10:戦闘
10話と言ったのですが、12話になりました。
ダンジョンの中はハルトが予測していよりも広かった。
小部屋へと続く通路は5人が横に並んでも歩けそうなほど広く、天井も高い。
あまり通路が広いと魔物に囲まれたり、後衛を守れないのではないかという懸念があったが杞憂に終わった。
「せえや!」
「孤高の炎よ、汝の力、ここに化現せよ『フレイム』!」
ダーダンの剣がリザードマンを切り裂き、キリリアの炎属性の魔法が飛翔するビックバットを直撃して戦闘が終わった。
ダーダンとダニーは右手に剣、左手に盾を構えており危なげなく前衛を担っていた。
そのおかげでハルトがボウガンで魔物へ分断や牽制が行え、シャーリィは前衛の打ち損じを仕留めたり数が減るまで他の魔物の相手ができた。
キリリアの魔術は最小のものでも十分な威力となっており命中すれば致命傷は確実だった。
「さて、長え通路もようやく終わりだな」
ダーダンは首を鳴らし、眼前に迫る小部屋入り口を直視する。
地図上は小部屋という大きさだったが、実際に入り口とそこから見える内部の様子はかなり大きな部屋だと推測できる。
部屋は暗く、キリリアの光源魔法があっても奥は見えない。通路と同じように石造りの部屋に5人が入った瞬間、入り口が閉まる。
「罠かな。ボスモンスターの討伐、もしくはお宝部屋、いろいろ想定できるけど部屋の大きさ的にモンスターかな」
ダニーが部屋の中を慎重に眺めながらつぶやいた。
「バカお前、こんなだだっ広い部屋にお宝が転がってりゃ世話ねえぜ。
おい、ハルト。シャーリィと一緒に前衛と後衛の支援を頼むぞ。
モンスターが複数出たら後衛寄り、強そうなのが単体か少しだけなら前衛寄りだ」
「わかった」
「わかったわ」
ダーダンの指示に従い、周囲を警戒する。
「キリリアは遅延魔法の容易だ。
できれば魔力加減次第で多数にも単体にも対応できるやつがいい」
「わかったわ」
キリリアは遅延魔法の発動準備をする。遅延魔法は事前に詠唱と魔力の供給を済ませておく技術だ。
そのため、発動にかかる時間を短縮できる。
5人がそれぞれ警戒態勢のまま、部屋の中腹まで足を運んだ。
入り口とその反対側の壁が見えたところで部屋の中心に魔法陣が展開した。同時に部屋に光が灯り視界が開ける。
突然の灯りに一行の暗闇に慣れた目は強い刺激に晒されたが次第に慣れる。
『お初にお目にかかる』
声。鎧の中から聞こえるくぐもった声だ。
男か女かわからない。年配か幼少かもわからない。くぐもった声は魔法陣の中心から発せられている。
「ボス戦でしたね」
ダニーがつぶやく。
全員の視線の先には真っ黒な鎧が一つ、いや、一人佇んでいる。
手には剣が握られている。両刃剣にもかかわらず曲線を描き、刃幅は等しく切っ先で集約している。
『拙者がこの部屋の守護を司る者だ。
貴殿らが取り得る行動は2つ。
1つ、このまま部屋を出、帰宅すること。
2つ、拙者と戦い凌ぎを削ること。
後者の場合、命の保証はしない。ただし、勝利した場合は相応の対価が得られる。
扉は内側からのみ開けられる仕組みとなっている。加勢は期待できぬぞ』
ダンジョンボスと思われる黒騎士はこちらの返答を待っている。
ただ立っているだけなのにもかかわらず、一分の隙もない。
何より、この大きな部屋に対して待ち構えていたのがたった1体だけどいうのが実力の高さを表していた。
「帰ってもいいだなんて、サービスのつもりかしら」
「興味本位で聞きてえんだが、他の部屋にもお前さんみたいなゴツいのがいるのか?」
ダーダンが黒騎士に話しかけた。
ハルトとシャーリィはキリリアの側を離れ、ゆっくりとパーティ全体が広がるように、お互いがカバーし合えるギリギリまで距離をとった。
『否。拙者は無作為にいずれかの部屋に配置される。
他の部屋には魔物が配置されおるが見返りとなる物はない。その上、魔物を倒さねば生きて部屋から出ることはできん。
貴殿らは当たりを引いたということになる』
「ちなみによぉ、ここで俺らが帰ったらまた来た時にお前さんいるかい?」
『否。また無作為にいずれかの部屋に配置される。
それよりも心にないことを言う物ではない。帰るつもりなど毛頭ないのであろう?』
「ああ、もちろんだ」
ダーダンが頷くとともにキリリアが先制を取る。
「『スプラッシュ』!」
遅延魔法による詠唱短縮効果で魔法の速射が行われる。
水柱がうねりをあげ、黒騎士を襲った。しかし剣を使うことなく、腕で水柱を払いのけ空中で飛沫が舞った。
