02:依頼
街の大通りは喧騒に満ち溢れていた。
各所から持ち寄られた物品の販売が行われており、買う者と売る者、老人から子供、男も女も、多種多様な人々が活気を起こす一員となっている。
ハルトは溢れかえる人々を避けながら大通りを進んでいた。
しばらく歩くと噴水が中央に設置された広場に出る。この広場は大通りの中間にあり、大きな商店が店を構えている場所だ。
噴水広場の一角にある冒険者ギルドがハルトの目的地だ。大きな街なだけあり冒険者ギルドも立派で受付窓口が10を超える数設置されている。しかし、窓口はすでに満員で長い列ができている。
大きい街の大きなギルドだ。そのため利用する冒険者も普通の街よりも何倍も存在した。
ハルトは他の冒険者に習い、列の最後尾へと並ぶ。何回目かのあくびをした時にハルトの番になった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょう」
ギルドの窓口係の女性が規則に則った挨拶をしてくれた。
「受けていた依頼を達成しました」
そう言ってハルトは肩にかけていたカバンを下ろし中に手を入れる。誰にもカバンの中が見れないように体で隠しながら2枚のカードに「戻れ」と念じた。すかさずカードから戻った『ビックガゼルの毛皮』と『ビックガゼルの角』を受付へと差し出す。
「あ、はい。ありがとうございます。ギルドカードをご提示ください」
懐から1枚のカードを取り出す。取り出されたのは『アイテムボックス』の能力で生成したカードではなく、ギルドの紋章が印字された冒険者の身分証明書となる『ギルドカード』だ。
冒険者がギルドから依頼を受けるのに必要な物でランクが上がっていくとギルドカードの品質も上がっていくのだが、ハルトはまだ最低ランクのFランクなので安っぽい作りになっている。
「えーっと、Fランクのハルト=スズキさんですね。受けていた依頼が『ビックガゼルの狩猟』で、達成条件がビックガゼルの角と毛皮の提出となっています。ご提示いただいた角と毛皮にて依頼を成功といたします。こちらが成功報酬となります」
受付係がトレイに報酬の硬貨を乗せて差し出してきた。
最低ランクの依頼なだけあり少ないが今のハルトにしては貴重な収入源だ。ありがたく頂戴して財布へとしまう。
「次の依頼も受けていかれますか?」
「はい、お願いします」
受付係は大きなファイルを取り出し、ハルトが見易い向きで開いて渡してきた。
「本日の依頼でハルトさんのランクがEへと上がりましたので受けられる依頼の種類が増えました。このファイルの黄色がFランク相当、オレンジ色がEランク相当の依頼になっています。達成できそうな依頼をお選びください」
ファイルにはたくさんの紙切れがクリップによって付けられており、紙切れはそれぞれ色が違った。
Fランクの依頼は採集や草食系の魔物討伐がメインであり、一般人でも達成できそうなものが多かった。
Eランクの依頼を見ると狼型の魔物討伐、草食系の魔物を複数討伐、錬金術に使用する砂金を納品などFランクに比べて危険度や難易度が上がっている。
ハルトは一通り依頼を眺め、『灰色の雫の納品』を選んだ。
「はい。『灰色の雫の納品』ですね。『灰色の雫』は街の東側にある森に生息する植物型のモンスターが生成する液体です。
1体につき少量しか取れないので複数体の討伐が必要になります。達成条件がこの瓶に満タンになる量を持ってきてください」
受付係が渡してきた瓶は傷を癒す時に使用する『ポーション』の空き瓶だった。ハルトもビックガゼルを初めて討伐した際に慣れない戦闘で負傷して世話になった代物だ。
「わかりました」
「では、依頼の受領とカードの更新をしますのでギルドカードをご提出ください」
依頼を受けたので受付係はファイルから依頼用紙を外し、事務手続きのために筆を走らせる。しばらくするとギルドカードが返却された。
「これがEランクのギルドカードになります」
Fランクよりはマシ、というくらいの見た目になった。
「それではお手続きは以上になります。命を大事にいってらっしゃいませ」
こうしてギルドでの用事が完了した。
ギルドを出てそのまま賑やかな大通りとは反対側の方へと向かった。
時刻は夕方。
住宅地のあちこちでは夕食の準備が始まり、路地を歩いていると空腹を刺激される匂いが漂う。
そんな住宅街の一角には古びた看板に年季の感じられる建物がある。
「マスター、ただいま」
「おかえり、ハルトちゃん」
筋骨隆々でかなり毛深い巨漢がエプロン姿がハルトを出迎える。
裏路地に店を構える酒場『クリスタル』。そしてマスターのエリザベスだ。
エリザベスは見た目に反して女性的な口調に仕草で開店前の準備をしていた。
「はい、これ」
「あらあらあら、ビックガゼルのお肉じゃない! おいしそうね〜。いつも悪いわねハルトちゃん」
「俺じゃ調理できないし、売っても大したお金にならないからマスターに使ってもらったほうが一番だと思うよ」
「嬉しいわ。もうちょっとしたらこのお肉で晩御飯を作っちゃいましょう」
「手伝うよ。モップ掛けすればいい?」
「お願いするわ」
