、うつむきながら首を横に振った。
「ごめんなさい。そういう意味じゃないの。私自身に欠陥があるってことよ」
「能力が使用者の負担となってしまうのはしょうがないだろう、君のせいには思えない」
「そうとも言えないわ。召喚された『勇者』たちは自分の武器をちゃんと使いこなせていたわ。人間が作った物とは違って『勇者』が持つ武器は『勇者』自身の半身も同然でしょ。その半身を使えこなせないってことは私自身に欠陥があるのよ」
ハルトはその解釈に納得はいかなかった。
召喚した時に得られる武器や防具とその能力は選べない。
自分が手にした能力に向き合い、どう自分の一部として付き合っていくかを試行錯誤しながらやってきたハルトとしては少女の発言は自分の行動や可能性を諦めているように見えた。
まだ幼い面影を持つ少女がこの世界に一人でやってきてどのように過ごしてきたのかはハルトも想像できる。
ひとりぼっちになって頼れるものが何もない怖さを十分共感できる。
虚しくなったり、やるせなかった時はたくさんあったがハルトは諦めたことはなかった。
ハルトはそんな諦めを感じて自棄に陥っている少女に声を掛ける。
「俺の能力は『アイテムボックス』って言うんだ」
「え?」
少女はハルトの話題に首を傾げた。
「触れたものをカードにして持ち運ぶことだできる能力だ。
最大の特徴は複数の物や大きい物を持ち運べることだろう。
大きな岩でも1枚のカードにできるし、大量の水なんかもタルや瓶に入れた状態ならカード化できる。もちろん普通の食料や武器なんかの冒険での必需品をカードにして装備を身軽にすることもできる。
ただし生き物をカードにすることだけはできない。それと入れ物に入っていない気体や液体はどこまでをカード化するか境界が不明確なのでカード化できない。
カード化できる範囲は半径3メートルほどで、それ以上俺がカードから離れると元に戻る。カードを破くことでも解除はできる」
「いったいなんの話をしているのよ」
「今言った俺の能力を聞いてどう思った? 正直に言ってくれ」
「……便利そうね」
「だな。それでそれ以外は?」
「……特にないわ」
「いや、もう一つあるだろう」
「………………」
少女が視線を逸らした。
「当ててやろう。『戦闘には役に立ちそうにない』だろ」
少女の顔色を見てハルトは肯定と捉えた。
「ごめん。別に意地悪するつもりじゃないんだ」
「じゃあ、何よ。自分はこんな能力だから気を落とすなって言うつもりなの!」
少し声を荒げながら少女をまっすぐにハルトを見つめ、ハルトもその視線から目を話すことはない。
「違う。逆だ」
「逆?」
不可解そうな顔をする少女。
「この能力は使い方次第で戦いを有利にできると思う。
ゴーレムを倒す時に使った台座が付いた弩は冒険に持っていけるものじゃないし、『タリスマンポーション』は普通、大きな商隊が移動する時に使うくらいで冒険者は使わない。自分たちで魔物を倒せるしな。
でも俺はそんな物を使って普通の冒険者ではできないこと、思いつかないことを考える余地がこの能力にはあると思う。
それをどこまで引き出せるかが俺の器量次第だ。
周りの連中がすごい能力を持った武器とか防具を使ってた時は悔しかったし、妬ましかった。
『準勇者』って烙印を押された時はどうしようもないくらい落ち込んだけど、諦めたらそこで全部終わってしまうから」
少女は黙ってハルトを見据える。
「だから君もそんな諦めた顔してないで俺と一緒に冒険者をしようぜ」
考えさせてほしい、と言って少女は『クリスタル』を出て行った。
「なかなかかっこいい口説き文句だったわ」
マスターがカウンターで氷を割りながら微笑んだ。
たくましい肉体に女性的なメイクをしているため普段は目立っているマスターだったが、少女とハルトの会話中は完全に気配を全く感じさせなかった。
それが酒を扱う店を構えている人間ということなのだろうか、とハルトは考えた。
「そうかな?」
「女の子はね、不器用な男のまっすぐな言葉に弱いのよ」
「はは。さすがマスター、なんでも知ってるね」
「なんでも知らないわ。お酒の銘柄と乙女心だけよ」
翌朝、ハルトがいつものように『クリスタル』を出た時だった。
「遅いわ」
腕を組んで仁王立ちしている『聖剣』を持つ少女が立っていた。
昨日の今日で少女がやってくるとは思ってもいなかったハルトは言葉に困る。
「なによ、一緒に冒険して欲しいんでしょ?」
ハルトは頰かきながら照れくさそうに言う少女を見て思わず表情を和らげた。
「改めまして、ハルトだ。よろしく頼むよ。」
ハルトは少女に差し出す。
「シャーリィよ」
少女、シャーリィはハルトの手を握る。
『準勇者』二人のパーティが結成された瞬間だった。
次は5月6日1時に投稿します。