同時に黒騎士が戦闘態勢に入っていた。
「ダニー!」
「了解!」
ダーダン親子が黒騎士の左右に回り込んだ。
ハルトとシャーリィは足並みをそろえ、キリリアと黒騎士の間に立ち次の1手に備える。
「「『スラッシュ』!」」
左右からの剣技を放つ。
魔力を込めた技は通常よりも威力が増し、必殺の攻撃力を備えていた。
『甘い』
黒騎士は手首だけを回し、剣の切っ先をダーダンの剣の腹に当て軌道を逸らし命中には至らなくした。
それに加え、ダニーの重撃を片手で掴み止めた。
「え」
「なに!?」
自分の剣を握り、ダニーに狙いを定めた黒騎士が一歩踏む込む。
「うおおおおお!?」
ただの一振りだ。
剣技も使わない、ただの一撃がダニーの腹を射抜こうとする。間一髪で盾が間に合うが威力を殺しきれずにダニーは吹き飛ばされた。
攻撃後の硬直を狙い、ハルトは弓ではなく木筒をボウガンに装填し引き金を引いた。
発射され、空中で木筒が割れ、ネットが広がった。
『ほう』
黒騎士は地面を這うように転がりネットの捕縛を避ける。
ハルトは素早く弓を装填し、狙いを黒騎士に定める。
発射、装填、発射、ここ数ヶ月で培われた技術で黒騎士に矢を連射する。
しかし、黒騎士は正確に弓を次々と叩き落とす。回避すら必要ないと言わんばかりだ。
「行くわよキリリア!」
「ええ!」
時間稼ぎを済ませ、ハルトはシャーリィとキリリアに攻撃役を明け渡す。
「父なる空に誇りを持て! 母なる大地を賛賞せよ! 駆け抜けろ『スレイプニール』!」
シャーリィは発光する『聖剣』を振り下ろし、必殺の魔法が放たれる。
一直線に光が滑走し、黒騎士の姿は轟音と光に飲み込まれる。
「始祖の導きの元、大地よ讃歌を歌え『グレイブ』!」
魔法陣が展開され、魔力によって生成した岩を発射する。人間ほどある岩が槍のように3本、獲物を切り裂くべく飛来する。
未だ黒騎士が光の剣戟に飲み込まれているにも関わらず、容赦なく岩の塊が降り注ぐ。
あたりにいた人間が聴力に著しい弊害をもたらすほどの音を響かせ、土ほこりが舞った。
「やったか?」
ダーダンがつぶやく。
『ぬるい!』
舞っていた粉塵を吹き飛ばす風圧が生まれ、視界が鮮明になったと同時に黒騎士が姿を現し攻勢へ移る。
術後硬直を狙い、シャーリィへと疾走する。
「シャーリィ!」
ハルトが黒騎士の側面から迫る。
手に持っているボウガンを捨て、懐から大量のカード束を取り出し、黒騎士へと投げつけた。
矢同様に空中でカード束が切り裂かれたが同時にハルトはカード化を解除している。
カードはすべて油は入った小瓶だ。
黒騎士によって切られ、加えて地面に落ちたことで瓶が割れ、大量の油で鎧を汚す。
『これは油……!?』
黒騎士がここでようやく想定外の一手を受ける。
「孤高の炎よ、汝の力、ここに化現せよ『フレイム』!」
狙い済ませた連携で炎魔術をキリリアが放ち、黒騎士が炎に包まれる。
『ぬうう!?』
「「『スラッシュ』!」」
ダーダンとダニーが身動きが取れなくなっている黒騎士へと痛恨の一撃を与えた。
斬撃が鎧を砕き、左腕と右足が切断され、胴体には巨大な亀裂が入った。
人であるなら完全に命を落とす状態だ。しかし、鎧の断面を見ると生物が中に入っている様子はなく、可視化できるほどの魔力が溢れていた。
生物としての致命傷がこの黒騎士には適用されないことが理解できた。
『今のは良いぞ』
黒騎士の無機質な声には喜びに似た高揚感が含まれている。
胴体から黒い魔力が溢れ、切断された手足を引き寄せると、元どおりになっていく。
そして黒騎士は難なく立ち上がった。
『さて。そろそろ加減のやめどきだな』
「おいおい、そんな便利な体持ってるのにまだ何か出てくんのかよ」
ダーダンが悪態をついた。
ハルトたちも同意見だ。
五人の連携に加え、1手だけ相手の意表をつけたことで与えられた有効打だった。次に同じことをやれと言われてもできる自信がない。
『現れろ魔剣・双子の走狗』
黒騎士が短く詠唱すると足元が光る。幾何学的な模様が浮かび上がり、そこから2つの剣が現れた。
普段目にする剣ではなく、刀身が反っており刃渡りが細かった。禍々しい黒い刃が怪しく光っている。
それらはひとりでに宙を舞い、黒騎士を守るように展開された。
切っ先がハルトたちへ向けられる。
「死角が減りやがった」
「攻めずらくなりますね」
ダーダンとダニーは踏み込むタイミングを伺っているが、黒騎士を中心に広がる剣たちに攻めあぐねる。
『先ほどの勢いはどうした?