エリザベスはカウンターの中で作業を再開した。ハルトは開店前の静かな店内を見回す。カウンター席以外にも小さなテーブル席があるが、今は椅子が全部テーブルの上でひっくり返っている。
掃除がしやすくなった床をモップで擦っていく。
「ハルトちゃんがここに来て半年くらい経つかしら」
エリザベスが食器を丁寧に洗いながら話しかけてきた。
「そのくらいかな」
「ふふふ、お店の前で捨てられた子犬みたいな男の子がいるから何かと思ったら勇者様だっただなんて、長くお店やってるけど初めてよ」
愉快そうにエリザベスが思い出を語る。それにつられハルトも半年前を思い出した。
ハルトを含む異世界の人間を呼び出す『勇者召喚』を行った数日後、ハルトは途方にくれながら住宅地をさまよっていた。
別にどこか目的があったわけではない。ただ歩くのをやめてしまうと立ち直れなくなる、という漠然とした『焦り』と『恐怖』から力を振り絞りながら進んでいただけだった。
ハルトたち勇者は召喚時に自分の素質に見合った武具または魔法のかかった道具を発現する。
逆に言うと、その武具または道具によって勇者としての素質が指標となる。
ハルトの持つ『アイテムボックス』は優秀な能力を持つ魔法具だった。
しかし、この世界は魔物や凶暴な動物、危険なダンジョンが存在するため、魔法具よりも強力な武具が求められるのがこの世界の指標だった。
『アイテムボックス』のように戦闘能力に関係してこない能力はかなり少数派であり、他の勇者たちは皆戦闘を有利にすることのできる優秀な武具ばかりだった。
実像を伴なう分身を行える槍、周囲5メートルの重力を自在に操れる籠手、装備する人を自動回復する盾など汎用性の高い武具を持つ物が大多数だった。
魔法具を発現した物もいたが人間の何十倍も大きい魔物を使役する笛、という頭ひとつ飛び抜けた能力を持っていた。
戦闘面に関係しない能力はおそらく全体では数パーセントほどだと召喚の儀式に携わった神官は言っていた。
そのためハルトに与えられた評価は『準勇者』級。
戦闘能力では普通の人間と変わらない。それどころか戦闘というのが元いた世界では日常にはないため、こちらの世界で暮らす一般人よりも疎いところが多々ある。
そして、神官からは「戦闘を行う勇者や冒険者にはならず、もっと別の職業を目指しなさい」と諭されてしまう。
日常を捨ててまでこの世界へ来たのにも関わらず、夢見た冒険へ出ることもできない自分へ落胆した。
その後、ハルトはどうやってこの住宅地まで来たのかは覚えていない。
偶然通りかかった『クリスタル』の前でエリザベスに声をかけられ、なんやかんやでここに住むことになった。
最初は見ず知らずの人に世話になることへの抵抗や役に立たない勇者という卑屈な考えをしていたせいですぐに出て行こうとしたが、エリザベスの人柄と強引な説得によって住み込みで働くことになった。
今は自分にできることを探しながら、店が開く前の日中は冒険者の真似事をしながら金をため、夜は店の手伝いをしている。
あの時、声をかけてもらえなければ自暴自棄になって野たれ死んでいたかもしれないとハルトは想像する。
感謝してもしきれない恩を感じ、自分のなすべきことを見つけられたちゃんとお礼をしようと心に決めた。
この世界は知らないことばかりだ。
英雄と呼ばれるような偉業を達成できなくてもいい。
冒険者に向かないと言われてもいい。
未知とは何か、この世界に来る前に散々考えていたことが目の前に広がっているのだ。自分が求めていた世界にいるのだから、精一杯この世界を生きることにしよう、とこの店に来て思えるようになった。
「さて、お店の準備は終わりね」
エリザベスが手を拭きながらカウンターから話しかけてきた。
「こっちもモップ掛け終わったよ」
「ありがとうね。じゃあ、ご飯にしましょうね」
「わかった」
いつの間に作ったのか、カウンターには肉料理が用意されている。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
空腹ももはや限界だ。最近は食事が楽しみになっている。
「いただきます」
「はいどうぞ。私も頂いちゃうわ」
エリザベスはカウンターの中で酒の肴に肉料理をつつき始めた。
「ハルトちゃん、明日はどこにいくの?」
「街の東側にある森に『灰色の雫』ってアイテムを探しに行ってみるよ」
「あそこ、最近ゴーレムが出るようになったんだって」
「ゴーレム?」
「人の形をした岩ね。荒野とか岩地にいるんだけど、どっかから流れてきたみたいね。剣とかじゃ固すぎて倒すの苦労するから魔法を使える人がいないんだったら無視したほうがいいわ」
「ふーん、わかった。欲しいのは植物系の魔物の素材だし無理して戦うこともないね」
「そうね、それがいいわ」
しばらくして食事が終わるとハルトは自室のある二階へと移動する。
質素ではあるが最低限の寝具と文机などは揃っており、駆け出し冒険者のような感じがあってハルトは気に入っている。
明日の準備をして寝床につく。
目をつむればすぐに睡魔が襲ってくる。よく働きよく食べてよく寝る。冒険者として模範的な行動だ。
明日はどんなものが見れ、体験できるのだろうか、と想像しながら眠りについた。
次は5月5日1時に投稿します。