来ないのなら拙者の方から参るぞ』
黒騎士は一歩踏み込んだ。狙いはダニーだ。
あたり一帯の空気を全て払いのけたと錯覚する気迫にダニーの対応が遅れる。
懐に入ることを許してしまい、ダニーは防御をしようとするが先ほどの一撃が反応を遅らせた。
「させるかああああ!」
熟練の冒険者であるダーダンが黒騎士の見えない壁となっている気迫を打ち破り二人の間合いへと踏み込んだ。
「『ダブル・スラッシュ』!」
重い連続攻撃が黒騎士へと迫るが片手で持った剣によって簡単に受け止められる。
そして空中に舞う二振りのうち1本を空いた手で掴んだ。
『ゆくぞ『演武・虎扇』!』
「ぐおお!?」
「ああああ!?」
右手でダーダン、左手でダニーへと舞うような型で繰り出される刃の嵐を浴びせ、二人に深手を負わせた。
床に叩きつけられ追い討ちが来た場合対処できない状況に陥った。
シャーリィは腰を低くし、黒騎士へと近づく。術後の硬直を狙い、急所である喉元へと剣先を定める。
「食らいなさい!」
『聖剣』で黒騎士へ一閃する。
しかし、残された1振りの剣が行く手を阻んだ。
シャーリィの攻撃が宙に舞う魔剣により防がれ、術後の硬直から復帰した黒騎士が彼女の腹に重い蹴りを見舞った。
「がっ!!!?」
口から肺にあった空気が漏れ、シャーリィの軽い体が勢い良く吹き飛んだ。
『なかなか良い踏み込みだ。
おかげで剣では対処できずに不恰好な体術を見られてしまった』
一瞬の内に仲間3人が行動不能にされ、ねっとりとした汗がハルトの背中を伝った。
状況は悪い。
ここから先、対処を一つでも間違えば仲間が死ぬ。そして死ぬのは仲間だけじゃない、自分もだ。
近づいてくる死の感覚と窮地での緊張が最高潮に達し、己の経験不足を恨んだ。
『この能力は使い方次第で戦いを有利にできると思う』
『それをどこまで引き出せるかが俺の器量次第だ』
シャーリィと出会った時に言った言葉を思い出した。
この窮地で何ができる?
あれだけ偉そうなことを言っておいてこのざまか?
自分には何ができる?
今、何を持っている?
諦めるな。
ハルトは思考を巡らせる。
真っ白になった思考をギリギリのところでつなぎとめ、何ができるか脳をフル回転させる。
ミスは許されない。
辺り一帯がスローモーションになった錯覚に陥る。
ゆっくりと風景が動く。
その時、ふとシャーリィが上半身だけ起こした。ダメージが重く、満足に立ち上がることも這って逃げることもできないのは明白だ。
黒騎士はシャーリィへと歩みよる。
「それ以上はダメだ」
ハルトは自分にしか聞こえないほど小さい声で呟いた。
それはほぼ無意識の内に出た声だ。
それ以上進ませるわけにはいかない。
シャーリィをこのまま見殺しにする事は絶対にさせない。
自分の声が自分の耳に届いた瞬間、世界は正常に動き出した。
ゆっくり見えていた景色が鮮明に映る。
そして、ハルトは動いた。
次は5月8日13時に投稿します。